目次
ノイローゼ(神経症)とは何か?
ノイローゼ(神経症)の正しい意味
不安が根底にあって起きる心の病気がノイローゼです。
ノイローゼという言葉は、現代社会では日常語になっていて、「○○さんはノイローゼぎみだ」とか、受験シーズンになると「子どもの入試で親がノイローゼになった」などの会話をよく聞くことがあります。これらの使い方をみる限り、ノイローゼという言葉は「心理的な原因(心因)によって生じた、精神的に悩んでいる状態」を意味しているように理解できます。
わが国で出版されている一般向けの医学解説書の中にも「育児ノイローゼ」「不安ノイローゼの克服法」「ハイテクノイローゼ」「コンピュータノイローゼ」「週休2日割ノイローゼ」「転勤ノイローゼ」など、おびただしい使用例が目立っています。
つまり一般には、ノイローゼというと、精神的ストレスにさらされたとき、人間がだれでも同じような状態になるであろうと思われるような状態、あるいは、だれでもが体験的に理解できる心身の故障をさしているようです。
しかし、精神科医の間で理解されているノイローゼは、これとはちょっとずれがあります。
ノイローゼという言葉はドイツ語で、日本では神経症と訳されています。日本語化したドイツ語の中では、このノイローゼとアルバイトあたりが、最高のヒット作かもしれませんが、日本でも近年はノイローゼにかわって神経症と呼ぶことが多くなりました。この本では両方を使っていますが、主として慣用に従ったまでで、特別な意図はありません。
では、精神科医が考えるノイローゼとはどんなものなのでしょうか。実は医者の間でも、ノイローゼの定義は必ずしも一致しているわけではありません。日本の精神医学の教科書にみられる神経症の定義だけでも10種以上あります。
アメリカやイギリスでも同様です。
しかし、近年、精神疾患をできるだけ明確に規定し分類しようという試みがアメリカやイギリスを中心になされてきて、国際的な精神疾患分類が作成されるようになりました。一つは、世界保健機関(WHO)によって定められた「国際疾病分類(ICD)」で、もう一つは、アメリカ精神医学会によって定められた「精神障害の診断と統計の手引き(DSM)」です。1975年に改訂されたICDー9(第9回修正)では、ノイローゼは次のように定義されています。「明らかな器質的基礎を持だない精神障害で、患者はかなりの洞察力を持ち、現実検討の力はそこなわれていない。ふつう、自分の病的な主観的体験や空想を外部の現実と混同することはない。行為はかなり障害されても、ふつうは社会が受け入れられる限度にとどまり、人格のくずれはない。また症状としては過
度の不安、ヒステリー症状、恐怖感、強迫症状および抑うつ状態などが含まれる」
ところが、1991年5月のWHO総会で正式に採用され、1993年1月からわが国でも導入されるICDー10(第10回修正)では、ノイローゼ(神経症)という用語が消失してしまったのです。
一方、1980年に定められたDSMーⅢでは、それまでのっていたノイローゼ(神経症)という言葉がみあたりませんでした。
神経症という病名が消えたことは世界中の精神科医の関心を呼びました。
この理由の一つには、いままでの多数の研究結果から、神経症が引き起こす不安のメカニズムについて、生物学的な側面からとらえることができるという結果が多数蓄積されたことがあります。すなわち脳にある不安をコントロールする機構(情動機構)の生理学的研究が進み、ノイローゼではその働きが弱いということがわかってきたのです。これまでのように神経症の原因になる心因の追究やその解決に多くのエネルギーを費やすのでなく、また漠然と、抗不安薬を投与しつづけるのでなく、より適切な薬剤を投与することによってすばやく症状を消失させることができるようになったという現状も影響していると思われます。いずれにしても、世界で強力な影響力のある
ICD、DSMの両方で、神経症というカテゴジーを消去してしまったのです。このことからみても、神経症という心の病気としての概念があいまいで、症状としての類型化がむずかしいということがわかります。
しかし、人間が「ノイローゼ」的になって悩むことがなくなってしまったのではありません。類型化がむずかしいということは、心の悩みをいかに理解し、対応すればよいかが非常にむずかしいことを物語っているといえるのではないでしょうか。
ノイローゼにはいくつかの特徴がある
ノイローゼという疾患は、精神科医の間でも十分に一致した見解がなく、あいまいな点が残されているのですが、それでもノイローゼにはいくつかの特徴があることも事実です。
