目次
神経症、うつ病はこうして治す
不安や苦痛を取り除く薬物療法
神経症にせよ、うつ病にせよ、不安や苦痛をとり除くためには薬物療法が必要です。
一般に、神経症に対しては抗不安薬が、うつ病には抗うつ薬が使われますが、実際にはさまざまな症状が交錯してあらわれる病態が少なくないので、実際にはこの原則から離れた処方がなされることも多いのです。
たとえば、うつ病の定型的な症状は抗うつ薬でよくなっても、うまくいかない部分には抗不安薬や抗精神病薬を併用することもあります。神経症に対しても、まずは抗不安薬を使いますが、恐怖神経症に対してはクロミプラミン(抗うつ薬)の適用が望ましいというような、抗うつ薬の使用も必要になります。
症状に応じて薬の使用法を再検討しなくてはならない場合が多々あるのです。難治例になればなるほど、薬の選択の幅は広くなるのが通例です。こうなると、どうしても専門医の治療が必要となります。
神経症の症状は不安だから、抗不安薬を処方すればよいというものではなく、うつ症状があれば、抗うつ薬にかえてみる、あるいは抗精神病薬やリチウムを使ってみる、あるいはそれらを併用するといった、きめのこまかい治療剤の選択がないと、効果は上がらないこともあります。薬による治療は、いずれも対症療法ですから、症状に合わせて、広い範囲から薬を選ばなくてはなりません。経験の豊かな医師であれば、より効果的な選択ができるはずです。 うつ病という診断のもとに、長期間治療を受けてきた人でも、経過が思わしくない場合は診断の再考が必要になります。この本では、そのときに登場する疾患とうつ病との関係について、これまで述べてきました。このような場合には、症例についての薬の選び方や用い方についての再検討も必要になります。
薬を投与する際には、医師は患者に薬について十分に説明するべきでしょう。医療は、原則的に治療の中身を患者に秘密にしておく必要はありませんが、精神的な悩みを扱う心の病気の場合は、特に処方を公開したほうが好結果を生むことができます。私は、いつも患者さんに薬を処方するときに、「薬の中身を十分に知ってから飲んでほしい」と説明しています。心の病気に使用される薬は、いくつかのグループに分けることができます。代表的なものは、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬ですが、このほかにも感情調整剤(リチウム、カルバマゼピン)、スルピリド、精神刺激薬、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬、睡眠改善剤、アミン前駆物質、TRHや甲状腺ホルモン、漢方薬などがあります。
心の病気に限りませんが、薬はずっと飲みつづけるものではなく、症状が緩和したら少しずつ減らしていきます。薬の減らし方には、万人の認める確かな指針というものはありませんが、抗うつ薬などは症状をみながら漸減していきます。その期間は多くの場合、1年余にわたります。数年かかることも珍しくありません。患者は、ほとんど症状がなくなった状態でまだ薬を飲みつづけることには抵抗感が強くて、つい途中でやめてしまいがちですが、継続的な服薬が必要なのです。いったん再燃すると、また最初から投薬をやり直さなくてはならないのです。
長い間服薬するためには、副作用のチェックとコントロールがぜひとも必要です。本人や家族はそのことを十分に知っていなくてはならないので、医師はきちんとした説明をすることがたいせつです。そのためにも、私の場合は、薬は公開して用いるのを原則としています。
抗うつ薬
抑うつ状態の治療に用いられる薬ですが、抑うつ神経症、恐怖神経症、離人神経症、強迫神経症、不安神経症、自律神経失調症、夜尿症なども抗うつ薬によって改善される場合が多くあります。
これまで述べたように、うつ病と神経症の境界は必ずしもはっきりしていないので、区別するのが困難な例もあります。また、本態はうつ病でも、ある時期には症状がほかの心の病気と
区別できない状態を示している例もあります。そのために、うつ病が神経症や心身症、自律神経失調症などと誤診されている場合もかなりみられます。こうしたうつ病の診断治療の機会をのがさないためにも、抗うつ薬の投与を試みてみるのはたいせつなことです。
現在、日本で使用されている抗うつ薬は、
⑴三環系抗うつ薬 【特徴】 効果は強力だが、副作用も多い
⑵四環系抗うつ薬 【特徴】 効果は弱め。眠りを深くする作用に優れる
⑶モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬
⑷選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI) 【特徴】 効果もあり副作用も少なくバランスが良い
⑸セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬(SNRI) 【特徴】 効果もあり副作用も少なくバランスが良い.意欲低下や痛みの強い例に効果的
に分けられます。
この中で、中心的位置を占めているのは三環系抗うつ薬です。
