うつ病・神経症
正常の不安と神経症の不安との違い
現代人は高度に発達した環境の中で生存しており、数限りなく多くのストレスを外界から受けています。一般には、ストレスヘの対処法をみつけるか、じょうずに回避してその環境からくぐり抜けて生活をしているのですが、ストレスに対して対応を央う状況になると、不安症状が起こってきます。
健康な人でも日常的にさまざまな不安を体験していますが、健康範囲内の不安には、病的な不安とは異なる特徴があります。
正常の不安は、体の病気、家族の病気、家族の死、試験など、具体的なでき事に対して不安になるというように、「不安になる」理由が明らかです。したがって、その内容を本人は言葉で述べることができるし、またその内容を聞いて、心理的によく共感、理解できます。さらに、この不安はなんとか我慢できる程度のもので、治療を必要としない場合が多いのです。また、不安の期間も短くて、一夜熟睡すれば、ずっと軽くなる程度のものが多く、まれに長くても数カ月で回復します。そして、不安がいったん消失すると、同じような不安は再び起こらないのがふつうです。
これに対して病的な不安は、不安になった理由がはっきりせず、そのため自分で言葉に表現できず、周囲の人々にも理解してもらえません。また、自分が我慢できない状態が長くつづきます。しかも、このような不安が再び起こるのではないかという不安がつづくものです。
健康範囲内の不安とノイローゼの不安
・ノイローゼの不安
理由(対象)がない
表現しにくい
わかってもらえない
我慢しにくい
長くつづく
またこないかという不安がつづく
・健康範囲内の不安
理由(対象)がある
表現できる
わかってもらえる
我慢できる
長くつづかない
いったん去れば気にならない
不安の原因にはどんなものがあるか
現代は不安の時代といわれるように、不安を起こす生活上のストレスや社会的ストレスがたくさんあります。そこで、どのようなでき事がストレッサー(不安の原因)になるのかを知っておくことも必要でしょう。アメリカの心理学者、ホルメスとラフは数千人の一般人を対象として、生活上、ストレスを実感した事柄を質問しました。さらに上位四十数項目について患者に面接をして、身体疾患があらわれる前にどんな生活上の変化があったかを調べ、それぞれの項目のでき事が何点くらいのストレスに相当するかを調査しました。この場合の基準は、結婚生活の適応に要した負担の程度や時間を50点として評価してあります。表でわかるように、配偶者の死亡、配偶者との離婚や別居、留置場への拘留、家族の死亡、自分の病気やけが、解雇などが不安の原因として高ポイントになっています。
さらに、この研究では、さまざまな身体疾患で入院中の394名の患者について発病前に先立つストレスの有無を調べたのです。それによると、1年以内に200〜300点のストレスを得た場合には、その翌年には、半数以上の人は心身になんらかの問題が生じ、300点以上の場合には80%の人が翌年病気になるという結果が報告されています。
つまり、危機的体験が大きければ大きいほど、その適応にエネルギーを要し、回復に時間がかかり、ある限度を超えると病気になるといえます。もちろん、この病気の発病には、ストレスの強度とともに、それを受けとる側の身体的素因や、生活習慣、性格が関係することはいうまでもありません。
社会再適応評価尺度(社会適応スケール)
【順位】 生活事件・・・・ 生活変化単位値(平均値)
【1】 配偶者の死・・・・・ 100
【2】 離婚・・・・・・ 73
【3】 夫婦別居生活・・・・・ 65
【4】 拘留、または刑務所入り・・・・・ 63
【4】 肉親の死・・・・・ 63
【6】 自分の病気や傷害・・・・・ 53
【7】 結婚・・・・・ 50
【8】 解雇・・・・・・ 47
【9】 夫婦の和解調停・・・・・・ 45
【10】 退職・・・・・・ 45