その第一は、精神病ほど重症ではないので、自分が悩んでいること自体についての自覚があり、一、二の例外を除いて人格が保たれているということです。
第二には、精神的な原因、すなわち環境的なストレスやショックに対する反応、いいかえると心理的葛藤によって発症すると考えられている点です。しかし、神経症の一つ一つの症例について、それがどのストレスによって発症したのかと考えてみると、みあたらない症例も多いのです。
第三の特徴は、神経症になりやすい素質や性格が強く関与するという点です。これには自律神経の不安定さという素質的な要因や、神経症を起こしやすい人格傾向が、多くの症例から説明されています。
第四の特徴は、その原因がうつ病などのように身体的に原因が求められるものと違い、あくまでも精神的なからくりによって発症するものであることです。
最後に、第五の特徴は、治療によって軽快することです。しかし性格を変えることはなかなかむずかしい点もあります。また、治療には薬物療法が精神療法とともに有効なことが、近年の精神医学の研究の進歩により、明らかにされつつあります。
さまざまな神経症
神経症の基本症状は不安です。不安はだれでもが体験する普遍的な感情ですが、状況にそぐわないほどはげしい場合は病的な不安感情であり、その代表例が神経症の不安です。
神経症にはいくつかのタイプがありますが、不安はどのタイプにもみられ、比較的純粋な形であらわれるのが不安神経症です。
ICD-9によると神経症のタイプを次の8型に分類してあります。
不安神経症
不安神経症は、神経症の基本症状である不安がそのままの形で症状としてあらわれるものです。現実には危険が迫っているわけではないのに、漠然とした強い不安感が発作的に起こります。
不安の症状については、ここでは省略します。
不安発作に襲われたときは、数分から数十分間、死ぬような恐怖を感じます。このときには心拍数の増加、呼吸困難、ふるえや発汗および血管運動神経系の変化などが起こります。
発作は数回起こって治る人もいますが、長期にわたって繰り返す人も少なくありません。そうなると、発作の間も情緒が不安定で、またいつ発作を起こすのだろうかという予期不安のために、外出もできなかったり、家にひとりでいられないというような事態になります。発作時には過呼吸に陥るので、四肢のしびれ
や筋肉の硬直を起こし、いわゆる過呼吸症候群を起こします。
DSM-Ⅲでは、不安が全体で1カ月以上つづき、次の四つのカテゴリーのうち三つ以上の症状が認められるケースを全般性不安障害としています。
⑴運動性緊張 動揺、いらいら、びくびく、身ぶるい、緊張、筋肉痛、疲れやすさ、リラックスできない、まぶたのけいれん、眉をひそめる、顔をこわばらせる、そわそわする、落ち着きがない、びっくりするなど。
⑵自律神経機能完進 発汗、心悸完遂、額縁、手が冷たくて湿っぽい、口が渇く、めまい、頭の変な感じ、知覚異常(手足のうずき)、胃がむかつく、熱感または冷感の発作、額尿、下痢、胃部不快感、のどの異物感、紅潮、蒼白、休憩時でも脈拍や呼吸が速いなど。
⑶憂慮不安、心配、恐怖、思い過ごし、自分や他人の不幸を予期するなど。
⑷警戒心 注意過剰、注意散漫、集中困難、不眠、過敏、いらつき感、短気など。
以上をまとめてみると、不安神経症の不安は、内的葛藤や危険予知によって起こる不快な感情で、種々の生理的症状を伴い、その対象はこれといったものはありません。
はっきり認められているものへの恐怖ではなく、いいかえると、非現実的なものへの恐怖といえます。
[症例1]22才 男性自営業 不安発作(息苦しさ)を繰り返して
患者にとって父は非常に偉大な存在で、家業が土建業であるため、いつも留守がちであった。母は店の仕事もしていたため、放任されて育った。兄は専門学校卒業後2年間は家業に従事したが、その後転職してしまった。姉は活動的で父親似。
本人は中学時代は身長コンプレックスを持ち、バスケットボールに熱中した。高校時代に、兄が家業の跡継ぎをやめてサ’フリーマンになったため、自分は跡を継がねばならないと他への就職をあきらめ、このころから勉強はせずに遊ぶようになった。喫煙やバイクの窃盗で処分されたこともある。
高校2年のとき、急に息苦しくなって救急車で病院に運ばれたことがあり、高校3年のときにも、過呼吸症候群(神経性の呼吸困難)を起こした。
卒業後は断続的に家業に従事したが、雪の日にダンプを運転していて息苦しさを感じ、発作が起こった。以後、たびたび発作を繰り返し、家で寝ているようになる。
その後、発熱を機に入院した。本人はひとりで行動できる範囲を広げ、車に乗っても発作が起きないようにしたいという希望を持ち、そのために車に乗ってみたり、体の鍛練もやるなど意欲的であるが、予期不安が強くて外出できないこともあり、睡眠不足も伴って、あまり治療効果は上がらなかった。
