うつ病

現代社会とうつ病

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現代社会とうつ病

うつ病の典型例ーカズオさんとシノブさんの場合

世の中には、努力を惜しまずにコツコツと仕事をこなすタイプの人がいます。このタイプの人たちのなかには同じ環境のなかでは持ち昧を十分発揮するけれども、変化に対応するのが苦手な人も少なくありません。情報化・機械化が進み社会が流動化することは、これらのタイプの人たちにとっては明らかにストレスフルな環境です。そのうえ、コツコツ仕事をするタイプの人たちには「がんばる」「競争」などは馴染みの深い行動パターンです。もしコツコツ型の人が環境の変化についていけない状況で体の具合が悪くなったり、不安や沈んだ気分にさいなまれたとします。彼らは、このような状況のなかでもおそらく弱音も吐かずに「がんばる」人たちです。このとき何をがんばるかということが大切です。先の見通しをもたずに目の前の仕事をこなすことばかりに目がいくと本人もつらいし、かえって仕事もはかどらなくなります。「競争」ばかりにとらわれていると、自分の不調を他人に相談しにくくなるかもしれません。結局、悩みや不調を自分で抱え込んでしまい、うつ病をこじらせていくというケースは少なくありません。
主婦のなかでもうつ病はポピュラーな病気です。女性の場合は女性ホルモンの影響を強く受けます。そして、うつ病は産後や更年期のように女性ホルモンのバランスが崩れたときに多い傾向があります。もっとも、出産前後や更年期は生活のうえでも家族構成が変わったり、経済的な状況が変わるなど生活環境の変化も大きな時期です。主婦に起こるうつ病もサラリーマンと同じように「環境の変化やストレスに対する対処のしかた」という文脈でとらえ直すことのできる場合がほとんどです。
「ストレスに対する対処のしかた」には、「周りの人に相談すること」が含まれます。周りの人の助言が適切であればうつ病を治すのに好都合ですし、適切でなければうつ病をこじらせる可能性もあるのです。最近はうつ病もマスコミに取り上げられることが多くなり、啓蒙も進んできました。病院を受診するうつ病の患者さんの家族も「励ましてはいけない」などの基本的対応は知っている人も少なくありません。しかし、そのことを知っていても「具体的にどう接していいかわからない」と悩んでいる人も多いようです。
そこでここではまず、うつ病になった人たち、カズオさんとシノブさん(仮名)の例をあげてみます。いずれも実在の人物ではありませんが、うつ病に典型的な症状や経過を実際にあったケースから構成してみました。

