うつ病

なぜ、うつ病は増えたのか?

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なぜ、うつ病は増えたのか?

アメリカ流操作的診断基準の光と陰

みなさんは、どうやって「うつ病」を診断しているのか、知っていますか?
すでにご存じの方も多いと思いますが、うつ病は、血液検査やCT、MRIなどの画像検査では見つけられません。昔、うつ病の患者さんの口に入れると色が変わる(うつ病じゃない人の口に入れても色が変わらない)「うつ病リトマス試験紙」を開発しようと研究(?)していた精神科医がいました(今もS県の某大学にいます)が、残念ながら、実用化されたという話は聞いていません。
現状では、患者さんのいくつかの訴え(「自覚症状」と言います)をもとに、精神科医が「いま、目の前にいる人はうつ病である」または「うつ病ではない」と判断するしかないのです(だから、巧妙にウソをつかれると誤診することもあります)。
そうしますと、判断するときの基準というか、マニュアルが必要になってきます。診断基準やマニュアルは、いつ誰がつくったものでもよいのですが、医師ごとに使っている診断基準やマニュアルが違うと混乱します。ある医師は「うつ病である」と言い、別の医師は「うつ病でない」と言うのでは、困ってしまうわけです。
そこで、全国共通のマニュアルがあれば便利です。実際には、1994年にアメリカ精神医学会(APA:American Psychiatric Association)が作成したDSM-Ⅳ(精神疾患の診断・統計マニュアル第4版:Diagnostic and Statistical Manual of Mental DisordersJQ=t Edition)というのが、実質的な全国共通(というより世界共通)のマニュアルになっています。DSM-Ⅳで、うつ病をはじめとしたさまざまな精神疾患を診断しているのです(むろん、精神科医には「へそ曲がり」や「あまのじやく」が非常に多いので、DSM‐Ⅳを使っていない人もたくさんいます)。