【11】 家族の病気・・・・・ 44
【12】 妊娠・・・・・ 40
【13】 性的障害・・・・・ 39
【14】 新たな家族成員の増加・・・・・ 39
【15】 職業上の再適応・・・・・ 39
【16】 経済状態の変化・・・・・ 38
【17】 親友の死・・・・・ 37
【18】 転職・・・・・ 36
【19】 配偶者との口論の回数の変化・・・・・ 35
【20】 約1万ドル以上の借金・・・・・ 31
【21】 担保、貸付金の損失・・・・・ 30
【22】 仕事上の責任の変化・・・・・ 29
【23】 息子や娘が家を離れる・・・・・ 29
【24】 姻戚とのトラブル・・・・・ 29
【25】 個人的な輝かしい成功・・・・・ 28
【26】 妻の就職や離職・・・・・ 26
【27】 就学・卒業・退学・・・・・ 26
【28】 生活条件の変化・・・・・ 25
【29】 個人的な習慣の変更・・・・・ 24
【30】 上司とのトラブル・・・・・ 23
【31】 仕事時間や仕事条件の変化・・・・・ 20
【32】 住居の変更・・・・・ 20
【33】 学校をかわる・・・・・ 20
【34】 レクリェーションの変化・・・・・ 19
【35】 教会活動の変化・・・・・ 19
【36】 社会活動の変化・・・・・ 18
【37】 約1万ドル以下の借金・・・・・ 17
【38】 睡眠習慣の変化・・・・・ 16
【39】 親戚づき合いの回数の変化・・・・・ 15
【40】 食習慣の変化・・・・・ 15
【41】 休暇・・・・・ 13
【42】 クリスマス・・・・・ 12
【43】 ちょっとした違法行為・・・・・ 11
300点以上の場合には80%の人が翌年病気に!?
不安を自己評価して
自分の不安がどの程度のものであるかを自覚することは、不安をコントロールするためにたいせつなことです。
不安を自己チェックする方法として、質問表に回答してその得点から判断する質問紙法がよく用いられます。
イギリスの心理学者ツングが作成した不安の自己評価尺度表SAS(Self‐rating Anxiety Scale)が代表的なもので、20項目よりなり、精神症状としての不安症状を定量的に知ることができます。20項目の合計が不安得点になり、正常者は、神経症、うつ病、精神分裂病の患者より低い得点を示します。
不安を起こしやすい性格傾向を知るものとしては、テイラーのMAS(Manifest Anxiety Scale)があります。
MASの平均値は、うつ病、神経症、精神分裂病、正常者の順に高く、うつ病、神経症の患者は不安を感じやすい傾向がうかがわれます。
健康な人が感じる程度の不安の場合は、日常、ふつうは無意識のうちに自分でうまく処理しています。しかし、不安が正常の不安の範囲を超えて強くなったり、長引く場合、あるいは不安が繰り返し起こる場合には、治療が必要となってきます。
治療が必要かどうか、はっきりと決められないときは、まず、かかりつけの医師に相談するとよいでしょう。健康範囲内の不安と病的な不安は必ずしも一線を画して区別できるものではありません。
結局のところ、日常生活に支障をきたさない程度の不安ならば正常範囲の不安で、支障をきたすならば病的な不安と考えられます。
病的な不安の場合には、自分でコントロールすることは不可能です。専門医にかかって不安の原因をはっきりさせたうえで、薬物療法や精神療法などの治療を受けるようにします。
不安の症状は
不安が起こると精神症状とともに、自律神経の働きを介して、さまざまな身体症状もあらわれてきます。不安には、正常な不安から、恐怖状態の不安や精神病性の不安など、多種の不安があり、それぞれ異なった中枢機能の働きで発生するものと推測されますが、自律神経が引き起こす身体症状は共通しています。