カズオさん 48歳 会社員

カズオさんは、私立大学の文系を卒業後、今の会社に入社しました。会社では営業を担当し、課長となって5、6人の部下が常にいました。入社したてのころは50人程度だった社員も、右府上がりの日本経済の影響を受け、今では倍近くになりました。しかし、バブルの崩壊につづく不景気がくると、カズオさんの会社も業績が低下しました。つくったものが売れず、会社の上層部も強い危機感をもち、会議を開いては現状を打開するにはどうしたらいいかを話し合いました。会議の席では、上層部の怒りの矛先は営業課長のカズオさんに向けられることも多く、かといって適切な打開策が提案されるわけではありません。カズオさんも、徐々に会議に出るのに強い負担を感じるようになりました。負担感のなかには、他のセクションから攻撃されることばかりでなく、会社のピンチに何ら対策を立てられない自分を責める気持ちもありました。それでもカズオさんは、与えられた仕事は熱心にこなしていました。
しかし、不景気はなかなか改善せず、会社では人員削減が具体的に話し合われるようになりました。
カズオさんは部下に会社のリストラの方針を説明し、営業のなかで会社が辞めてほしい人に希望退職を進める役割を担当することになりました。しかし、カズオさんの話を聞いて退職する人はなく、希望退職するのはよその会社もほしがるような優秀な人ばかりでした。結局、営業部は優秀な人だけが辞めて、
人数が滅った状態でこれまでの仕事をすることになりました。さらに、ノルマを達成するための企画案をつくり、それでもノルマを達成できないと会議で他の部署から責任を追及されるという繰り返しとなりました、部長は、企画案の作成はカズオさんに任せっきりです。これまではL司から仕湛
を任されることにやり甲斐を感じていたカズオさんも、今度ばかりは内心で「部長に肝心なところで裏切られた」という失望感を感じました。休日の夕方
や平日の朝になると「会社に行きたくない」と思うようになりましたが、会社には休まず出勤し、人並み以上に残業もしました。
会社のリストラが始まってから3か月ほど経ったころから、一度眠っても夜中に目が覚めるようになりました。カズオさんはトイレに行くなどしてからもう一度眠ろうとしますがなかなか眠れません。
うとうとするうちに朝の4時ごろには目が覚めてしまいます。家に帰るのが遅く、睡眠不足気昧なので起床時間の6時までは寝ていたいのですが、もう眠れません。かといって起きようとしても頭は
ぼーっとするし、体はだるくて起きられません。結局カズオさんが起き上がるのは会社に遅刻しないぎりぎりの6時40分になってしまいました。カズオさんの通勤時間は約一時間半。この間、ほとんど電車に乗っています。いつもなら電車の中では新聞を読むはずですが、最近はどうも頭が冴えず、新聞を読む気になれません。無理に読んでもうわの空で、何回同じ場所を読んでも頭に入りません。会社について、仕事をしようと思ってもなかなか取り組む意欲が湧いてきません。前の日に取ったアポイントメントはすぐ忘れてしまいます。お客さんから電話がきても、相手の話を理解するのに時間がかかり、とっさに返事ができません。かといってやたらに聞き返すと相手に不快感を与えるので聞けません。カズオさんはだんだんと電話に出るのが怖くなってきました。また、「自分が痴呆になっていくのだろうか」と不安に思い始めました。そして、「自分はやはり仕事のできない人間だ。会社は大変な時期なのに自分のせいで会社に大きな迷惑をかけている」と思い、しばしばいたたまれない気持ちになりました。
昼休みになるとカズオさんは同僚と昼食をとります。いつもは大食いで太るのを心配していたのに、最近はめっきり食欲が落ちました。朝起きられず、朝食を抜いているのに、昼になってもお腹がすかないのです。無理に食事を口に入れますが、最近は食事の味がよくわかりません。何を食べても砂をかむような不快な感じです。夕食は少しは食べられますが、カズオさんの体重は2か月間で5キロも減りました。
職場では、カズオさんが元気がなさそうなうえに仕事でのミスが重なることから、「どうも様子がおかしい」と同僚が気づき始めました。しかし、同僚は本人にどう声をかけていいかわからないのでカズオさんの前では緊張してしまいます。ほかの同僚も無理に明るく振る舞おうとして、「元気出せよ。みんな大変なんだから。今度おいしいものでも食べに行こうよ」と励まします。このような同僚の励ましを間くたびに、カズオさんは同僚に気を遭わせている自分を申し訳なく思います。
やっとのことで一週間が終わり、週末に入りました。それでもカズオさんはいっこうに気分が冴えません。休がだるくてゴロゴロしてしまうのです。趣味にしていた写真を撮りにいく気もしなければ、ゴルフ練習場にいく気にもなりません。「自分は気力が不足している。もっと強い人間にならなきゃだめだ」と思いますが、体はいうことを聞きません。ついつい「自分は弱くてだめな人間なんだ」と自分を責めてしまいます。時々、「今死んだら楽だろうな」と思い、はっとわれに返ることもあります。
リストラが始まって5か月後、ついにカズオさんは会社を休んでしまいました。相変わらず目は覚めるのですが、ついに起き上がれず、布団をかぶったまま昼になってしまったのです。会社には「風邪」といって連絡しました。カズオさんには4十4歳の専業主婦の妻と17歳(高校2年)の娘、15
歳(中学3年)の息子がいます。家族にとってもまじめなお父さんがはっきりした理由もなく会社を休むなんてはじめての経験です。妻は、おろおろしているのをカズオさんに悟られまいと無理に明るく振る舞っています。「早く元気になってね」「これもきっとストレスのせいよ」とカズオさんを慰めたり、励ましたり……。子供たちは、一見何もなかったように振る舞いますが、ふとしたときにカズオさんと視線が会うと、すぐにそらしてしまいます。
翌日になっても、カズオさんは会社に行けませんでした。3日目になり、無理に会社に行きましたが、何をするのもおっくうで、仕事に集中できませんでした。4日目にカズオさんは駅前の心療内科クリニックを受診しました。普段元気なころから、電車の駅の看板に「心療内科」という表示があったので興味をもっていたのです。元気なころは「今はストレス社会だからなあ」と人ごとのように思っていたのですが、いざ自分がいくとなるととても惨めな気持ちです。自分だけ世の中の流れからとり残されそうな気がしました。クリニックでは、診察の結果「うつ病」といわれました。薬をもらい、よく休むようにいわれました。
また「薬が効くまでに時間がかかる」ともいわれました、さっそく薬を飲んでみました。睡眠薬で多少眠れるようになりましたが、気分はちっともよくなった気がしません。もともと食欲はないのですが、薬のせいで胃が悪くなったような気がします。それに、「心に効く薬」を飲むのは弱い人間のすることで、
弱い心は薬なんかでは治らないという考えが繰り返し頭に浮かんできました。無理に会社にいくと、昼間眠い気がするので、とうとう睡眠薬以外の薬を飲
むのを止めてしまいました。そう、カズオさんは、医者にかかった後も病気のことは会社に内緒にしていたのです。医者にかかると会社にいけなくなると思い込み、自分は医者に通ってなんかいられないと考えが発展し、通院は一回で中断しました。
しかし、体のだるさ、朝の気分の不快さ、集中力の低下は顕著で、カズオさんは一週間後にはまた会社を休んでしまいました。