1957年にイミプラミンの抗うつ効果が発見されて以来、うつ病の薬物療法はどんどん進歩しています。また、うつ病治療に有効な薬剤の作用機序がわかってくるにつれて、うつ病の研究もこの10年間で飛躍的に進歩しました。
1950〜1960年代に開発された三環系抗うつ薬は、第一世代抗うつ薬または古典的抗うつ薬と呼ばれています。
それに対して、最近開発された抗うつ薬の中には、構造的には従来の三環系抗うつ薬に似ていても副作用が少ないものや、四環系構造を持っていて薬理作用も異なるものなどが開発され、第二世代抗うつ薬と呼ばれています。三環系抗うつ薬は化学構造に図のような三つの環を持っているためにこの名称がつけられています。一方、四環系は図のような化学構造を持っている抗うつ薬です。
どちらのタイプも効果は投与直後からあらわれるのではなくヽ効果が感乙られるには早くても1週間ぐらいかかり、十分な効果があらわれるまでには4週間ほどかかります。一般に、服薬1週間後には症状が半減し、次の2〜4週目にかけて、90%以上の症状がなくなります。ただし、すっかりよくなるには半年近くかかり、ときには1年も2年以上もということもあります。この間はずっと薬を服用しつづけます。最近は軽症うつ病の例がふえて、目に見えてよくなって、短期間で軽快することもあります。抗うつ薬を服用すると左の図②のような経過をたどって症状を軽くします。しかし下の図②の点線のように短くはならないのがふつうです。もし、八分どおりよくなったからといって早い時期に薬を中断してしまうと、図③のように逆戻りしてしまいます。
抗うつ薬にはいくつかの副作用があります。
副作用は薬を飲み始めた初期のころにひどくて、徐々に消えていきます。この時期は薬の主作用はまだあらわれていませんから、薬を飲んだらよけい悪くなったような気がして、不安がつのるのも無理はありません。我慢しきれないときは主治医に相談して量を減らしたり薬をかえなくてはなりませんが、一過性の副作用が大部分ですから、適切な処置をとって、なるべく我慢することも必要でしょう。患者や家族が薬の服用を中断したくなるときは主として次の三つのケースが考えられます。
⑴薬を飲み始めても効かないと感じたとき。
⑵副作用が出現したとき。
⑶八分どおり軽快して、これ以上、薬を飲みつづけるとくせになるのではと感じたとき。多くの患者さんがこれらの時期に薬をやめてしまう例を私はみてきました。しかし、治療のためには、そのような行動は百害あって一利なしです。どうか医師と連絡をとりながら、服用をつづけてください。
第二世代抗うつ薬は、次のような点で第一世代をしのぐものとして期待されています。
⑴抗うつ効果のあらわれるのが早い。
⑵抗コリン性副作用が少ない。
コリンは、副交感神経の興奮に関する物質です。抗コリン副作用の結果、口の渇き、便秘、発汗、排尿困難、眼内圧尤進、視調節障害、鼻閉などが起こります。
⑶抗うつ効果は第一世代抗うつ薬に劣らない。
⑷いままでの抗うつ薬によって効果が得られなかった難治性うつ病や遷廷性うつ病に対する有効性が期待できる。
⑸万一、過剰に投与してしまった場合の安全性が高い。
このようなことから、第二世代は副作用が少なく、しかも効果のある新薬として注目を集めています。しかし、抗うつ効果そのものは、第二世代は第一世代抗うつ薬を凌駕しているわけではありません。
モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬は抗うつ作用とともに強迫観念にもとづく不安や抑うつ症状、恐怖神経症にも効果があります。しかし、肝障害をはじめとする副作用が起こりやすいのが難点です。
また、この薬を飲んでいるときは、大量のチラミンを含む食品、たとえばチーズ、赤ワイン、レバー、そら豆、にしんなどを大量に食べると、昇圧物質であるチラミンの分解阻害が起こり、血圧上昇が起きることがあるので注意が必要です。
スルピリドはベンザミド系薬剤と呼ばれ、食欲促進薬や潰瘍治療剤として使われていましたが、抗うつ作用や抗幻覚妄想作用があることがわかり、うつ病のほか、神経症、精神分裂病、ジスキネジアの治療にも用いられています。
リチウムは、抗うつ薬の中ではたいへん個性的なもので、噪状態・うつ状態の気分障害を正常化させます。この薬の作用機序が明らかになると、噪うつ病の原因解明にもつながるのではないかと大いに期待されています。現在のところリチウムは、神経伝達機構のさまざまな部位に作用点を持つことが明らかになりましたが、そのどれが臨床効果と関係があるか、今後の研究が必要です。また、リチウムには予防効果があることが知られており、再発防止に有効です。カルバマゼピンもリチウム同様、抗噪・抗うつ作用と、噪病相・うつ病相の再発防止に有効であることがわかっています。
メチルフェニデートは中枢神経の精神刺激薬の一種で、無力感や疲労感の強いタイプ、朝の眠けの強いタイプ、副作用のため三環系抗うつ薬が使えない場合、難治性のタイプなどに使われ、抗うつ効果が得られる場合もあります。
茶やコーヒーにも精神刺激作用がありますが、この場合は一時的に眠けや無力感を除くことはできても、本質的な抗うつ効果はなく、かえって不眠や不安、焦燥、疲労感を強めます。
抗不安薬