不安は、いわゆる情動反応の1つとされています。情動とは、感情の中でも急速に引き起こされ、その過程が一時的で急激なものをいいます。不安のほかに、怒り、恐れ、喜び、悲しみなどがそうで、顔色が変わる、呼吸や脈拍が変化するなどの生理的な変化を伴います。情動反応がどういうメカニズムで身体機能に影響を与えるかについては、多くの仮説が立てられています。
情動は脳全体の機能と関係を持っていますが、その主役を演ずるのは、大脳辺縁系と視床下部と呼ばれる部分です。大脳辺縁系内のいろいろな核には、情動を抑制したり促進したりする作用や、学習、記憶などの構造があって、情動の調整をしており、その結果、行動化されます。また、視床下部には自律神経中枢があって内分泌系と密接な関係を持ち、情動と身体症状の接点の働きをしています。
不安の身体症状
医師が患者の不安症状に最初に気づくのは、不安に伴う身体症状によることが多いのです。緊張した心配そうな態度は、筋肉の緊張や表情、姿勢にあらわれており、一見してわかります。患者はリーフックスせず、問診中もイスの端にすわり、ちょっとした音にも飛び上がります。また、筋緊張がひどくなると手がふるえます。眼瞼裂が開き、瞳孔は大きく開き、さらに痛みを訴えることもあります。また、手のひらや腋(わき)の下、前頭部に汗をかき、脈が速くなった
り動悸がひどくなったり、血圧が上昇したり、手足の末梢血管が収縮することにより手本や四肢が冷えたり、頚部や上胸部の血管が拡張したりもします。呼吸は浅く、ため息をつきます。食欲はなくなることが多いのですが、ときには過食となります。
人によっては、明らかな自律神経症状を示さないで、筋緊張性頭痛、深く呼吸ができない胸部絞扼感(きょうぶこうやくかん=胸が締めつけられる感じ)と痛み、筋肉痛、筋肉のこわばり、動悸や胃腸症状などがあらわれることもあります。この場合は、何か恐ろしい病気にかかったに違いないと思ってしまいます。
これらの症状を臓器別にまとめてみると、次のようになります。
心臓・血管系 頻脈、心悸亢進、血圧の上昇または低下、胸部痛、動悸、脈拍数減少、紅潮、失神
消化器系 胃症状、口渇(唾液分泌の低下)、肝臓のグルコース増加、腸運動充進、過敏性腸症候群、嘸下困難、食思不振、悪心、腹部痛
泌尿・生殖器系 頻尿、排尿困難、性機能障害
皮膚系 発汗、鳥肌
呼吸器系 過呼吸症候群、息切れ、ため息、息苦しさ、あくび、呼吸困難
神経系 筋緊張性頭痛、かすみ目(霧視)、耳鳴り、振戦(ふるえ)、瞳孔拡大
筋骨格系 疼痛、歯ぎしり、筋肉のマヒ
不安時の自律神経症状は、いつもこれらがすべて出現するわけではなく、不安の強さによって変化します。
軽度の不安時には、漠然とした不安感と、軽くてときどきみられる身体的な不安感を起こします。
中程度の不安では、心悸亢進、ロ渇、手掌の発汗、血糖値の上昇、白血球数の増加を起こすことが多くなります。
強度の不安時には、心臓血管系、消化器系、呼吸器系の変化と、著しい身体的な症状を引き起こします。
不安の身体症状は、大部分は交感神経系の活動が活発になって起こるといえますが、すべてがそうではなく、副交感神経系の亢進、たとえば胃の充血と胃液などの分泌変化、腸運動の完遂なども引き起こします。
「頭寒足熱」という言葉があります。心身ともにリラックスしているときには頭がすっきりして手足がぽかぽかあたたかいことをいっています。不安に襲われると、身体症状はちょうどその逆になるのです。
不安の精神症状
不安は「対象のない恐れ」であり、自分が危険にさらされたり、存在がおびやかされたときに起こる情動といわれています。不安を喚起する危険には、自分に対する身体的・生命的な危険や、自分の社会的な存在に対する危険があります。
不安に陥った人は、自覚的には、何か恐ろしいことが起こる感じ、心配、落ち着きのなさ、リラックスできない、処理しきれない感じ、集中困難などを生じます。また不安の種類によって、いらいら感、離人感、非現実感、入眠困難、夜驚、恐怖症状、不安発作、うつ状態を伴うこともあります。