シノブさん 52歳 主婦

シノブさんは23歳で結婚以来ずっと専業主婦をしていました。万事において控えめで、面倒なことをそつなくこなすシノブさんは、「気配りの人」として皆から信頼されていました。夫は59歳。大企業で活躍後、15年前に独立し、自ら会社を経営しています。万人娘は27歳。2年前にシノブさん夫婦の反対を押し切り結婚し、3か月前には待望の初孫(男の子)が誕生しました。シノブさんにとって孫ができたことはうれしくないはずがありません。産後、娘がしばらく実家で孫を育てることになったので、シノブさんは毎日孫の面倒をみていました。
孫が生まれて約一か月したころから、シノブさんの体調に変化が生じました。体がだるく、少し動くだけで疲れるようになったのです。いつも頭が痛く、食欲がありません。体重もこの一か月で3キロ減りました。今まで楽しかった孫の世話が苦痛になり、そのほかのことにも興味が湧かなくなりました。シノブさんの様子がおかしいので娘が心配して医者にかかるようシノブさんに勧めました。
シノブさんは、体の具合が悪いため、体のどこかに癌があるのではないかと心配していました。そこで病院へ行くと、まず内科にかかりました。胃腸を中心に内臓の精密検査をしましたが、大きな異常は見つかりませんでした。しかし、医者に「心配いりません」といわれても、シノブさんは「現に体重が減っているのだからそんなはずはない」と余計に心配になってしまいました。内科の先生に同じ病院の心療内科の受診を勧められたため、一応いくことにしました。
心療内科へいくと、さらに詳しい問診がありました。そういえば、シノブさんは最近眠りも浅くなり、朝起きても疲れがとれません。家事をしなければいけないと思っても、家事をする意欲が湧いてきませんでした。また、最近は人の名前や直前に問いたこと・考えたことをすぐ忘れてしまいます。
「ボケのはじまりかな」とひどく心配になっていました。体の疲れも、夜になり孫が寝静まると軽くなるようです。「本当は自分は孫の世話から逃げているだけなんだ」とシノブさんは自分を責めていました。
心療内科の先生は、「うつ病ですね。薬を飲んでゆっくり休みましょう」と話し、抗うつ薬を処方してくれました。しかし、シノブさんは自分がうつ病だということにどうしても納得できません。「体の具合が悪いのにどうしてうつ病なんていう心の病気なんだ」「うちの家系に精神病になった人はいない」「心の病気になるほど自分は弱い人間じゃない」「そういえば最近生理もなくなったし、自分は更年期障害ではないか」などといろいろな考えが浮かんできます。出された薬を一度飲んだら、息が苦しくなったので、それっきり薬は飲まなくなりました。
こんな状態でも、シノブさんは育児は減らしたものの家事はがんばってつづけていました。夕方になりやっと体が動くようになると、買い物に行きます。
いつもはそこで顔見知りの人と「井戸端会議」になります シノブさんは、頭がぼーっとして友達の話になかなかついていけないので最近は話をするのがおっくうですが、何とか具合の悪い自分の話をします。すると、友達からはいろいろな・意見が返ってきました いわく「医者は話も聞かないですぐ薬を出すから……」「抗うつ薬は飲むと癖になるわよ」「娘さん夫婦とはうまくいってるの」「それ、更年期よ。私も体がだるくて外にいきたくなくなったわ」
「漢方がいいわよ」「サプリメントがいいんですって」などなど……。
夫はシノブさんが元気がないのをみて心配でなりません。夫は気が短く、考えていることがすぐ態度に出てしまいます。「そんなに寝てばかりいると体がなまるから散歩しよう」「温泉に行けば気が晴れるんじゃないか」と話す一方、インターネットでうつ病の情報を調べます。しかし、調べる項目は薬の副作用ばかりで、調べれば調べるほど不安になります。その不安を直接シノブさんにぶつけるので、シノブさんもますます不安になってしまいます。娘は、シノブさんは悩みがあって元気がなくなったと思っています。その悩みとは、孫が生まれたこと、シノブさんが娘の結婚に反対だったことと関連していると思っていました。娘はシノブさんに申し訳ないと思う一方で、つい「いつまでも後ろ向きに考えてもしかたない」とシノブさんに小言をいってしまいました。
シノブさんは、体が悪いのをごまかしながら家事をしていましたが、徐々に横になる時間が長くなりました。本人も家族ももう一度医者にかからなければならないと考えるようになりました。

データからみたうつ病

①うつ病になる可能性

現代はストレス社会といわれています。新聞や雑誌をみると最近うつ病が増えたという記事が頻繁に載っています。町を歩くと駅の周辺には心療内科を標榜したクリニックが増えてきています。皆さんの周りにも最近元気のなさそうな人や会社を休んでいる人が、1人くらいはいるのではない
でしょうか。
実は、うつ病はとても多い病気なのです。国際連合の中の世界保健機関(WHO)という機関が世界中のうつ病にかかっている人の数(時点有病率といいます)を調査しました。この結果、驚くべきことに全世界の人口の約3%の人がうつ病にかかっているというのです。この数字を日本に当てはめると約360万人がうつ病にかかっている計算になります。静岡県の人口に匹敵する数の人たちが現在うつ病に苦しんでいるわけです。うつ病は高血圧や糖尿病、高脂血症(コレステロールが高いなどの状態)と同じくらいありふれた病気なのです。ある時点でうつ病の人が3%とすれば、人間が一生のうちに一度でもうつ病になる確率(生涯有病率といいます)はさらにあがります。うつ病の生涯有病率は男性15%、女性24%という報告もあります。1980年代にアメリカで行われた大規模な調査では、大うつ病(比較的重症のうつ病)のここ6か月の間にかかるとする有病率は2・3%、生涯有病率は4・9%で、これに噪うつ病や軽症のうつ病を加えると生涯有病率は9・5%と報告されています。また、アメリカ精神医学会の精神疾患の診断基準であるDSM‐Wによると、うつ病の生涯有病率は男性で5〜12%、女性で10〜25%となっています。こうなると、一生に一度くらいはうつ病にかかっても、何ら不思議はないといえます。
同じ有病率でも、躁状態を経験する躁うつ病は、時点有病率0・1〜0・7%、生涯有病率1.2〜2.0%とかなり低くなります。つまり、うつ状態を起こす病気のなかでも、躁うつ病や幻覚・妄想が出るような重症のうつ病はここ数十年で発生頻度は変化がないのですが、軽症のうつ病が増加しているのです。この背景には、うつ病を診断するための国際的な診断基準がつくられたために、今までは医療機関を受診しなかったり、神経症(ノイローゼ)と考えられていた病態もうつ病と診断されやすくなったこともあります。