神経症に用いられる薬剤を抗不安薬といいます。がってはブロム剤やバルビツール酸系薬剤、メプロバメートなど鎮静・催眠効果の強いものが用いられてきましたが、これらは長期間の服用で薬物耐性が生じたりヽ服用に依存性ができて、意識の混濁やけいれんなどを起こすこともあるので、現在ではほとんど使われていません。
かわって、現在よく用いられるのが、ベンゾジアゼピン系、チエノジアゼピン系の抗不安薬です。これらはバルビツール酸系薬剤やメプロバメートとくらべて安全性が高く、体に対する毒性も低くなっています。
抗不安薬の適応症は神経症に限りません。ほかにも心身症、自律神経失調症、うつ病での不安・緊張・抑うつ、各種疾患の睡眠障害などにも使われます。しかし、うつ病や仮面うつ病に対しては第一選択薬ではありません。第一選択薬は抗うつ薬なのです。抗不安薬はうつ病の症状の一つである不安や緊張、焦燥、不眠、自律神経失調症状などをとり除くことはできますが、根底にある抑うつの除去には不十分だからです。
また、日常生活でしばしば体験する不安、正常者の不安に対しても抗不安薬は効きます。
もし、抗不安薬で効果が不十分な場合には、抗うつ薬や抗精神病薬、原因疾患に対するそれぞれの治療薬に変更する必要があります。
抗不安薬には効能に差があって、抗不安作用が強いもの、睡眠効果の高いものなど、特徴があります。
ベンゾジアゼピン系の薬剤は一般に副作用が少なく使いやすい薬です。自殺目的で大量服用しても死亡した例はありません。しかし、副作用が全くないわけではありません。 特に、筋弛緩作用があるので、重症の筋無力症や緑内障の人は病状を悪化させることがあり、使用できません。また、睡眠改善剤や鎮静剤、降圧薬それにアルコールなどとの併用は、薬の相乗効果を生んで、効きすぎる状態になりますから、注意が必要です。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、前述のように重大な副作用もなく飲んだときに安全なのですが、いちばんの欠点は依存性が生じやすいことです。そのため、安易に漫然と長く飲みつづけるものではありません。
依存性が起きると薬をやめたときに離脱症状(いわゆる禁断症状)が起こって、非常に苦しむことになります。離脱症状は、ちょうど神経症の症状とよく似ているために、病気が再発したのと見きわめがつかないこともありますが、グラフで示したように、離脱症状と症状の再燃は明らかに異なる経過をたどります。
よく起きる離脱症状には、不安、緊張、睡眠障害、食思不振、頭痛、筋肉痛、眼の痛み、めまい、興奮、無力感などがあり、これが1週間から4週間ほどつづきます。
抗不安薬は使いやすい薬であるために、安易に多量に、長期間使われる傾向がありますが、依存性についてはよく知っておく必要があります。アメリカ医師会では、使いすぎを防ぎ、適当でない場合に使われることのないように、使用基準を作成しています。
日本でもアルコールといっしょに飲んで酪酎状態を楽しむといった乱用例もみられるようですから、十分な注意が必要です。
アメリカ医師会の使用基準は、日本でも参考になると思われるので、紹介しましょう。
⑴軽微な症状でなく重篤な不安症状の改善にだけ使用する。
⑵安易に症状の軽減だけを目的とせずに、基礎疾患の診断・治療を優先する。
⑶薬物乱用あるいは誤用の経歴のある患者には使用しない。
⑷患者の精神機能を奪うほど大量投与をしない。
⑸乱用あるいは誤用されたときのために、離脱症状(禁断症状)の処置に精通しておく。
⑹長期間服用は常に依存の可能性があることを考慮して処方する。
⑺余分に処方せず、外来診療間隔に合わせて処方する。
⑻患者にアルコールや他の中枢神経抑制剤との相互作用について十分注意しておく。
⑼患者自身だけが使用するよう注意する。また幼児の手の届かないところに保管するよう注意する。
(10)薬は治療計画の一部でしかないことを患者に説明しておく。
これは、医者に対して示された注意点ですが、患者さん自身が知っておくのも、とても有意義なことだと思います。
抗不安薬処方が各科で多くなっているために、同じ患者が各科を受診している場合には、同じ効きめの薬や同一薬剤が重複処方されている例もよく見受けます。多数の科を受診している場合には、どんな薬を服用しているか正確に医師に伝えてください。そのためにも患者と医師がよい治療関係を保つことがたいせつです。
抗不安薬に限りませんが、治療には精神療法や環境調整も重要で、薬を投与したから事足りるということはありません。薬物療法と精神療法が一体のものであることを忘れないでください。抗不安薬で不安は急速に軽減しますが、薬だけで不安が完全にとれるというような期待は慎むべきです。
睡眠薬
不眠が比較的軽い場合には、鎮静・催眠・抗不安作用の強いベンゾジアゼピン系の睡眠改善剤だけでも効くことが多いようです。
かつて使用されていたバルビツール酸系の睡眠薬は依存性が強く、抗うつ薬の血中濃度を下げ、中毒量が常用量に近いなどの欠点があるため、現在ではほとんど用いません。
最近発売されたブトクタミド(商品名リストミンS)は、生体リズムを変えずに深い睡眠を増し、生理的範囲内でレム睡眠を増加させることができるので、自然に近い睡眠を得ることができるといわれています。睡眠作用はおだやかなので、早朝覚醒を訴える老人の不眠症に適していますが、強い不眠を訴える人には不十分です。