最近は、不安症状の評価に症状評価尺度が考案されています。これは臨床医が患者の症状を評価して記入するものですが、ほかに患者質問表や、患者自身が記入する自己評価記録表も作成されています。
医師評価尺度として、世界で最も広く使用されているのは、ハミルトンの不安評価尺度と呼ばれるものです。この中では不安の主観的な体験、つまり心理精神症状として不安、緊張、恐怖、不眠、集中困難、過度の苦悩、抑うつ、面接時の行動などがとり上げられています。
また、身体症状としては心血管系(頻脈、心悸亢進など)、呼吸器系(呼吸困難、過呼吸症侯群、窒息感、胸部圧迫感など)、消化器系(胃症状、嘸下障害、下痢など)、泌尿・生殖器系(頻尿、月経異常、陰萎など)、その他の症状としてロ渇、多汗、筋緊張性頭痛、めまい感、筋肉痛、肩こり、筋皐縮、耳鳴り、羞明(まぶしがる)、霧視(かすみ目)、熱感、脱力感などがとり上げられています。
不安に伴うさまざまな身体疾患
不安は人間にとって普遍的な状態ですが、何か体の病気にかかると不安を生じやすく、不安になると体の調子がくずれるというように、心と体の機能はいつも一体となっているといわれています。これを医学用語では心身相関といいます。
心の悩みが体の病気となってあらわれる病気、これが心身症と呼ばれるもので、体の病気の中でも症状の重篤度やその経過に、特に精神的影響を受けやすい病気です。
心身症
心身症は、「身体症状を主とするが、その診断や治療に心理的因子についての配慮が特に重要な意味を持つ病態」と定義されています。このカテゴリーに入る疾患を表にしてみましたが、ほとんどの病気が含まれているのではないかと思えるほどに広範囲にわたります。アメリカ精神医学会では、もう少し狭くとらえて「情動要因に起因し、ふつうは自律神経支配下にある単一の器官系を侵す身体症状によって特徴づけられる障害」と定義づけています。
いずれにしても、その発病の原因やその後の症状の経過に精神的要因、特に情動要因や不安が重要な影響を示します。そして自律神経支配下にある器官の症状の治療には、精神的不安に対する治療も絶対的に必要になります。
心身症が発生する生理的メカニズムについては各種の理論が発表されていますが、いずれにしても情動と交感神経、下垂体・副腎皮質系や自律神経支配下の諸器官の機能との密接な相関が推定されています。
■心身症の種類
循環器系
本態性高血圧症、本態性低血圧症、レイノー病、冠動脈疾患、一部の不整脈、いわゆる心臓神経症、血管神経症など
呼吸器系
気管支喘息、過呼吸症候群、神経性咳楸、空気飢餓、しゃっくりなど
消化器系
消化性潰瘍、慢性胃炎、いわゆる胃下粂鼠過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、胆道ジスキネジー、慢性肺炎、慢性肝炎、神経性嘔吐、発作性腹部膨満症、神経性腹部緊満症、呑気症、食道けいれんなど
内分泌系
単純性肥満症、糖尿病、甲状腺機能光速度、神経佳良思不振症、貪食症、心因性多飲症など
泌尿器系
夜尿症、インポテンツ、神経性頻尿(過敏性膀胱)など
神経系
片頭痛、筋緊張性頭痛、いわゆる自律神経失調症など
骨筋肉系
慢性関節リウマチ、全身性筋痛症、書痙、痙性斜頸、いわゆるむち打ち症、チック、外傷神経症など
皮膚科領域
神経性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、多汗症、慢性じんま疹、湿疹など
耳鼻科領域
メニエール症候群、アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、咽喉頭異常感症、乗物酔い、心因性吸声、失声、吃音など
眼科領域
原発性緑内障、眼精疲労、眼錐下垂、眼瞼けいれんなど