②うつ病が社会に及ぼす影響

うつ病は、有病率が高いだけでなく、社会的な影響の大きな疾患でもあります。読者のなかには、うつ病といってもそれだけで死ぬことは少ないから医療費もあまりかからないし、働けなくなる人も少ないのではないかと考えている方も多いかと思います。このことに関して、アメリカで Medical0utcome Studyという研究が行われました。アメリカの3つの地域の医療機関を受診した人の機能障害(健康度、床についていた目、痛みの有無など)を検討したところ、うつ病は他の慢性疾患(心臓病、高血圧、糖尿病、関節炎、気管支喘息、消化性潰瘍、腰痛など)のなかでも重症の狭心症に次いで機能障害が大きいことがわかりました。
一方、WHOが.99万年に最も長時間人々を苦しめる問題は何かを調在しました この結果、驚くべきことに、第一位はうつ病でした、ちなみに、第4位がアルコール乱用、第6位が躁うつ病。
最も長時間人々を苦しめる問題
1.大うつ病(Unipolar Major Depression)
2.鉄欠乏性貧血(lron-Denciencv Anemia)
3、転倒(Falls)
4.アルコールの乱用(Alcoholuse)
5,慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive Pulmonary Disease)
6.噪うつ病(Bipolar Disorder)
7.先天性の奇形(Congenital Anomaljes)
8、変形性関節症(Osteoalthritis)
9.分裂病(Schizophrenia)
10.強迫性障害(Obsessive Compulsive Disorders)
1996年・:WHO(世界保健機関)、Harvard university (ハーヴァード大学、WorldBank(世界銀行)
堀越勝「臨床心理学における統合的活動モデル」東京大学出版会、p41より
また、アメリカではいくつかの罹忠率が高く重症な主な疾患の治療効果と社会が払う負担についての調査が行われています。これによると、うつ病は国民の健康に関して心臓病やエイズに並ぶ脅威ということです。アメリカでは日本よりもずっと心臓病が多いのにこのような状況ですから、日本ではうつ病による社会的損失は相対的にさらに高い可能性すらあるでしょう。うつ病で発生する社会的損失には2種類あります。一つは、直接費用とよばれる、その疾患にかか
る医療費です。もう一つは間接費用とよばれ、ある人がうつ病に罹患したために生じる生産性の低下を金額で表したものです。
アメリカでは、1990年の調査で313億ドルの損失があり、うち3割が直接費用、7割が間接費用と試算されています。また、イギリスでは、一990年の時点で、年間34億ポンドの損失があり、約8割は間接費用だと試算されています。うつ病は他の身体疾患と比べて間接費用が高いのが特色です。
ひとたびうつ病にかかると、休業日数が多いことも問題となります。日本でも、あらゆる疾患による休業日数の平均が47・3日なのに対して、うつ病の平均休業日数は119・5日という報告があります。
これもアメリカの研究ですが、うつ病患者は他の一般患者に比べて3倍の医療機関を受診して、2倍の医療費を費やすことがわかりました。救急外来に限ると、一般患者に比べて受診回数が7倍になるとのことです。
反対に、多くのうつ病患者さんは適切な治療を受けていないという事実もあります。ヨーロッパで行われたDEPRESSという研究ではごっつ病患者の43%は医療機関を受診していなかったことがわかりました。また、受診した人の89%は開業医(ブライマリケア医)を受診しており、精神科を受診
した人はわずか.6%でした。またゾっつ病患者のうち薬物療法を受けた人は31%しかおらず、このうち抗うつ薬を投与されていた患者が、わずか25%しかいないことがわかりました。このような不適切な対処を行えばブっつ病が治らないために間接費用は増えるし、受診しても無駄な検査ばかり繰り返され、直接費用も余計にかかる可能性があります。
もちろんうつ病を適切に診断・治療することによって医療費を大幅に減らすことが可能になるでしょう。アメリカの試算では、治療を受けていない患者を適切に治療し、そのうち7割に効果があると仮定すると、新たに生じる治療費は年間42位ドルに対して、間接費用は年間8十3位ドル削減できるということです。