同じようにおだやかな鎮静作用を持つ薬剤に、トケイソウのエキスから作ったパッシフローラエキス(商品名パシフラミン)があります。
うつ病に伴う不眠に対しては、抗うつ薬の1日量を就寝前に全部服用することで改善されることが多いのです。最近ではこの方法がとられ、余分の睡眠改善剤を服用しなくてもすむようになりました。
しかし、不眠が強い場合は、抗うつ薬と睡眠改善剤を併用しなければなりません。このような場合、私は抗うつ薬としてはアミトリプチリンをよく用いています。
不眠が非常に強い場合には、抗精神病薬のレポメプロマジンやチオリダジンなどを追加することになります。
現在、日本で市販されているべンゾジアゼピン系の睡眠改善剤は表のとおりです。
どれを選ぶかは、作用持続時間の長短を基準にしますが、入眠障害(寝つきが悪い)には短時間作用型、熟眠障害(眠りが浅い)には長時間または中間型、早朝覚醒(朝早く目覚めて眠れない)には長時間作用型が有効です。
作用持続時間のタイプによって、それぞれ長所や短所があります。短時間作用型の長所は、
⑴自然睡眠に近い
⑵作用発現が速い
⑶翌朝の眠けや精神運動抑制などの作用の継続がない
などです。一方、短所には、
⑴急速に中止すると不眠を生じやすい
⑵早朝覚醒が起こりやすい
⑶連用による効果の減弱が起こりやすい
⑷依存形成、薬物乱用が起こりやすいなどがあります。
また、長時間作用型の長所は、
⑴熟眠障害、早朝覚醒に有効
⑵連用による効果の減弱が少ない
⑶依存形成、薬物乱用の危険性が少ない
などで、短所は、
⑴服用中止後数日たってから不眠が起こる
⑵連用すると作用の残在が起こりやすい(いつ
もボーッとしていて眠けが残る)
などとされています。
もっとも、これらの特徴は相対的なものであって、実際に使っていると、それほどはっきりした差はみられません。それよりも薬の効果には個人差が大きいことに注意する必要があります。特に高齢者には個人差が大きく、副作用も出やすいので、必要量の半分程度から開始するほうが安全です。
不眠は非常に苦しい症状ですから、薬を使って治療するのはたいせつなことですが、反面、単に薬を服用するだけでなく、精神療法的な配慮も必要です。不眠に対する薬物療法について重要なことは、その不眠の種類によって睡眠改善剤、抗うつ薬、抗精神病薬などを用いる必要があること、すなわち、睡眠改善剤のみの使用で不眠が改善しないことがあることを知っていただくことです。
うつ病で不眠に悩む患者さんの場合、睡眠薬を服用しただけで十分睡眠がとれるケースは少ないというのが私の実感です。
日本人には睡眠薬に対する警戒心が非常に強くみられます。しだいに効かなくなるのではとか、やめられなくなるのではという不安が強いのです。確かに現在使われている睡眠改善剤は、薬理学的には多少の依存性はあることも事実なのですが、家族や友人たちが親切心から、薬に頼らぬようにとか、くせになるとかアドバイスすることで患者が薬を飲むのをやめてしまうケースが多いのは、とても残念なことです。
眠れなくても死ぬことはないとか、人間は必要なだけ眠るようにできているなどという俗説は明らかにまちがいです。うつ病や神経症での不眠は自殺の大きな原因になりえます。うつ病の不眠は単に眠れないだけでなく、質的にも量的にも正常者の理解を超えて苦しいものだということを忘れないでください。
さまざまな推理から、かってに睡眠改善剤を飲むのを中断してしまう人が多いのですが、急な中断は不眠や不安を強めますから、やめたいときは必ず医師に相談して、少しずつ減らすように心がけましょう。
抗精神病薬
うつ病や神経症以外の精神科領域の病気に使用される薬を抗精神病薬と呼んでいますが、精神分裂病や噪病の治療に使用されることが多い薬です。
うつ病の治療に、いわゆる抗うつ薬を使用した場合、約70%の患者には効きますが、残りの30%には十分な効果が得られないといわれています。その場合に、抗うつ薬以外の薬が試用され、抗精神病薬が必要なケースもあります。
一般に、抗精神病薬は軽症のうつ病には不要です。必要なものに次のようなケースが考えられます。
⑴焦燥や不安が著しくて、抗うつ薬、抗不安薬では効果が得られない場合。
⑵不眠が強い場合。
⑶妄想を伴う場合。
⑷難治性のうつ病の場合。
いずれも分裂病に使用するよりはずっと少ない量を使用します。抗精神病薬の副作用はいろいろありますが、このようなケースでの治療に使うのは少量なので、さほど副作用を心配する必要はありません。高齢者や合併症のある人は、医師と十分なコンタクトをとりながら慎重に使用します。
うつ病などに使用される抗精神病薬には次のようなものがあります。
・クロルプロチキセン(商品名トラキラン、クロチキセン)-焦燥、不安に。
・チオリダジン(メレリルなど)-焦燥、不安に。
・ペルフェナジン (ピーゼットシー、トリオミンなど)-妄想や幻覚症状に。
・クロルプロマジン (ウインタミン、コントミンなど)-不眠や妄想に。
・レボメプロマジン(ヒルナミン、レボトミンなど)-不眠や妄想に。
・カルピプラミン(デフェクトン)-賦活効果を目的に。