薬物療法とともに精神療法を行っているが不安症状は相変わらずで、院外外泊時も家で倦怠感や息苦しさが増して途中で帰院してしまう。
しかし、病院内では不安発作は起こさない。外泊の行き帰りに父と話す機会がふえてますます父が偉大に思え、つきあっているガールフレンドにも最近は「尻に敷かれるよう」だと感じている。さらに自分は同世代の若者にくらべて何も知らないし、何もできないので自信がないと思っている。主治医に対しては、反抗的だったり、依存的だったり、不安定である。
ヒステリー神経症
ヒステリーはギリシャ語のシュステラ(子宮)に由来するもので、古代ヨーロッパでは体内で子宮が動き回ることによって起こる女性特有の病気と考えられていました。ヒステリー神経症が心因性の精神障害であり、精神療法の対象であることが明らかになった経過は、まさに神経症の歴史そのものです。
ヒステリーは症状を起こしやすい性格と深い関係があります。
ヒステリー症状には、転換ヒステリーと解離ヒステリーの2タイプがあり、かなり異なったあらわれ方をします。
転換ヒステリーは、元来、心理的次元の問題が、身体的次元に姿をかえてあらわれるもので、さまざまな症状がみられます。代表的なものは、嘸下困難、失声、失明、二重視、視力低下、視野狭窄、難聴、運動マヒ、起立や歩行困難、けいれん発作、意識消失、慢性的な痛み(背中、性器、口腔、直腸など)、不感症などの性的障害などです。とはいえ、いずれもまず、器質的な病変に伴う症状かどうかを検査する必要があります。中でも心因性の痛みについては患者の訴えが強固で慢性的で、しかも患者自身は痛みと心理的問題との因果関係を認めようとせず、そのため、目先の痛みから解放されたいあまり、鎮痛剤や医師の処置を要求して医者から医者を渡り歩くことも多く、その結果、薬物依存や乱用に陥るケースが目立ちます。このような場合は、ぜひとも医師との信頼関係を保ち、支持的精神療法を進める必要があります。転換ヒステリーの症状には、次のような共通の特徴があります。
1、症状に見合うような神経学的所見がない。たとえば、手がマヒして動かない患者でも、大脳の運動中枢や末梢神経には異常所見がみあたらないというようなことがある。
2、症状は暗示によってあらわれる。
3、病気になることで多少とも得をすることがある。
4、症状自体について無関心でいたり、不安が少ない。
以上のことからも、器質的な病気との区別がつきます。なお、転換ヒステリーの症状の一つである意識消失発作は、てんかん発作とみきわめがつきにくいのですが、次の表に掲げたような点に注意すれば区別がつきます。解離ヒステリーとは、本来一つになっているはずの人格のたががゆるみ、二つないしそれ以
上の人格に分離する病気です。解離症状にはいくつかのパターンがありますが、有名なのは、二重人格・多重人格といわれるタイプです。ほかに遁走や生活史健忘のタイプがあります。遁走では、現実が耐えがたくなったときに、数日から数カ月間、仕事や家庭を捨てて放浪してしまいます。その間のことを記憶していない、思い出せない場合が多くみられます。生活史健忘とは、自分の姓名・住所・生活史をほとんど忘れてしまっている症状ですが、簡単な日常生活を送るうえでの必要なことは記憶しています。これらの一連の奇妙な行動は少なくともヒステリー性意識障害を伴っているのがふつうです。
ヒステリー神経症は、症状を起こしやすい性格と深い関係があります。ヒステリー性格とは演技的人格障害といわれ、DSM-Ⅲでは次のような特徴をあげています。
1、行動が過度に劇的、反抗的で、強く表現す
・自己を演劇化し、感情表現が誇張的。
・常に自分に注意をひきつけておきたい。
・活動と興奮を求める。
・ささいなでき事におおげさに反応する。
・理性を央って、怒りの爆発やかんしやくを起こす。
2、対人関係に特徴的な障害がある。
・表面的にはあたたかく魅力的にみえるが、その実、浅薄で真実味にかけていることが他人に気づかれている。
・自己中心的、わがまま、他人への思いやりに欠ける。
・虚栄心が強く、要求がましい。
・依存的で頼りなく、絶えず保証を求める。
・自殺のおどし、そぶり、自殺企図によって周囲を動かそうとする傾向がある。
[症例2] 16才 女性 高校生
恋愛トラブルがきっかけとなったヒステリー発作
バレー部に所属している明るい少女だが、どちらかといえば甘えん坊。友だちは多い。父は外国に単身赴任中で、たまに帰国する。母は仕事を持っていて多忙であり、兄、姉各1人は大学生で家を出ている。現在は母と2人暮らしである。