産婦人科領域
月経困難症、月経前緊張症、無月経、月経異常、機能性子宮出血、不妊症、更年祷蜀害、不感症など
小児科領域
小児喘息、起立性調節障害、再発性臍痛痛、周期性嘔吐症、心因性発熱、チック、夜驚症など
手術前後の状態
腹部手術後愁訴(いわゆる湯宿教着症)、ダンピング症候群、頻回手術症(ポリサージャリー)、形成手術後神経症、口腔手術後神経症など
口腔領域
顎関節症、ある種の口内炎、特発1全舌痛症、歯ぎしり、ロ臭症、唾液分泌異常、精神吐脳貧血、義歯神経症、咳筋チック、口腔手術後神経症など
心身症と神経症の区別
心身症:身体症状の比重が大きい。特定の器官に固定して、持続的に症状があらわれる神経症:精神症状の比重が大きい。症状が多発し、一過性で、移勤
しやすい
症状精神病
耳なれない病名ですが、「全身性の病気や脳以外の身体器官の疾患のときに併発する精神障害」のことです。基礎に存在する病気が二次的に脳の働きに影響を及ぼして、精神障害を引き起こした状態です。
基礎となる病気は非常に多彩ですが、それによって起こる精神症状は比較的共通しています。急性期やそれに準じる時期には、意識障害を中心とした、せん妄、もうろう状態、錯乱、幻覚、アメyチア(思考の乱れや見当識障害などがあり、物事が明確に意識できない状態)、噪状態があらわれます。また、意識回復後には、健忘症状態と過敏情動性衰弱状態(ささいな周囲の状況に対しても過敏に感情が揺れ動き、落ち着かずじっとしていられない状態)があらわれます。いずれも情動不安定を伴うので、不安状態との区別が必要になります。
症状精神病を引き起こしやすい身体疾患には、次のようなものがあります。
●全身感染症
腸チフス、発疹チフス、赤痢(小児)、リウマチ熱、インフルエンザなど。
●内分泌疾患
内分泌疾患によるものを内分泌精神障害と呼び、それには次のようなものがあります。
⑴甲状腺機能亢進症 甲状腺剤の過剰投与でも起こります。身体的には自律神経症状、特に交感神経活動の亢進状態が起こり、精神活動も過活動になって、不安、焦燥、刺激過敏、気分不安定、疲れやすいなどの症状がみられます。さらに重篤になると噪状態やうつ状態、被害妄想などもあらわれます。急性の甲状腺中毒症の際には、せん妄、錯乱、幻覚などの意識障害も起こります。
⑵甲状腺機能低下症 精神機能の低下した状態を起こします。
⑶副腎皮質機能亢進症 血中コルチゾール値の上昇によって起こる症候群で、クッシング症候群といいます。精神症状は、気分や意欲が変動しやすく、疲れやすい、不眠、抑うつ気分、軽い噪状態、不安、焦燥などがみられます。
⑷副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)使用による精神障害 各種の慢性疾患の治療のためにコーチゾン合成副腎皮質ホルモン剤を投与して、精神障害(ステロイド精神病)を引き起こすことがあり、ステロイド服用者の約5%にあらわれるといわれています。プレドニゾロン30mg/日以上の服用者に多発する傾向があります。以前に同様の精神障害を起こした既往がある場合、再投与には注意が必要です。最も多い精神症状はうつ状態ですが、噪状態、上きげん、離人感、意識混濁、錯乱状態、幻覚妄想状態なども起こります。治療には抗精神病薬を投与する必要があります。
⑸副腎皮質機能低下症 アジソン病や下垂体前 葉機能の低下を起こします。精神的には一般に抑うつ状態、無気力ですが、単一ではなく、上きげん、興奮、さらに健忘症状がみられます。
⑹性腺機能低下症
⑺副甲状腺機能異常
⑻下垂体機能障害
⑹〜⑻とも精神症状として、感情面での不安定性、不安、落ち着きのなさ、神経衰弱などがみられます。
●月経・生殖機能
⑴月経前緊張症候群 月経の数日前から始まり、月経開始とともに消退する症候群で、感情不安定、緊張感、刺激を受けやすいなどを中心