大うつ病エピソード

A.以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分、あるいは(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない。
(1)その人自身の言明(例:悲しみまたは空虚感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
注:小児や青年では、いらいらした気分もありうる
(2)ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退(その人の言明、または他者の観察によって示される)
(3)食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加
注:小児の場合、期待される体重増加がみられないことも考慮せよ
(4)ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
(5)ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚でないもの)
(6)ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退
(7)ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめたり、病気になったことに対する罪の意識ではない)
(8)思考力や集中力の減退、または、決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または他者によって観察される)
(9)死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画
B.症状は混合性エピソードの基準を満たさない。
C.症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではない。
E.症状は死別反応ではうまく説明されない。すなわち、愛する者を失った後、症状が2ヵ月を超えて続くか、または、著明な機能不全、無価値観への病的なとらわれ、自殺念慮、精神病性の症状、精神運動制止があることで特徴づけられる。
上の表は、DSM‐Ⅳの「大うつ病エピソード」の診断基準です。大うつ病エピソードと診断するための条件として、まず第一に、表のAにある⑴〜⑼までの9つの症状のうち、田あるいは圓を含む5つ以上の症状が2週間以上、毎日続いていること。
さらに、混合性エピソード、薬物やからだの病気によるうつ、近親者等の死によるうつ(以上、基準B、D、E)でないこと。また、症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしていること(基準国。ちなみに「臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」とは、うつ病の症状によって非常に苦しい思いをしているとか、仕事や家事、勉強などができなくなってしまっている状態を指します)。以上があげられています。
これらのマニュアルに害いてある条件が全部そろえば大うつ病エピソード、つまり「うつ病」と診断されます。逆に、マニュアルに害いてある条件が1つでも欠けていれば、うつ病とは診断されません。
いかにもマクドナルド的な(お手軽な)、アメリカ人が考え出しそうな(好きそうな)診断法ですが、まあ合理的といえば合理的です。このようなものを「操作的診断基準」と言いますが、現代ニッポンでは(わが国に限らず世界中のほとんどの国で)、DSM-Ⅳのような操作的診断基準によるマニュアル診断が、デファクト・スタンダード(事実上の標準)になっているのです。
うつ病が操作的診断基準によって診断されるということは、ある程度の精神症状に関する知識があれば、誰でもうつ病を診断できるということです。表のAにある⑴〜⑼までの9つの症状のなかには、一部にわかりにくい内容も含まれていますが、おおかたのものは一般の方にも了解可能な内容であることがわかると思います。
昔は、うつ病の診断といえば、臨床経験ウン十年の白髪交じりのヴェテラン精神科医先生が、何を根拠にしてか「こりゃ、うつ病だよ」と言えばうつ病、「こりゃ、キミ、うつ病じゃないよ」と言えばうつ病ではない、といったイメージでした(読者のなかにもいまだにそう思っている人、多いでしょ)。エラ〜いヴェテラン先生にそう言われれば、精神科歴2〜3年の若造医師などは、反論のしようもないか、まかり間違って反論しようものなら、「それを言うのはウン十年早いよ」などと言われておしまい、というのがオチでした。
ところが、操作的診断基準というのはスゴいもので、精神科歴2〜3年の若造医師はおろか、ちょっと精神医学をかじっただけのシロウトさんにも、「でも先生、この患者さん、DSM‐Ⅳの大うつ病エピソードの診断基準を満たしていますよ1」などと言われて、ヴェテラン先生も立ち往生。権威も地に落ちたということすら起こり得るという事態になったわけです。つまり、シロウトさん(いくら何でも若手の先生をつかまえて「シロウト」とは失礼かもしれませんが、ここは経験が浅い人たち全般という意味です)でも、うつ病の診断ができるようになったのです。 かつて、某TV番組で、OLや女子大生が水商売に参入してきていることを指して、タレントのビートたけしは、「水商売のシロウト化」と言いましたが、それになぞらえれば「うつ病診断のシロウト化」と言えるでしょう。まあ、シロウト化そのものは、べつに悪いことではなく、いままでエラ〜いヴェテラン先生たちだけに独占されていた診断ギルド制度が、一般人にまで広く開放された、民主化政策の1つと言えないこともありません。ただし、使っている操作的診断基準がマトモなものであるという条件が満たされていればですが……。