うつ病になりやすいのはどんな人か

今まで述べてきたように、うつ病は有病率が高いので誰がなってもおかしくない病気です。そうはいっても、うつ病になりやすい要因が存在することが明らかになっています。たとえば、心臓病は誰がなっても不思議ありませんが、糖尿病、高コレステロール血症、喫煙などの要因が重なると心臓病になる危険がぐんと高くなります。古くから、遺伝、性格、環境などに関してうつ病になりやすい要因の研究がなされてきました。
①遺伝とうつ病
うつ病の患者さんが決まって心配するのは「うつ病は遺伝するか」という問題です。親がうつ病の場合、入院が必要になる程度のうつ病(大うつ病)に子供が罹患する危険率は約10%といわれています(一般では約3〜5%)。どちらかの親がうつ病であれば、その子供は、両親ともうつ病でない子供に比べて、1.5〜2.5倍噪うつ病にかかりやすく、入院が必要な程度のうつ病に2、3倍はかかりやすいといわれています。また、一卵性双生児でどちらもうつ病になるのは約50%ですが、2卵性双生児では10〜25%です。このように、うつ病はある程度遺伝の影響を受けますが、「親族にうつ病にかかった人がいるから自分もうつ病になる」とは限らないのです。
②うつ病と性格傾向
性格との関連では、「うつ病になりやすいタイプ」が指摘されています。専門的にはうつ病になりやすい性格を病前性格とよんでいます。
病前性格の1つとして日本では、下田光造という人が執着気質という性格をとりあげました。執着気質とは、怒り、喜びなどの感情が人より長く続くのが特色です。このような性格の人は、凝り性で物事を徹底的に行い、一つのことに強いこだわりをもちます。よくいえば真面目な努力家で、悪くいえば融通が利かない人ともいえます。会社では、上司に世話になればその恩は忘れないでしょうが、誰かにいやな思いをさせられると長いあいだ根にもつようなタイプでしょう。仲間にすると心強い味方ですが、敵に回すと怖そうな人ともいえます。
執着気質にみられる「一つの感情が長く残る」という傾向は、その人が生まれたときからもっている脳の特徴とも考えられます。このような特徴をもっている人は、失敗を恐れて慎重になり、うまくいかなくなると几帳面さと臆病さの板ばさみになりやすいとされています。このような性質では確かに気分が沈みやすいかもしれません。
一方、ドイツではテレンバッハという人がメランコリー親和型性格という性格を指摘しました。メランコリー親和型とは、他人に気を遣い過ぎるくらい気を遣う良心的な人です。保守的で気が小さく消極的な傾向があります。「秩序を守る」「他人を気遣う」「責任感が強い」「権威に弱い」などがキーワードです。ドイツで指摘された性格ですが、まるで「大和撫子」のことをいってるようではないですか。「サザエさん」の磯野フネさんをイメージするとぴったりくる性格です。このページの最初の方に登場したカズオさんやシノブさんも病気になる前は真面目で気配りのいき届くタイプだったのでメランコリー親和型性格といえるでしょう。
メランコリー親和型性格の短所としては、「物事の重みづけが下手」な点があります。優先順位がつけられないから重要なことをやり残し、失敗のイメージが残る。このイメージを消そうとして片っ端から物事に取り組み疲労しやすいというわけです。
執着気質とメランコリー親和型性格は、秩序愛、責任感の強さ、権威崇拝などの点で驚くほど共通点が多いことにお気づきの読者もいるでしょう。実際に両者は同じような傾向とみなされることもあります。あえて両者の違いを強調すると、執着気質はより精力的なのに対し、メランコリー親和型はより消極的ということです。メランコリー親和型の人は社会では「よい人」の典型とみなされることが多く、敵も少ないでしょう。最近は、「いい人がうつ病になりやすい」という事実も社会に広まりつつありますが、この「いい人」とはメランコリー親和型を指すといっていいでしょう。
病前性格のなかで、噪うつ病と関連が深い性格もあります。クレッチマーという人が指摘した循環気質というものです。「循環性格」でなく「循環気質」というのは、クレッチマーが体格も重視しているからです。循環気質の人は、やや肥満型の体型で、朗らかで泣いたり笑ったり気分の変化が激しい傾向があります。面倒見のよい人情家ですが、おせっかいでわがままなところもあります。いってみれば井戸端会議で中心にいる肝っ玉母さんといったところでしょうか。このタイプは社会では名物人間として目立つでしょうから具合が悪くなると他人が気づきやすいでしょう。
クレッチマーのように、体格などの肉体的な面から精神的な側面をタイプ分けする考え方は、その後は下火になっていきました。しかし、最近は遺伝子を解析する技術が飛躍的に進歩したため、生まれつきの性格(気質)と遺伝子の関係を検討する試みが始まりました。性格は生まれつき決まっているものか、それとも育った環境の影響を強く受けるのかという疑問に対してある程度具体的な答えが出せるようになってきました。
最近の代表的な性格に関する理論にクロニンジャーのパーソナリティー理論があります。クロニンジャーは、パーソナリティーには遺伝(生まれつきの要因)と関連の深い「気質」と、生後の学習との関連が深い「性格」という2つの部分があると考えました。気質には新奇性の追求(新しいもの好きかどうか)、損害回避(怖がりかどうか)、報酬依存(友好関係などを維持できるか)、固執(こだわりが強いか)の4つの要素があります。新奇性の追求は脳内のドーパミンという物質と関連し、新らしもの好きな人はドーパミンを受け取る物質(受容体といいます)の一種でD4DRという物質の遺伝子配列で繰り返しが多いことがわかりました。ちなみに、日本人でも同様の結果が報告され始めましたが、日本人はアメリカ人に比べて新奇性追求は低い傾向があるそうです。
損害回避は、脳内のセロトニンという物質と関連が深いといわれています。この傾向が強い人は、「石橋をたたいて渡る」傾向がありますが、同時にうつ病や不安障害(不安神経症)になりやすいといわれています。報酬依存は、脳内のノルエピネフリン(後述)という物質と関連が深いといわれています。
固執傾向の高い人は、熱心で野心的で完全主義です。まさに下田の執着気質に該当します。このタイプは、安定した環境では適応がよいのですが、その反面頻繁に価値観が変化するような状況では不適応になりやすいとされています。
クロニンジャーの気質でメランコリー親和型を表現すると、メランコリー親和型の人は保守的(新奇性の追求は低い傾向)で、損害回避の傾向は高く、報酬依存の傾向も高いといえるでしょう。また、環境が変化しやすい状況では、引っ込み思案になりやすく、新しい環境に馴染むのに時間がかかるとも考えられます。
③環境の変化とうつ病
うつ病になった患者さんが医療機関に受診するとき、「自分はストレスがかかって落ち込んでしまった」という理解をもっていることがよくあります。確かにその患者さんの話を聞いていると本人にとってストレスと感じられる出来事の後にうつ病が発症していることも決して珍しくありません。
このページの最初に登場したカズオさんの場合は、うつ病の発症前にバブルが崩壊して会社の業績があがらなくなりました。会社全体に余裕がなくなり、営業のカズオさんにも風当たりが強くなりました。カズオさんはこれまでに自分の価値観を会社の価値観と一体化して会社に尽くしてきたのに、そのことが周りにわかってもらえない気がしたことが本人にとってつらかったのです。シノブさんは、娘の結婚に関して祝う気持ちと娘に去られたという残念な気持ちの両方をもっていました。どちらの気持ちももちつづけた状態で、孫の誕生という環境の変化を契機にうつ病が発症しています。
2人の例からわかるように、うつ病の発症には「(慣れ親しんだ)環境の変化」という状況が関与する場合が多いのです。「環境の変化」のなかには、近親者の死や、退職、体の病気にかかること、災害、友人との不和など「ストレス」という言葉でくくれる場合が数多くあります。カズオさんはまさに典型例です。逆に、昇進、子供の結婚、出産、大変な仕事の終了など他人からみるとお祝いしてあげたくなるような状況でうつ病が発症することがあります。シノブさんはこの典型例です。また、引越しのようにめでたいかどうかわからないエピソードの後にもうつ病は発症します。大きな仕事が終わった後に起こるうつ病を「荷おろしうつ病」、引越しの後に起こるものを「引越しうつ病」とよぶ場合もあります。
ではなぜ本人が喜ぶべき出来事の後にうつ病になるのでしょうか。この問題に関して以下のような説明がなされています。事前に起きたことが本人にとってめでたいことであれ、ストレスであれ、本人からすれば、慣れ親しんだ環境が変わることを意味します。環境が変われば新たな環境に適応する行動を身につけなければなりません。うつ病になりやすい人、特に執着気質やメランコリー親和型性格の人は、権威や秩序を重んじ、自分の価値観を権威や秩序と合わせて精神的に安定します。このような人々は、そんな素振りはみせなくても、心の奥では「自分は偉い人や社会から承認されている」という感覚を絶えずもつ必要があるのです。環境の変化は、これまでの秩序や価値観が変化することですから、たとえ栄転したとしても本人にとってはストレスに感じられる出来事なのです。
うつ病になりやすい性格の人は、環境が変わると新しい環境になじもうと懸命に努力します。しかし、元来新しいことを取り入れるのは苦手で、用心深い傾向があるので新しい環境になれるのには時間がかかります。幸いにも、新しい環境でも本人とその環境とが同じ価値観をもてれば本人は安定します。逆に新しい価値観になじめないと、うつ病が生じやすくなります。どちらになるか明らかになるのに、環境が変化して数か月のかかるのが一般的です。したがって、環境の変化からうつ病の発症までに数か月の時間のずれがあるのが一般的です。