とした不安、抑うつ、疲れやすさ、食欲・性欲亢進、頭痛、腰痛、背部痛その他の症状があらわれます。程度の違いはあっても、健康な女性にもしばしばみられます。
⑵妊娠・産梼期 妊娠初期には各種の精神症状が起こりやすく、情緒不安定を示すことが多いといわれます。出産後にはうつ病が出現しやすいこともよく知られています。さらに急性せん妄状態、神経症状態、心因反応、また過去に精神病になったことがある場合はその再発などが起こりやすく、産後の不安状態には、きめのこまかい治療が必要です。
●代謝障害性疾患
肝疾患、ウイルソン病、尿毒症、人工透析に伴う精神障害など、代謝性疾患でも精神症状が起こりやすいといわれています。
●その他の身体疾患
心疾患、ビタミン欠乏症、電解質代謝障害(抗利尿ホルモン分泌過剰症候群、脱水、低カリウム血症、糖尿病、酸素欠乏症)、血液疾患(悪性貧血、失血性貧血)、膠原病、全身性エリテマトーデス(膠原病の一種)、神経ベーチェット症候群、術後の精神障害、中毒性精神病(慢性アルコール中毒症、麻薬中毒症、覚醒剤中毒症、睡眠薬中毒症などによる強い不安症状)でも、比較的多く症状精神病を起こすとされています。
不安を起こす原因を心因や身体因に分類しようとしても、各症例はどちらに属するというように区分できるものではなく、両方の因子が常に関与しています。ただし、その割合は不安の種類によって少しずつ変わっています。スイスの精神科医キールホルツは、その関与する割合から、不安をきたす疾患の身体因と心因をわかりやすく上図のように配列して示しました。一般の人にも理解されやすいと思いますので、引用しておきます。
不安と抑うつは連続性がある
近年、精神科医が痛感していることは、精神病の軽症化と神経症の増加です。閉鎖病棟に入院しなければ治療のできない精神病はきわめて少なくなり、外来治療が可能になったことは非常な福音でした。
しかし、外来で受診する患者の中には、ノイローゼか精神病かうつ病か診断がむずかしい症例がしだいに増加していることも、多くの精神科医が認めているところです。
心の悩みを疾患別に分類するのではなく、症状別にみると、不安症状と抑うつ症状が圧倒的に多いのです。精神疾患には多種類ありますが、その症状を類型化すると種類はいくつかに決まり、これを症候群といっています。この中で、うつ状態、不安状態が多いのです。
うつ状態はうつ病に最もよくみられるものであり、不安状態は神経症にみられるものですが、実は、この両者が複雑にからみ合って区別がしにくいことが多いのです。この点をわかりやすく説明したいと思ったのが、本書を書いた目的でもあります。
ノイローゼ(神経症)であると思っていた症例がうつ病であったり、うつ病と思っていたのがノイローゼであったりします。数では前者のほうが多く、後者が少ない傾向にあるのは、注目しなければならないところです。筆者が専門とするうつ病の患者さんの中でも、神経症と区別をつけにくいケースがふえつつあります。
中年期や老年期になってはじめて不安症状があらわれた場合には、その不安がうつ病の部分症状なのかどうかをきちんとみきわめることが重要です。不安症状と抑うつ症状では治療の第一歩が異なるのです。
不安と抑うつはいずれも気分の症状ですが、不安は比較的短時間で変化していくのに対し、抑うつは長時間持続する症状です。そのため、この二つは賢なるものと定義されていますが、不安患者が抑うつ状態を合併したり、抑うつ患者が不安症状を持ちやすいことも多く、この両者の区別は必ずしも容易ではありません。
理論的には、①不安に特有な症状、㈲抑うつに特有な症状、③両者に共通じた症状に分類できるのですが、現在多用されている、うつ病の症状評価尺度には不安の項目があり、不安の症状評価尺度にも抑うつ症状が加えられていることからわかるように、両者は独立した症候群ではなく、相互にオーバーラップした部分が多いのです。