・クロカプーフミン(クロフェクトン)-賦活効果を目的に。
抗精神病薬を他剤と併用するときは、副作用″増強されるので、注意が必要です。三環系抗うつ薬と併用すると、薬剤の血中濃度を上昇させます。
リチウム
リチウムは、噪状態やうつ状態の治療にも用いられますが、同時に噪状態、うつ病の再発を予防できる薬として、注目を集めています。
リチウムは雲母やホタル石などから採取される、最も軽い金属原子です。リチウムとリチウム化合物は、陶器産業から電池、宇宙船の耐熱物、水素爆弾の製造まで、あらゆる分野に使用されていて、薬品として使われるのはどくどく一部です。昔は、リウマチの治療に用いられていました。
うつ病の予後はほかの病気にくらべても病相を繰り返すという独特のパターンを示すケースが多く、再発予防は大きな課題ですが、リチウムに予防効果が確認されたために、再発を防げる確率はたいへん高くなりました。ただ、リチウムの予防効果は、噪病を持つ型、つまり双極型うつ病のほうが、うつ病だけを繰り返す単極型うつ病よりは効果がすぐれているようです。
再発予防については、このあとの項でくわしくふれます。
リチウムが生物の細胞内で酵素の働きに作用したり、細胞膜の機能に影響を与えているらしいという研究が進んでいますが、現在のところ、どの作用が治療上重要なのかは、まだわかっていません。
リチウム療法には医師と本人、家族との密接なコミュニケーションが欠かせません。それは、リチウムの血清濃度と中毒濃度が非常に近いためです。血清濃度をきちんとチエックしながら服用し、中毒の症状や副作用に十分に気をつけることがたいせつです。
しかし、再発予防のためには急性期の治療のときのようには量を必要としませんから、あまり神経質に考えることもないという印象を私は持っています。
副作用を最小限にするには
精神科の薬に対しては、依然として不安感や拒否感を持つ人が多く、せっかく投与された薬なのに指示されたとおりに服用せず、かってに減量したり、服用を中止してしまう例があとを絶たないのは、非常に残念なことです。医師に報告せずに自分や家族の一存で服用を中止し、それを医師が知らずにいた場合は、医師はその薬は効かなかったと判断しますから、重大な治療方針のまちがいも起こしかねません。
現在使われている精神科の薬は常用量では比較的安全な薬ばかりですから、治療方針に従って、きちんと服用することがぜひとも必要です。まれに、症状がなかなか改善しないからといって、指示された量よりも多く服用する人もいます。また、あちこちの医療機関をかけ持ちして、複数の医師から投薬を受け、必要量をはるかに超えて服用している人もいます。これはどちらも非常に危険なことですから、注意してください。
薬剤は、どんなにすぐれたものでも必ず主作用と副作用をあわせ持っています。副作用を恐れるあまり、主作用を見のがすということのないよう、薬の使用にあたっては薬の利点も欠点もよく理解することがたいせつです。
前にも述べましたが、薬によっては、主作用があらわれる前に副作用が起こることがあります。この段階で薬を中断してしまっては、いつまでたっても病気は治りません。
三環系または四環系抗うつ薬の効果があらわれるのは早くても1週間後で、その後しだいに効いてきます。それに対して副作用は服用を始めるとすぐあらわれ、1週間後にはピークになり、しだいに減少します。つまり、服用を始めて1週間は、効果が十分あらわれないのに、副作用ばかり起こるという状態がつづくわけですから、よほどしっかりした治療方針を示されていなければ、薬の服用を中断したくなるのも無理はないのです。この段階で服用をつづけるに
は、医師と本人、家族との確固としたチームワークが必要です。経験豊富な医師は、初めから十分な量の薬を使用します。副作用を用心してどく少量の薬を飲みつづけていても効果があらわれず、時間ばかり浪費することになります。
三環系抗うつ薬の副作用
三環系抗うつ薬の副作用は非常に多くの症状があります。しかし、よくみられる副作用は軽いもので、一過性のものが多いのです。投与後すぐに起こり、初期に強く、7〜10日くらいのうちに徐々に軽快することが多いようです。使用中止後に残るような副作用はありません。
副作用の種類で頻度が高いのは、口の渇き、めまい、立ちくらみ、かすみ目、手のふるえ、吐きけなどです。しかし、副作用と思われるものの中には、うつ病の症状としてあるものや、服薬しているという心理状態(これを偽薬効果=プラシーボ効果といいます)によって出やすいものもあり、初期にはあらわれても、抑うつ症状が消えるとともに消失する場合もよく見受けられます。
抗うつ薬の服用時に最も頻繁にみられる副作用は口の渇きです。実は、ロの渇きはうつ病で起こる身体症状の代表的なもので、薬を飲む前から多くの人にみられますが、治療薬を服用しだしてから、いっそうはげしくなったと訴える場合には、副作用であると判断して差し支えありません。本人にとっては不愉快な症状ですが、薬を減らさなければならないほど重い症状になることはありません。そのままにしておいても自然に消えます。口が渇くときは、ガムをかんだり、水分を補給すると不愉快な症状が軽くなります。