別陳に祖父母がいて、本人はそちらになついていたが、祖母が死んで祖父が再婚したあとは、新しい祖母を嫌って寄りつかなくなった。先輩と恋愛問題でトラブルがあり、何人かに囲まれておどされるという事件があった翌朝、登校途中に倒れているのを発見されて救急車で病院に遅ばれた。病院に着いたときは過去の記憶をなくしており、家族の名前なども知らないといったが、自分の名前は覚えていた。
身体的症状も訴えたので検査をしたが、異常はなかった。母のことも忘れたというが、母が来ると胸にすがって泣いたり、入院後の記憶もないというがテレビの番組は覚えているという、ちぐはぐな健忘があった。
当精神科へ転院のときは、車イスに乗っており、左の手足は全く動かないといい、歩くときもつま先を引きずるようにしてケンケンで移動。しかし、ほんとうのマヒがある引きずり方ではなかった。母親に対して依存的で、何を聞かれても母のほうを見て助けを求める。母との距離を少しずつ遠くするようにし、母がいないことをあまり淋しいと思わなくなったころ、左手が少しずつ動くようになった。
恐怖神経症
実際に自分に危険を及ぼすものではなく、それほど恐れなくてもよいとわかっている事柄に対して病的な恐怖をいだく、神経症です。ある特定のもの、行為、状況を過度に恐れ、避けようとするもので、自分でもそれが不合理であることに気づいているものの、やめられない状態です。
恐怖神経症は外部にはっきりとした恐怖の対象がある点が不安神経症と異なっています。一方、恐怖が強迫的に繰り返して起こり、それに対する恐怖が不合理であることを自覚しながらも、意に反して起こるという点では強迫的で、強迫性恐怖あるいは恐怖強迫ともいわれます。恐怖神経症は、不安神経症と強迫神経症の中間的な臨床症状といえましょう。恐怖の対象となるものは、大きく分けると次の3種類です。
⑴物理的空間(状況)に関する恐怖 閉所恐怖(狭い空間、エレベーター、出口のない部屋、飛行機、地下室など)、広場恐怖(町なかを歩く、広い空間をひとりで横切る、公衆の面前に出ることなど)、高所恐怖(深い淵にのみ込まれる不安など)などがあります。
対人的状況に関する恐怖 赤面恐怖(人前で赤くならないかという恐怖)、視線恐怖(人の視線や自分の視線が気になる)などがありますが、これらは対人場面に関する恐怖なので、対人恐怖とも呼ばれます。その点では社会的恐怖
でもあります。
⑵物体に関する恐怖 先端恐怖(メス、ハサミ、とがった鉛筆、武器)、動物恐怖(犬、鳥、蛇など)、細菌恐怖、梅毒恐怖、エイズ恐怖、不潔恐怖などです。以上、いずれの場合でも、これらの状況や対象から遠ざかっていれば不安は起こりませんが、いつ出合うかわからない、出合ったらどうしようかという予期不安があります。恐怖神経症と不安神経症は多くの類似点もありますが、恐怖神経症の不安は対象がはっきりしていて、予測が可能であり、回避しようとす
る行動を起こすという点で、不安神経症と区別することができます。
[症例3」42才男性会社員
会社の人事問題で外出恐怖となり、入院
高校卒業後、繊維問屋に就職した。27才ごろから心気症的になり、あちこちの医院や病院を転々とする。抗不安薬や自律神経調整薬の投与を受けたこともある。
38才どろに体調の不調を自覚し、本人の意思で3ヵ月間入院したが、検査の結果は異常がなく、本人はそれに納得がいかなかった。
41才のとき、社長の死に伴って会社の人事の異動があり、本人は会社に対して不満や怒りを持ったが、それを表に出せなくていらいらしていた。多忙な日がつづいたあと、特にいらいら感が増し、漠然とした不安もあって入院。不安の対象は、外出すること、電車に乗ること、理髪店に行くこと、肘で遠出をすることであった。また胸部不決感、下痢、血圧上昇の自覚などの身体症状も訴えたが、加療を要するような異常は認められなかった。
恐怖、不安の治療には、投薬とともに自律訓練をすすめたが、本人の動機づけがうまくいかず、薬剤の効果もあいまいで、倦怠感が増すばかりで、治療効果は思うようには上がらなかった。入院生活がマンネリ化したため、本人と相談して、外来通院により治療を継続することとなった。
強迫神経症
強迫神経症とは、ばかばかしい考えや不快な考えが、自分の意思に反して繰り返し頭に浮かんできて、止めようと思っても自分の意思では止められず、それに抵抗しようとすると強い不安が起こる病気です。
自分の意思に反して意識に浮かび、払い除くことができない考えを強迫観念といい、それに対して、不合理と自覚しながらも、ある行為をしないではいられないものを強迫行為といいます。強迫神経症では、強迫観念と強迫行為が起こることが特徴です。
強迫観念の内容は、