それでは、さっそく、使っている操作的診断基準がマトモなものかどうか検証してみましょう。もう一度、表のDSM‐Ⅳの大うつ病エピソードの診断基準を見てください。まず、基準Aにある9つの症状です。
たとえば、⑶の体重減少というのは何となくわかります(1カ月で体重の5%以上の変化と書いてあります)。同じく朗の食欲の減退というのも何となくわかる……と普通は流してしまうのですが、あまのじゃくの人はこう言うでしょう。「どこからが食欲の減退なんだ?」と。まったく食事を受けつけないなら、まあ食欲の減退でしょう。では、「何となく食べる気は起きないのだけれども、がんばれば普通に食べられる」というのは食欲の減退なのか? 「食べる気は満々だけれども、受けつけない」というのはどうか?
⑷の不眠というのも、じつはやっかいです。シロウトさん(一般人)の常識では「寝つきが悪い」ことを不眠と言う(このようなタイプの不眠を専門的には「人眠困難」と言います)のですが、実際にうつ病で多いのは、まだ暗いうちに目覚めて悶々としているタイプ(「早朝覚醒」と言います)や、まわりの人が見るとぐっすり眠っているのに、本人は全然眠れていないと訴えるタイプ(「熟眠障害」と言います)です。通常、一般の方は、こういうものを不眠とは言わない。
⑹の易疲労性や気力の減退に関しても基準がよくわからない。結局、患者さんの訴えにしか基準がないとなると、がまん強い人とヘタレの人とで差がついてしまいます。というわけで、どこかあやふや、なんとなく曖昧……。ほかの症状をみても同様に、ツッコミどころ満載です。
さらに、基準のC「症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」の「著しい」って、どの程度からなのでしょう。やはり、がまん強い人とさぼりグセのある人とでは、差がついてしまいます。というわけで、これも意外と曖昧……となると、どうやって診断したらいいの?
結局、どこからが症状なのか、どこからが基準を満たすのかは、そう、さきほどコケにした臨床経験ウン十年の白髪交じりのヴェテラン先生とまではいかないまでも、ある程度以上のうつ病診断の臨床経験をもった精神科医にお願いするしかないのです。
ということは……DSM‐Ⅳって何のためにあるのか? 書いている私にもよくわからなくなってきました。そこで、DSM-Ⅳの「D」とか「S」とか「M」って何の略なのかをみてみましょう。DSMは「Diagnostic」「Statistical」「Mental」の頭文字だということがわかります。「Diagnostic」すなわち診断、「Statistical」すなわち統計。何のことはない、アメリカ人(というよりはアメリカ精神医学会)が統計を取るためのマニュアルだったのです(研究のときも使いますが)。
統計を取るためには、どのアメリカ人精神科医が診断してもだいたい同じ結果になるようにしなければいけない(州によってうつ病になる率が違ったりしたら、意味がないわけですから)。そこで、誰が診断してもだいたい同じ結果になるようなミニマム・コンセンサス、つまり、おおかたのアメリカ人精神科医が納得する「最低限度」の基準が必要だったわけです。そのための最低限度の基準がDSM-Ⅳ、それだけのことです、本来は……。
でも、それが一人歩きしてしまった。まあ、一見わかりやすいようにみえるなどの、一人歩きするだけの理由はあったのですが、その結果が「うつ病診断のシロウト化」。
一人歩きしてしまうと、今度はマスメディアやインターネットの協力も得て、基準Cの無視(基準Aの症状のうちの5つがあれば、うつ病!)。そして、その先には「あれもうつ病、これもうつ病」のオーバー・ダイアグノーシス(over‐diagnosis'48ページを参照)の世界が待っていたのです。
もともと、DSM-Ⅳの大うつ病エピソードの診断基準は基準が甘すぎるので、よほど慎重に診断しないと、うつ病以外のものまで拾ってしまうという危惧があった(昔はそのことを指摘する精神科医が私のまわりにもたくさんいたのですが、最近はほとんどいなくなりました)のに、さらにユルくしてしまえば「あれもうつ病、これもうつ病」になるのは時間の問題。かくして、昔よりもうつ病の基準が甘くなり、現代ニッポンにうつ病患者さんがあふれるようになったのです。
もう一つ、DSM‐Ⅳの大うつ病エピソードの診断基準には落とし穴があります。それは、この診断基準に書いていない症状も、うつ病の患者さんではけっこうみられるということです。もっとも有名な症状は「不安」。うつ病の患者さんで、漠然とした不安を訴えない人は、まずいないと考えてよいでしょう。また、うつ病を治療していくうえでも、不安の改善というのは大切な要素です。でも、メジャーなはずの「不安」という症状が、DSM-Ⅳの診断基準のどこを探してもみあたらない。ということは、DSM‐Ⅳに書いてある症状を読んでも、うつ病の全体像はわからないということです。このような問題点も、DSM‐Ⅳにはあるのです。
まあ、さんざんDSM-Ⅳの悪口を書きました(最初はそんなつもりはなかったのですが、結果として悪口になってしまいました)が、DSM-Ⅳのような操作的診断基準ができてよかったこともあるのです。
たとえば、さきほど、DSM-Ⅳができる前は、うつ病の診断といえば、臨床経験ウン十年の白髪交じりのヴェテラン精神科医先生がしたものが基準だったと書きました。
この自称「ヴェテラン先生」、常に勉強を怠らない聖人君子であればよいのですが、精神科医も人の子、その確率はきわめて低い。そうなると、ヴェテラン先生がテキトーなことを言っている可能性もある。そのようなときには、やはり基準が必要になる。若造にやりこめられれば、ヴェテラン先生も、より精進しようと思い、ニッポンの精神医学のレベルがうなぎ登りになる……といいのだけれど、現実は……。まあ、その可能性ぐらいは残してくれるという点で、やはりDSM‐Ⅳのような何らかの基準はあったほうがよいのです(あまりフォローになってないかな)。