現在の抗うつ薬は多くが製剤上、糖衣錠になっていて、胃の粘膜を刺激しないように作られていますが、それでも吐きけ、嘔吐、胸やけなどが起こることがあります。これは、胃の粘膜を刺激したというよりは、心理的影響のほうが多いと考えられています。なるべく食後に服用することで副作用の出現を減らすことができます。
便秘もしばしば起こります。頑固な便秘にならないように、便秘治療薬を併用するとよいで
めまい、立ちくらみ、かすみ目も10〜30%の人にみられるほど多い副作用です。どうしても耐えられないときは、投薬量を減らしたり、別の抗うつ薬に変更します。
眠けとだるさというやっかいな副作用も起こります。うつ病の倦怠感をさらに悪くするように感じられるため、薬を拒否する人がいるくら
いで、ひどいときは薬をかえなくてはいけませんが、服用数日後から1週間後には慣れて軽快することが多いようです。
しかし考え方を変えてみれば、眠けによっていらいらした焦燥や不安感を抑えることができ、また就寝前に服用することで不眠が解消するという治療効果とみることもできます。 動悸、頻脈はふつうはそのまま放置してもかまわない程度ですが、心臓病を併発している場合は、心電図の検査を行うなど、注意して用いる必要があります。
排尿困難や尿閉(尿を完全に排泄できない状態)は、前立腺肥大が潜在的にある中高年の男性に起こりやすい副作用です。このような場合は、薬剤を減量したり、抗コリン性副作用の少ない抗うつ剤に切りかえます。女性は重い排尿障害にはならないようです。
三環系抗うつ薬を長期間服用していると、肝機能障害、造血機能障害、皮忠一の異常(発疹)を起こすことがあります。これらの症状は、抗うつ薬に限らず、比較的多くの薬で起こるものですから、医師が定期的に検査をしてチェックするという体制がととのえてあります。きちんと検査を受けて、早期に異常を発見することが必要です。
第二世代抗うつ薬の副作用
1970年以降開発された抗うつ薬は抗コリン性の副作用が少なく、心臓に対しても悪影響を及ぼしにくいのが特徴です。
マプロチリンは抗コリン性副作用や心臓毒性が弱く、また1日の必要量を一度に服用してもかまわないので、わずらわしさがありません。しかし副作用として、頻度は少ないのですが、薬疹やけいれんが他剤と比較すると多いという報告があります。
ミアンセリンは抗コリン性副作用がほとんどありません。また、この薬は緑内障、前立腺肥大症、心臓障害などがあって三環系抗うつ薬の使いにくい人や高齢者でも用心しながら試みられる薬です。副作用には、投与開始時の眠け、めまい、ふらつきなどがあり、また無頼粒球症
(薬剤が骨髄の造血機能を抑制して白血球が生成されなくなり、血液中の白血球が減少したり、完全に消失したりする疾患)や再生不良性貧血の発生率が他の抗うつ薬より高いという報告があるので、最初の3ヵ月間は血液検査を定期的に行うなどして注意しましょう。肝障害が起こることもあります。
セチプチリンやト’フゾドンも抗コリン性副作用や心機能への影響が少ない薬です。しかし、眠け、めまい、ふらつきなどが起こることがあります。
抗不安薬の副作用
べンゾジアゼピン系抗不安薬はすでに述べたように、副作用が少なくて使いやすい薬です。自殺の目的で大量に服用しても、呼吸マヒを起こすようなことはありません。
主な副作用を表にまとめてみました。副作用は抗うつ薬のときと同轍に、投与1週間以内に起こる場合が多いようです。
眠け、ふらつき、めまいなどの副作用で、昼間の活動に支障をきたす恐れがありますから、車の運転や危険を伴う作業は十分に注意してください。また体の弱っている高齢者では筋弛緩作用が強く起こるので、転倒が骨折につながるケースがあります。
頻度は少ないのですが、鎮静作用とは逆に、怒りっぽくなったり、敵意が強まったりすることがあります。血液障害や薬疹が起こったときは、服用を中止する必要があります。
睡眠薬の副作用
現在用いられている睡眠薬は、ほとんどがべンゾジアゼピン系睡眠改善剤で、抗不安薬と同様に、重大な副作用のない安全な薬です。
しかし副作用が全くないわけではなく、よくみられるのは、起床時や中途で目が覚めたときの眠け、めまい、ふらつき、脱力感、もうろう感などです。高齢者では、そのために転倒して骨折することがありますから、注意が必要です。
まれに、トリアゾラムで量が多すぎたり、アルコールを併用したときに、いったん目が覚めてふつうに行動しているのに、ある期間の健忘が起こることがあります。
依存性は、バルピツール酸系(従来使われていた睡眠薬)にくらべると非常に弱いのですが、それでも多少はあります。これについても抗不安薬のところでふれてあります。眠れるようになったら漸減していきます。副作用を恐れて、かってに中止したり、治療効果が十分にあらわれないうちに減量したりすると、かえって危険なことがあります。医師とよく相談して、いったん服用を始めたら、処方をきちんと守ることがたいせつです。
精神療法の基本とは
心の病いを治すには、薬物療法と並んで精神療法が必要です。しかし、私の考える精神療法は、よくみかける「○○療法」とか「自律訓練法」といったものではなくて、患者をとり巻いているあらゆる問題の相談に乗って、具体的に一つずつ処理し、解決していくことです。つまり医師が患者や家族に伝えるアドバイスのすべてが精神療法であると思っています。