⑴敵意や攻撃に関すること 他人を傷つけたり殺したりするのではないか。
⑵不潔に関すること 糞便、尿、バイ菌などで汚れたのではないか。
⑶せんさく癖 ささいなことでも理由を知りたがり、確かめないと気がすまず、しつこくせんさくする、ときには質問する。
⑷疑惑癖 自分がしたことが完全だったかどうか絶えず疑いが生じて、何度も確かめずにはいられない。
⑸計算癖 敷石、電柱、階段など目についたものの数が気になって数えずにはいられない。
などがあります。
強迫神経症の人は、このような強迫に抵抗すると強い不安が起こり、それを実行すると解消するように感じられて、強迫行為を行います。
たとえば、心に強迫的に浮かんだ不潔という考えを消すために、強迫的にしつこく千を洗います。本人は心の中に浮かぶ汚れを于を洗うこと
によって消そうとしますが、その不合理性にも気づいているのです。しかし、やめられません。第三者が無理やりにこの行動を中止させると、強烈な不安が表面にふき出てきます。強迫行動が著しくなると、社会生活が不可能になってきます。
強迫神経症の患者は、元来強迫的な性格傾向を持っている場合が多いといわれます。DSM-Ⅲは、強迫性格として次の5点をあげています。
①過度に理想主義でまじめ。形式主義で、けち。あたたかく優しい感情を表現する能力に乏しい。
②完全主義だが、細部にとらわれて全体を把握する能力に欠ける。規則、秩序、組織、スケジュール、リストなどに縛られる。
③自己流のやり方を人に押しつける頭固さがあり、柔軟性が乏しい。そのことが人の感情を害することに気づかない。
④仕事と生産性への過度の献身があり、固執する。そのための苦しみや対人関係の価値を排除してしまう。
⑤まちがいを恐れるあまり、決断ができない優柔不断さがある。
[症例4] 32才 男性 会社員
長年にわたり、強迫神経症に’苦しむ
父は船員で月に一度ぐらいしか帰宅せず、ほとんど話をした記憶はないが、恐ろしい存在だった。母も仕事をしていた。本人は3人きょうだいのまん中で、家庭では母以外とはあまり対話がない雰囲気だった。現在は妻との間に子どもが3人いる。
中学生のころから、腹痛、下痢が月に2回程度起こるようになり、女の子と話すと顔が赤くなった。またズボンのポケットに手を入れていると、尿のにおいが手につくことを気にしていた。夢精や自慰行為に対して罪悪感を感じ、自慰行為のあとで執拗に手を洗っていた。高校のときはバイクを乗り回していたが、引
っ込み思案なほうだった。高校の同級生の1人に対して「自分が彼をやっつけるか、彼に自分がやられるか」の感情が生じる。弁当箱の中に箸をしまうのに、入れたかどうかが気になったことが数回ある。
卒業後は電気工事の仕事についたが、自分の仕事をちゃんとしたかどうかが気になり、翌日現場へいって確かめるようなことがたびたびあった。
21才で二度目の転職をした直後から緊張が高まり、電車の中で強そうな人をみると、「やるか、やられるか」という気持ちになる。対人恐怖が強く、同僚とも打ち解けられなかった。タバコの火を消したかどうかの確認も日常的なことであった。このような状態が6〜7年つづき、しだいに「スイッチを切ったかどうか」「ガスの栓を閉めたかどうか」が気になり、「溶接をしたのに、したような気がしない」と心配になり、仕事にも支障をきたすようになった。あちこちの病院で精神療法などを試したのち、32才で当精神科に入院となる。
そのころは、不安、不眠、気力低下、動悸、憂うつ、自分がどうにかなりそうな感じが強く、またさまざまな不確実恐怖、確認強迫が認められた。
入院にあたって妻から病歴を聞いたが、妻は「きちょうめんな人だと思っていた。仕事を休みたいといったときに夫から症状を聞いた。それ以前にも聞いてはいたが、病気とは思わなかった」ということであった。
入院後も、いらいら、憂うつ、胸のむかつき、動悸などの症状のほかに、漠然とした不安、孤立感があり、また患者の1人に対してこだわりがある。強迫観としては、自分が他人に危害を加えるようなことをしてしまったのではないかということがいつも心にひっかかっている。
抑うつ神経症
憂うつな気分、外界への関心の低下、自信の喪失、消極的な生き方への傾斜、未来への悲観、取り越し苦労などを主な症状とする神経症で、うつ病との区別がつきにくい病気です。うつ病よりは抑うつ状態が軽く、個々のうつの状態の持続期間は短いのですが、全体としての経過は2年以上にわたって遷延します。
主要症状は抑うつ気分と興味や快楽がなくなることですが、そのほかに次のような症状があり、このうち3項目が存在することが、抑うつ神経症の条件とされています。
・不眠または睡眠過剰。