うつ病の現れ方ーさまざまな変調について

最近は、テレビ・新聞・雑誌でも、うつ病について取り上げられることが多く、日本人にとってうつ病はずいぶん身近になりました。心療内科で診察をしていても気分が沈むからうつ病ではないかと受診する人がほぼ毎日見受けられます。その一方、心療内科・精神科以外の科から紹介されて受診する患者さんのなかには、はたからみるとかなり具合が悪そうなのに自分ではうつ病だとは夢にも思っていない人もまれではありません。これらの人は、精神症状よりも身体症状が強く、そのために自分が体の病気にかかったと考えています。そこで、内科をはじめとした身体科を受診したのですが、検査をしても異常がなく、心療内科を紹介されたりするのです。
「うつ病とはどんな病気か」という問題は、専門家が議論し始めるときりがないテーマです。そのなかで専門家の間で一致しているのは(数学にたとえれば定理といってよいでしょうか)、「うつ病は気分の障害を中核とした病気である」ということです。つまり、理由もなく気分が沈む状態がつづくことです。しかし、うつ病の場合は気分が沈むだけのことはむしろ少なく、ほかにもさまざまな症状が出現します。特に、身体的な不調は、ほとんどのうつ病の患者さんに出現します。そのためうつ病の患者さんは、病院を受診するときに、まず内科などを受診することが多いといわれています。そこで
検査をしても、身体的な不調を裏づけるような異常はみつかりません。うつ病を疑われて心療内科・精神科を紹介されればよいのですが、現実には「何でもありません」「自律神経失調症」「更年期障害」などといわれていることも多いようです。WHOの調査では、日本では欧米に比べてプライマリケア(街のクリニックなど、最初に行われる医療)の現場でうつ病と診断されることが極端に少ないことがわかりました。うつ病だけでなく神経症のような本来ならばメンタルヘルスの専門家に紹介すべきケースもきちんと診断されることが少ないようです。日本人のうつ病や神経症の患者さんだけが開業医を受診しないとは考えにくいので、日本ではうつ病の患者さんが受診しても、「自律神経失調症」「更年期障害」などの病名がつけられて、専門的な治療を受けられないでいる可能性があります。抗不安薬を投与され、がんばりなさいと励まされてしまうこともありうることです。今ではマスコミでもさかんに報道されていますが、うつ病の人を励ますのは厳禁なのです。ここでは、うつ病の疑いとなる症状をまとめてみましょう。