何か特別なパターンのやり方をつくり出して、それに従えば心の病気が治るというようなものではありません。「青い鳥」は存在しないのです。特に、神経症の患者は受け身でいてはだめです。ここに行ってこうしてもらえば治るというような教えてもらう治療ではなく、医師と話していくうちに、患者が苦悩し、経験して最終的に自覚する方向に仕向けていくのがよい治療だと私は思っています。患者が自覚したときには、その人はもう治りかけているのです。そのためにはある程度の時間も必要になります。 形から入っていって、こうする・ああすると指導するのではなく、精神を病む、その人にとっての「あるがまま」の姿をみつめ、それを本人も家族も認めるような心構えを植えつける、その結果、家族間の人間関係が変われば、本人も変わります。
うつ病も神経症も急性期のものは薬物療法が活躍しますが、そのあとで燃えがらがくすぶっているような状態のときは、薬物療法よりは精神療法がたいせつになります。患者さんの中には「もう来なくてもよい」といっても相変わらず通ってくる人もいます。その人にとっては医師の顔を見にくることが精神療法なのです。
精神療法とは、薬の説明や環境のことや、その他毎日の生活にかかわるあらゆるアドバイスなどの具体的な提案をすべて含んだものです。けっしてシステマチックにつくり上げられたものではなく、毎日毎日の医師と患者との対話がすべて精神療法であることを理解していただきたいと思います。
しかし、実際の治療現場では、便宜的にいくつかの種類に分けた精神療法が行われています。症例の中に出てきたものもあるので、アウトラインを説明しておきましょう。
精神療法を大きく分けると支持療法、表現療法、訓練療法、洞察療法の4種類があります。
支持療法というのは、前に述べたように、病気の説明をしたり、体の状態をていねいに聞いたり話し合ったり、環境調整などについてもこれからどうすればよいかをいっしょに考えたりすることです。これだけでも多くの患者さんは心身ともにずいぶん楽になります。
表現療法というのは、主として言葉で自分の
悩みや不安を表現して、心の負担を軽くするものです。ロで表現できない場合は、絵を描いたり、グループで劇をしたり、遊戯をして自分を表現することもあります。
訓練療法は行動療法とも呼ばれます。外出恐怖症や対人恐怖症の場合、弱い刺激から少しずつ慣れる訓練をするのもその一例です。不安のために行動が制限されているケースで、少しずつ系統的に行動量をふやす訓練をしていく療法です。
洞察療法は、不安の原因を心の内側からさがし出そうというもので、本人と長い時間をかけてじっくり話し合います。有名なフロイトの精神分析療法やユングの分析的心理療法もこのグループに入ります。
実際の治療では医師はいちいちグループ分けしたりしないで、これらの療法をミックスさせて実践しています。また、医師や患者が治療にどれだけの時間をさけるかといった具体的な条件でも、治療内容が変わってきます。
いずれにしても、医師と患者の間に、きちんとした人間関係、信頼関係が築かれていることが絶対的に必要な条件です。
再発を防ぐにはどうしたらよいか
一度心の病気になると、治ってもまたいつか同じ病気になるのではないかという不安が強く残りがちです。しかし現在では、さまざまな角度から再発予防策がとられるようになり、きちんと対策を立てれば再発を防ぐことができるようになりました。
心の病気、特にうつ病では、短い間に症状が再燃(治りきらないうちに症状が増悪すること)したり起伏があるのは、再発ではなく、病気の経過の揺れなのです。病気には1日の間にも揺れがあり、1カ月の間にも波があります。もっと長い単位でみつめることが必要です。
再発というのは、薬物療法が終了してから、もう一度病気が出てくる場合をいうのです。
薬物療法は投与開始時は、必要なだけ十分な量を投与しますが、薬をやめるときには、病気の経過を観察しながら少しずつ少しずつ減らしていきます。1年以上の時間をかけて減量しつつ、最終的に薬をやめる方針がとられ、しかもその間に再燃の兆しがみられれば、再び薬を増量して治療を行いますから、薬をやめるには数年を費やすのがふつうです。こうして薬を全くやめたあとで、症状がぶり返すようであれば、それは再発です。
心の病気すべてが再発しやすいかどうかといえばケースバイケースで、はっきりとは答えられません。
私どもの病院では、精神科に昭和49年に入院したうつ病患者60名の10年後の予後調査をしたことがあります。それによると、入院治療後の10年間に、一度も再発しなかった人が27%、1回だけ再発した人が21%という結果が出ました。この二つのグループの人は10年間の社会的適応も良好でした。
外来治療だけで治った患者を加えれば、10年間に一度も再発しないか、1回だけ再発した程度の予後のよい患者は、全体の80%程度ではないかと推測しています。
では、どんな患者が再発しにくく、どんな患者が再発しやすいのでしょうか。これについての研究報告は、多数あります。その結果をまとめたのがこの表です。