・元気がないか、慢性的疲労。
・無力感や自尊心の喪失または自己卑下。
・学校、職場、家庭での能率や生産力の低下。
・注意力や集中力または明晰な思考力の低下。
・社会的な引きこもり。
・快楽的な活動への興味や享楽の喪失。
・刺激を受けやすいか、怒りやすい。
・称賛や報酬を受けても喜びの反応を示さない。
・通常よりも不活発、無口、のろい、落ち着かない。
・将来に対して悲観的態度をとり、過去のでき事についてくよくよ考えて、自分自身をみじめに感じる。
・涙ぐんだり、泣いたりする。
・死や自殺のことを繰り返し考える。
しかし、これらの症状はうつ病でもみられる症状でもあり、うつ病との区別が困難な症例もたくさんあります。
[症例5] 27才 女性 主婦
婚家とのトラブルでノイローゼに
二人姉妹の長女で、勝ち気な面と引っ込み思案なところも見られる性格である。大学進学のために上京し、4年間は大過なく過ごして就職。
学業成績もよく就職もすんなり決まった。2年後、見合い結婚をした。夫はエリートサラリーマンであった。1年後に男児誕生。産後も肥立ちがよく、問題となるようなことはなかった。
育児はもっぱら主婦である本人の肩にかかり、仕事に多忙な夫は全く手を貸さず、それが当然という態度にしだいに不満を感じるようになった。出産後半年を過ぎるころ、頭重患と気分の重さに悩まされるようになった。あるとき夫の実家を訪れたが、舅に赤ちゃんの泣き声がうるさいといわれ、予定を早めて帰宅するトラブルが起こった。それをきっかけに、不眠、いらいら、意欲の低下が起こり、自殺念慮を感じるようになって、病院を受診した。その後、当精神科に転院してきたが、年齢より幼く見える
患者は、涙ながらに前述のような症状と、夫や姑、剪の冷たさを訴えた。同時に、家事が十分にできない自分を責めていた。舅から「子どもの母親としてそんな弱気でどうする。頭張れ」という励ましの電話が入ったとき、息苦しくなって気が遠くなりそうだったという。姑からは「仮病」呼ばわりをされ、頭重患がつのり、気分が落ち込んで何もできなくなってしまったという。
薬物療法でやや気分は軽快になったが、その後も、家庭内の人間関係のもつれが改善しないまま症状は一進一退をつづけた。1年後に、その間の家族との面接、精神療法の併用などの効果があらわれ、安定状態となった。
神経衰弱
神経症のほかのタイプに入れにくい症例で、心身の疲れやすさ、音など外界の刺激への過敏性、集中力低下、頭痛、不眠などを慢性的に訴えるケースを神経衰弱と呼んでいます。神経衰弱という言葉は、神経症と同義的に用いられたこともありますが、今日ではあまり用いられなくなりま七た。ICD-9には神経症
のIタイプとして記載されていますが、DSMーⅢでは削除されています。
ICD-9では次のように説明されています。「疲労、焦燥、頭痛、うつ状態、不眠、集中困難、快感の欠如を特徴とする神経症性障害である。感染症や極度の疲労につづいて出現したり、持続的な感情ストレスの結果生ずる」
離人神経症
離人症というのは、自分が自分でない、自分が存在しているという感じがない、自分で考え、行動しているという感じがない、体が自分の体ではないようだ、見るもの聞くものがすべて現実感がなくピンとこないなど、自己の意識や能動、外界に対する実在感が薄れる体験のことです。そのため、自分自身の現実についての感覚が一時的に失われるか変化して、たとえば自分の手足の大きさが違って感じられたり、自分が機械仕掛けのように感じられたり、まるで闇の中にいるように感じられたりします。種々のタイプの感覚マヒや、言葉や行動が自分の統制下にない感じもしばしばあります。
また副症状として、現実感の喪失、めまい感、抑うつ、強迫的反すう、不安、恐怖、時間感覚の障害、追想の困難などが伴います。このような離人感覚は神経症のほかに、精神分裂病、うつ病、器質性精神病、てんかんなどでも起こり、軽いものは正常者でも、精神的ショックを受けたり疲労がはげしいときに、一過
性で感じられることがあります。
[症例6] 45才女性小学校教員
姑との心の葛藤で発病
二十数年間、教職にある。24才で恋愛結婚、高2の息子と小5の娘がいる。5年前から夫の両親と同居している。本人の性格は温厚、まじめ、愚痴をこぼさない、しっかり者、おとなしくて忍耐強い、きちょうめん、という評価であ睡眠薬による自殺をはかり、当精神科に入院してきた。ここ数年来、食思不振、頭痛、不眠、いらいら、胃腸障害がつづき、さらに気力が出ない、憂うつ、ふらふら感、離人感、視力低下、物音がうるさくて耐えられないといった症状も加わったため、学校を休職したばかりだった。