身体症状

原則として、うつ病になると身体的な不調は何かしら出現します。特に、全身のだるさ(全身倦怠感)はほとんどすべてのケースに出現するといっても過言ではありません。
次に目立つのが消化器系の症状です。通常は食欲が低下し、それに伴い体重も減少します。特に40歳以上の人で、体がだるくて食欲もなく体重も減ったとなると、誰でも癌を心配するでしょう。そこでうつ病の患者さんは内科(消化器科)を受診するわけです。うつ病のなかでも一割の人は逆に食欲が先進することがあります。この場合は穀物や甘いものなど炭水化物を特にほしがり、しかも活動性が低下することが多いといわれています。
ほかの消化器系症状では、胃部不快感が目立ちます。通常は食欲不振と同時に起こることが多いようです。また、便秘も一般的です。特に老年期のうつ病では、便秘へのこだわりが強いケースが数多く認められます。抗うつ薬のなかには、副作用として便秘を起こすものも多いので、服薬中に起こる便秘はうつ病のせいか薬の副作用のせいかわかりにくくなります。うつ病になると、痛みを訴えることが多くなります。なかでも頭痛はよくみられる症状です。軽度から中等度の痛みが長時間つづき、肩や首の筋肉がこることが多いようです。「頭が押さえつけられる」「しめつけられるような痛み」などと訴えられることが多く、夕方から夜にかけて軽快する傾向もあります。頭ばかりでなく、体の節々が痛むこともあります。特に老人の場合は整形外科を受診することも多いようです。痛みが骨や関節の老化のために起こってる場合は、原則として痛みも止まりにくいものですが、うつ病での痛みはうつ病がよくなると痛みも目立って軽快します。最近では、ある種の抗うつ薬が痛みの治療に使われるようになりました。これらの薬は脊髄のなかで痛みの感じ方を調節する作用があり、うつ病と関係のない痛みも軽減することがわかってきました。逆に、うつ病では脳内の物質のバランスが変化し、健康時と比べて痛みを感じやすくなることもわかってきました。
このほか神経系の症状としては、めまい、耳鳴り、しびれ感、体の冷えなどがしばしば出現します。いずれも検査をしても特に新しい病気は発見できません。循環器・呼吸器系の症状としては、動悸、頻脈、胸部圧迫感、血圧の変化、発汗、呼吸困難感、のどのつまる感じなどが出現します。通常、これらの症状が急激に出現する場合は、精神症状である不安感、焦燥感も同時に認められます。発汗のなかでも寝汗はしばしば認められます。この時期は、睡眠も浅く、嫌な内容の夢をみることも多いようです。通常はうつ病が軽快すると回復します。これらのさまざまな身体症状は、朝から午前中にかけて強く、午後から夕方にかけて軽快するという特色があります。これは、うつ病の大きな特色です。また、体の症状が目立ち、精神症状が目立ちにくいうつ病を仮面うつ病とよぶことがあります。「体の病気の仮面をかぶったうつ病」という意味です。

気分の変化

「気分の変化」は「うつ病という病気である」と診断される際の必須の要件です。患者さんは「気が滅入る」「気が沈む」「憂うつ」「気が晴れない」などと感じることが多いようです。通常は、数日から数週かけて悪化したり回復したりします。うつ病というためには少なくとも2週間はこのような状態がつづく必要があります。また、朝方強く夕方から夜にかけて楽になるというリズムがあります。このような一日のうちで決まったリズムがあることを「日内変動」とよびます。うつ病ではなく、嫌なことがあり落ち込んでいる場合は、嫌なことが解決すればすぐによくなります(よくなるのに数日から数週間もかかりません)。

興味の喪失

うつ病の初期から出る症状です。何事にも興味がもてない状態で、今まで趣味としていたことにも関心がもてません。たとえば、ただ会社で嫌なことがあって落ち込んでいる人は、会社が休みの日は気分が楽になり、趣味を楽しむことができます。しかし、うつ病の人は会社が休みでもいっこうに気分は晴れません。
このページの最初に登場したカズオさんやシノブさんも興味の喪失がはっきりみられます。カズオさんは休日でも元気が出ず、趣味の写真もしなくなりました。シノブさんは今まで楽しかった孫の世話が苦痛になりました。
興味の喪失は、本人も気がつきやすいし、周囲の人の目につきやすいので早期発見の手がかりとなりやすい症状です。