中でも多くの研究で一致しているのは、噪とうつの両方がみられる双極型のうつ病は、うつ病相だけの単極型うつ病よりも再発しやすい傾向にあるという点です。
また、執着性性格で、きちょうめんで、知的水準が高い人は再発しにくく、さらに、配偶者がいてストレスが少ない生活環境であれば、予後は良好な経過をたどるとされています。
しかし一方では、遷延性うつ病といって、うつ病がだらだらとつづいて、いつまでも治らないケースもあり、今後に問題を残しています。
また、最近の傾向として、うつ病は軽症化してきています。重症うつ病は確かに減り、軽症例がふえていますが、それとともに頻発化していると指摘する研究者もいます。この点は今後の研究が必要です。
薬物療法による再発予防
うつ病が年に1回以上も必ず再発する場合は、薬物療法で予防する方法が有効です。予防療法には使われるのは、主としてリチウムとカルバマゼピンです。
リチウムについては、抗うつ薬のところでもふれていますが、リチウムで再発を防ぐことができるようになったのは、最近の精神科薬物療法では最大のニュースで、非常に期待されています。
リチウムで再発を防ぐのは、噪病を持つ型、つまり双極型のほうが効果がすぐれているようです。全体的にみると、約70%の人がリチウムの服用で再発しなくなったという研究発表があります。また、たとえ再発しても、比較的軽症ですむこともわかってきました。しかし、リチウムには副作用も多いため、医師が最も適当な量を決めて、服用することがたいせつです。投与量が少なすぎては効果があらわれないし、過剰になると中毒を起こす危険性があります。投与量を決めるには、リチウムの血清濃度を定期的に測定する必要があることは、うつ病の薬物療法のところですでに説明したところです。
リチウムの副作用として、しばしば起こるのは、服用開始時の吐きけ、嘔吐、食欲不振、胃部不快感、口の渇き、のどの渇き、手のふるえなどです。これらは放置していても自然に消失することが多いので、しばらく様子をみてください。ところが、もっと血清濃度が高くなると、中毒症状を起こします。そのときは、筋肉の脱力感、力が抜けて立てない、手足の大きなふるえ、意欲がぼんやりする、嘔吐、下痢などの症状を示しますから、こうなったら、一刻も早く医師に連絡をとらなくてはいけません。リチウムを服用している間は、家族や周囲の人に副作用について十分に観察していていただきたいと思います。
カルバマゼピン(商品名テグレトール)は本来はてんかんを治す薬ですが、噪うつ病の治療と予防に有効であることが、日本の臨床研究によって最近わかってきました。リチウムと同様に毎日服用して、うつ病相を予防します。
リチウムとカルバマゼピンも、それぞれ単独では予防が成功しない場合には、両方を併用することによって成功するケースもあります。
予防のために薬を飲みつづけるということは根気がいるし、そのために副作用があらわれたりすると、つい服用を中止したくなってしまいがちです。しかし、ここでぜひ理解していただきたいのは、薬で病気を予防するということは、その病気を起こさせないように薬が抑えているのだということです。また、病気が起こっても、症状をあらわさないように薬が抑えるということです。再燃によって毎年のように会社を休んだり、家族に負担をかけていた人が、ふだんの社会生活をつづけることができるのです。本人が苦痛を感じないで過どせるうれしさは、それ以上に大きいものです。
予防のために薬を使うという方針が決まったら、ぜひ医師と本人と家族との連携を密にして、十分に副作用に注意しながら、服用をつづけてください。
生き方を少し変えてみることもたいせつ
心の病気を予防するには、どのような心がけが必要かと、よく患者さんや家族のかたがたから質問を受けますが、これも万人向きの答えはむずかしいのです。しかし、どのケースにもあてはまることとして、次の2点に注意してほしいと思います。
一つはストレスを防ぐことです。心の病気になる人は、まじめで責任感が強く、完全主義の人が多く、すべてのことを精いっぱいやろうとします。そのためにいつも強いストレス状況にさらされています。言葉をかえれば、ストレスに対して脆弱性のある人が多いのです。
そこで生き方を少し変えてみてください。このような性格の人にとってはむずかしい注文かもしれませんが、仕事の量は8割程度にして、適度な余裕を持つことが必要です。ストレスから解放される時間をつくり、気分転換を心がけることが再発予防に大いに効果があります。
もう一つは、家族のかたがたの本人に対するかかわり方を見直すことです。心の病気は環境によって大いに左右されますから、環境の調整が非常に重要です。環境の中でも、かなめとなるのはいうまでもなく家族です。
患者は、心の悩みを持ったとき、自分ひとりで解決しようとせず、家族や友人に相談するように心がけることもたいせつです。遠慮のあまり、自分の不調を家族に話せないような家族関係では困るのです。
このように対処しても、調子をくずしたときには、ためらわず主治医に相談して、適切な療法を受けることが重要です。心の病気でも早期発見、早期治療は欠かせません。そのためにも、治療中から、患者と医師との緊密な信頼関係をつくり出しておくことが必要なのはいうまでもありません。