5年前に夫の両親を引きとったことが原因であろうとは本人も気がついている。義父は10年来寝たきりで、それまでは夫の弟のところにいたが、義母が問題の多い人で皆から疎まれ、結局長男である患者の夫が引きとった。以来、義母が家族をかき回してゴタゴタが絶えなかったが、患者はじっと我慢していた。しかし胃潰瘍や頭痛などの身体症状がつづいていた。結局、夫の弟のところに両親を移すことに決まり、転居の日時も間近に迫ったころから患者の抑うつ状態などが顕在化した。患者は当初両親の転居に乗り気だったが、決定されたころから、心を痛めるようになったらしい。
患者はずっと「できた人間としての自分」と、姑と自分との関係にみる「きたない心を持った人間としての自分」の葛藤に悩み、しだいに離人的な感情が強まっていった。患者がふらふら感と表現しているのがそれで、「ふらふら感は自分の安住の場がない、主婦の座があいまいになっていたことから起きたのだと思う。私の主婦の座が安住すれば、ふらふら感はとれるのではないかと思う」と自覚している。
心気神経症
実地医家がしばしば出合う神経症の1タイプで、主要症状は心気状態です。つまり正常あるいはささいな身体的兆候や感覚を「異常」と解釈して、何か重大な病気にかかっているのではないかという恐怖や信念にとらわれている状態です。
たとえば、心臓の鼓動や腸の運動など正常な身体の機能やささいな症状、微熱、せきなどのほとんど病的意義を持っていない身体症状に、過度に注意を向けます。それによってますます感覚が敏感になって、重大な病気ではないかと解釈し、確信してしまいます。心気神経症の人の訴えは執拗で、いくら医師が説明しても納得せず、次々と医師や病院をかえて渡り歩きます。これをドクターショッピングといいますが、社会生活にも支障をきたすこともあります。
この場合は、当然のことながら、身体症状に加えて不安や抑うつを伴います。心気神経症になる人の性格は強迫的であったり、自己愛が強いことが多いようです。発症は青年期に多く、男性では30代、女性では40代にもよくみられます。慢性経過をとることが多く、一般的に治りにくい神経症といえましょう。
[症例7】 35才女性無職
みずから病気と思い込んだ症状に振り回される高齢の両親と姉との4人暮らし。父も病弱で、母が父と本人のめんどうをみている。
小学校高学年で胃部不快感、吐きけ、腰痛などの腹部症状のため食べられなくなり、やせが出現。身体疾患はなく、この症状は中学校時代もつづいた。高校・大学時代は身体症状からは解放されたが、感動のない日々だったとのことである。
就職して約3年後、腹部症状-不食上貧弱というパターンが再燃し、以後、社会的活動からしだいに遠ざかり、数カ所の病院へ入院、検査を繰り返すが、いれも異常はなかった。無月経であった。本人は身体症状のために日常生活が送れないことを強調し、精神科の治療にはきわめて非協力的であった。患者は身体症状の訴えに終始した。短期間の入院では精神療法は終了しないので、外来通院が適していると判断し、主治医のほうから退院をすすめた。一度は身体症状を理由に退院を引き延ばしたが、結局は退院となった。このケースでは、患者に心の病気としての認識が欠けていて、治療的に必要と考えた精神療法が受け入れられなかったことになる。
神経症はなぜ起こるの
神経症の成因や発生のメカニズムについては、精神医学の発展とともに精神科医の関心の的となってきており、さまざまな学説が出てきています。
しかし、一般には、本人の持っている素質(素因)と幼児期の環境、さらに性格の形成と、その後に起こったストレス状況とが相互にからみ合って、神経症が発症すると考えられています。
したがって、性格だけで起こるとか、遺伝や環境がもたらす病気ということではありません。
このことは神経症だけでなく、精神異常のすべてにあてはまることですが、素質と環境との反応によってあらわれる病気なのです。うつ病や精神分裂病と同じように、神経症もさまざまな原因が積み重なって起こる、多因的な病気と考えておくのがよいと思います。
神経症になりやすい性格とは
神経症の人たちには、一定の性格上の特徴があるといわれています。一般にいわれるのは、いわゆる神経質、小心、気にしやすい、情緒不安定、柔軟性に乏しい、未成熟、依存性が強い、わがまま、協調性欠如、完全欧が強いといった傾向を持つ人です。また、自分をとり巻く環境に欲求不満があり、葛藤を引き起こしやすく、そうした不満や葛藤をうまく処理できないタイプでもあります。しかし、これらの特徴を持っていながら神経症にならない人も多いのです。