意欲・行動の抑制

患者さんは「何かをしなければならないのにやる気が起こらない」と感じます。普段から慣れたことはできても、新しいことや注意力や工夫の必要なことは困難になる場合があります。抑制が軽度だと、患者本人が感じるだけで他人からはわからない場合も多いものです。この場合、患者さんが「甘え」と思い自責的になったり、逆に周囲が励ましてしまう場合があります。抑制がひどくなると、言葉数が少なく、声も小さくなり、動作ものろくなるため他人から気づかれ
るようになります。重症になると一日中横になって、話しかけてもすぐには返事が返ってこないことすらあります。
うつ病が回復期に入り、他の症状が改善しても抑制症状だけが長くつづくことがあります。特に最近は軽症のうつ病で抑制症状だけが長期に残るケースが多くなり問題となっています。うつ病では、性欲の減退もよく認められます。抗うつ薬を服用している場合は、性欲減退がうつ病の症状か薬の副作用かはっきりしないこともあります。

睡眠障害

うつ病ではほとんどのケースに出現します。睡眠障害には大きく分けて不眠と過眠があります。うつ病では不眠になることが多いのですが、約一0%
に過眠が認められます。不眠には、寝つくまでに時間のかかる大阪困難、寝ついた後に何度も覚醒する中途覚醒、通常より早く目が覚める早朝覚醒などのタイプがあります。うつ病に特徴的なのは中途覚醒と早朝覚醒です。夜間眠れないのに日中昼寝ができないことも特色です。
うつ病では睡眠をつづけることが難しくなるのです。このため最近はうつ病を睡眠と覚醒のリズムが乱れた状態という理解もされるようになりました。
昔から経験的にうつ病は眠らない状態をつづけると軽快することが知られていましたご」のことが治療で応用されたのが断眠療法です。断眠するとうつ病は急激に改善するのですが、眠るとすぐ、元に戻るため近年は行われなくなりました。
うつ病で過眠になる場合には、過食(特に炭水化物を多量に摂取することが多い)と行動の抑制を伴うことが多いといわれています。

思考力・集中力の減退

うつ病では、思考力にもブレーキがかかります。思考力が落ちると「考えが浮かばない」「物忘れがひどくなった」などと訴えられます。また、集中力が落ちると、「テレビや新聞をみても内容が理解できない」「仕事でミスが多い」と訴えます。相手の話は理解できても、それに対して患者さんの考えが頭に浮かぶのが遅くなるため、質問したときに返事が遅くなります。このため、患者さんは「電話に出るのが苦痛」とよく訴えます。
老年期の患者さんでは、「痴呆になったか」と不安になるくらい物忘れがひどくなることがあります。
うつ病で物忘れがひどくなった場合は、うつ病がよくなると記憶力も病前の水準に戻ります。この点がアルツハイマー病をはじめとする痴呆症との大きな違いです。このため、うつ病で出現する記憶力の低下は仮の状態の痴呆という意味で「仮性痴呆」とよびます。

焦燥感

気分が落ちつかず、じっとしていられず、同じような不安を繰り返し訴える状態です。老年期のうつ病では意欲や行動の抑制が目立たず、焦燥感の強いケースがしばしば認められます。これらのケースは「便秘をしているから大腸癌ではないか」などと体の症状を死ぬような病気と結びつけて強く訴えるため、神経症(ノイローゼ)と間違えられることもあります。さらに重要なことは、焦燥感の強い場合は「楽になりたい」と思う丁心で自殺することも多いので厳重な注意が必要です。

無価値感・自責感

うつ病の患者さんは、自分自身にマイナスの評価をしがちです。「自分は何もできない」と考え、物事を判断する際にも影響が出ます。例えば、抗うつ薬を処方されても「どうせ治らない」と考え、薬の作用よりも副作用が気になるため、結局薬を飲まないということがしばしばあります。
また、規則を破っていないにもかかわらず自分を責めることもあります。「自分が怠けているから仕事が進まない。同僚に申し訳ない」「自分がこんな病気になって家族に迷惑をかけている」などと訴えることもしばしばです。
うつ病の人を「早くよくなってね」「頑張ればストレスを乗り越えられるよ」などと安易に励ますと、本人の自責感を刺激するので、うつ病は悪くなるのです。

妄想

うつ病も重症になると妄想が出現します。妄想とは、「病的な状態から生じた誤った判断」のことを指し、①事実でなく、②本人が確信をもち、③他人が訂正しようとしても訂正できないという特色があります。
うつ病に特徴的な妄想として、「自分はとり返しのつかない罪を起こした」と考える罪業妄想、「自分は不治の病にかかった」と考える心気妄想、「お金がなくなった」と考える貧困妄想があります。しばしばうつ病の患者さんが「お金がないから入院できない」と訴えるので、家族に確認したら貧困妄想だったとわかる場合があります。

希死念慮

うつ病の患者さんは、「死にたい」と思うことがよくあります。この「死にたい」という気持ちを希死念慮とよびます。うつ病患者の40〜70%に希死念慮が認められ、このうち約15%が自殺を試みる(自殺企図)といわれています。自殺の具体的な手段を実際に考えている場合、死にたい気持ちが抑えられない場合は危険です。希死念慮を抱く背景として、症状の苦しさから逃れたい気持ち、自分は生きる価値がないという無価値感などがあげられます。自殺しやすい状態として、症状では、抑制が弱く焦燥感が強い場合、発症後すぐで病状が不安定なとき、病状が回復して抑制は軽快したが抑うつ気分は残っているときなどがあげられています。また、
絶望感、孤独感、体の不安(心気症状、特に便秘へのこだわり)がある場合は要注意です。さらに、独身、離婚・別離なども自殺と関連が深いといわれています。

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