また、一面では理想主義、形式主義、まじめ、きちょうめん、完全癖、過度の良心的態度、責任感、正義感が強いなどの長所もあり、多くの人にみられるありふれた性格でもあります。神経症を起こしやすい性格は明らかにあるのですが、そういう性格だから必ず神経症になると考える必要はありません。本能的衝動が強すぎてそのコントロールがうまくいかず、欲求不満や心理的葛藤を起こしやすい人が神経症になりやすいといってよいでしょう。こういった性格者を、神経症的パーソナジティーということもあります。また各国の精神科医は、敏感性格者、自信欠乏者、顕示者、無力者などという名称をつけて、神経症になりやすい人を区別しています。
神経症の中でも、特定の神経症についてだけみると、性格傾向はいっそうはっきりします。
ヒステリーを起こしやすい性格としては、いわゆるヒステリー性格がよく知られています。未成熟で自己顕示欲の強い性格です。ただし、ヒステリー性格者でも、日ごろから自己顕示欲を満足させている揚合は、ヒステリー発作は起こりにくく、表面的には自己顕示欲をあらわさないで抑えている人のほうが、派手なヒステリー発作を起こしやすいということもあります。また、強迫神経症は強迫性格の人、自分がはっきりつかめていない人、自信のない人に起こりやすく、心気神経症は無力者や神経質な人によくみられます。
神経症を起こす誘因にはどんなものがあるか
神経症を起こすきっかけとなるものは、いわゆる心因的なものばかりでなく、環境上のさまざまなものがあります。しかし、これらの誘因があっても、すべての人が神経症を起こすわけではなく、これに基盤があって発症するわけです。
神経症の直接的な発症誘因には、次のようなものがあります。
⑴あらゆるタイプのストレス 神経症はストレス病といわれるくらい、ストレスと深い関係を持っています。神経症は不安や恐怖の感情が直接の原因ですが、ストレスはそれらに対する抵抗力を弱めると考えられます。
⑵心身の過労疲れて体力が落ちているときに病気になりやすいのは、あらゆる病気に共通することです。
⑶対人関係の悩み 家庭や学校、職業上のあらゆる対人関係が、神経症発症のきっかけになることがあります。悩みは急激で一時的なものから、長期に及ぶ持続的なものまで、さまざまです。
⑷家族や近親者、友人の病気あるいは死 それらの人々との別離も、きっかけの大きなものです。
⑸居住環境の変化 転居や家の新・改築後に発症する例は多いのですが、近隣での工事の騒音や日照の変化なども大きな誘因です。旅行中、特に外国旅行で発症することもあります。
⑹地位的な状況の変化 結婚や離婚をはじめとして、入学、卒業、就職、昇進、転勤、転職、定年などの人生の節目で発症することもよくあります。
⑺成功や負担の軽減 いわゆる重責を果たしてほっとしたときに発症するケースです。荷おろし抑うつなどといわれます。女性の場合は子育てが一段落したときに発症するのもこの一例です。
⑻競争受験が一般的ですが、恋愛や結婚、就職なども競争ととらえることもできます。
⑼社会事象 火事のような個人的な事象から、戦争、動乱などの大きな事象まで、政治、文化、経済上の急激な変動が誘因となります。
(10)自然現象気候の不順、暑さ・寒さ、地震や天災などの自然界の事柄も、神経症の直接的なきっかけになることがあります。
年齢による神経症の特徴
神経症の発症年齢は子どもから老年期まで、どの年齢層にもみられます。しかし、年齢によって神経症の類型が少しずつ異なります。児童の神経症はいわゆる行動異常の形をとりやすく、つめかみ、チック、夜尿などが中心です。また腹痛や頭痛などの心気症状もみられ、動物に対する恐怖神経症も目立ちます。
登校拒否はいわゆる学校恐怖の恐怖神経症であることもあります。
青年期は神経症の好発年齢で、学校生活上での問題が主な誘因となることが多く、入学後または新学期の始まりの時期に多発します。登校拒否や学業成績の不振、怠学、社会的な問題行動、薬物乱用などがきっかけになります。神経症の中でも強迫神経症が多く、心気神経症、ヒステリー、抑うつ反応も目立ちます。思春期やせ症はこの時期に特有なものです。神経症が再び増加するのは更年期、初老期です。この時期は環境が激変することが多く、不安神経症、抑うつ反応、心気神経症が目立ちます。
老年期には心気神経症、抑うつ反応が多くみられます。この時期は各種の病気がすべて、心理的な要因と身体的要因を持ち合わせているのが特徴で、いわば老年期の病気はすべて心身症としてとらえることができるといってもよいくらいです。
また、ぼけ症状や初老期うつ病との区別がむずかしく、正常な人でも一時的に不安感が強まったり、いらいらしたり、被害的に物事を受けとったりしがちです。そのためにトラブルを起こしたり、妄想を感じることも少なくありません。