マスメディアやインターネットの功罪

さらに最近は、新聞、雑誌、書籍、テレビ、ラジオなどのマスメディアが、うつ病のことや、うつ病と自殺の関係について、報道したり、説明したりするということが多くなってきました。これは、おそらく2000年(平成12年)ごろ以降の傾向だと思いますが、いろいろなメディアでうつ病が取り上げられるようになりました。また、インターネット(WEB)上にも、うつ病に関するホームページやブログなどがたくさんあります、こちらは、まだまだ玉石混淆といった感じですが、とにかく話題には上るようになりました。
たしかにマスメディアやインターネットのおかげで、うつ病はメジャーになりました。しかし私は、この状況を、ただ手放しで喜んでよいものかどうか疑問に思っています。ここでは、マスメディアやインターネットがうつ病のメジャフ化に果たした功罪を考えてみましょう。まず、功罪の「功」のほうからです。

「功」=うつ病が市民権を得た

マスメディアの協力なくして、「うつ病」という病気がメジヤーになることはなかったでしょう。1990年ごろと比べて、うつ病という病気に対する世の中の認識が格段に高まっているのは、ひとえにマスメディアによる啓蒙活動の陽物だと思います。マスメディアが取り上げたからこそ、「うつ病という病気の存在をはじめて知った」「うつ病という病気が身近なものに感じられるようになった」という人も多いはずです。
そして、マスメディアがうつ病を紹介する際にけっこうよく使われたのが、DSM—Ⅳ。とくに、DSM—Ⅳの大うつ病エピソードの診断基準一にある9つの症状です。この9つの症状がそのまま、もしくはシロウトさんにもわかるような簡単な言葉に換えられて紹介される。あるいは、9つの症状がチェック形式になっていて、チェックの数でうつ病を自己診断できるというものもありました。 そのほか、BDI(ベックうつ病価尺度:Beck  Depressionlnventory)、CES‐D(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)'SDS(ツァーン自己記入式うつ病評価スケール:Zung Self‐rating Depression ScaleoちなみにZungは「ツァーン」と読みます。精神科医ならみんな知っていると思っていたら、精神科医が書いた本でも「ズング」や「ツング」などと堂々と書いているのもあって……)など、昔からある心理検査やスクリーニング・テスト、マスメディアが専門家に頼んで作成したとおぼしきスクリーニング・テストが使われています。これらもだいたいがチェック形式になっていて、やはりチェックの数でうつ病を自己診断できるというものでした。
これを使って自己診断。さらに、ごていねいにも「点数が高ければうつ病の可能性があります。お近くの精神科か心療内科へ行くことをお勤めします」などと書かれてあります。そこで「自分はうつ病かもしれない」ということで病院へ。精神科や心療内科で無事(?)うつ病と診断され、「ボク(ワタシ)って、うつ病だったんだ」ということで、一件落着(?)というわけです。さらに「精神科の敷居が低くなった」というオマケもつきました。 本当は病気なのに、きちんと診断してもらえないことを「アンダー・ダイアグノーシス(under‐diagnosis)」と言いますが、うつ病には、このアンダー・ダイアグノーシスがじつに多かった(現在でも、アンダー・ダイアグノーシスの患者さんはけっこういるとは思いますが、20年前に比べれば、その比率は確実に下がっているはずです)。アンダー・ダイアグノーシスだったために、自分が何の病気であるのかがわからず(あるいは病気であることすらわからず)、治療までたどりつけず長く苦しんでいた人や、なかには人知れず自殺していた人もいるかもしれません。こういう人たちにとっては、「自分はうつ病だったんだ」ということを知り(直接的にせよ、家族や友人を介した間接的なものだったにせよ)、治療までたどりつけるようになったという点で、マスメディアは福音をもたらしたわけです。「アンダー・ダイアグノーシス患者の掘り起こし効果」です。
さらに2003年ごろからは、インターネットが加わりました。現代ニッポンで暮らしていくうえで、インターネットなしの生活というのは考えられないと思います。グーグルやヤフーなどの検索エンジンのおかげで、ネット上でいろいろな情報を得ることができるようになりました。ウィキペディア(Wikiped邑のような利用者参加型のツールまであります。またブログを使って、自分の情報を全世界に発信することもできます。いままでは、専門家の書いたものをシロウトさんが読むという一方向の情報伝達であったのが、双方向になったのです。
このインターネットも、「うつ病」という病気がメジャーになることに一役買いました。むろん、新聞や書籍などの既存のマスメディアと比べて、正確さには欠ける点はありましたが……。現在、グーグルなどの検索エンジンで「うつ病」と打ち込むと、400万件以上もヒットします。上位には、うつ病についての知識が書いてあるサイトが多いのですが、下位にいくほど、だんだんとうつ病患者さん自身が書いたブログなどが出てきます。けっこうリアルな内容のものがあったりもします。
まあとりあえず、マスメディアやインターネットのおかげで、うつ病という病気がメジャーになりました。うつ病という病気が市民権を得たわけです。ついでに言うと、精神科の敷居も低くなり、精神科に通院することに対する抵抗がほとんどなくなりました(とくに大都市圏においては)。うつ病という病気が市民権を得たということは、すでにうつ病と診断され治療されていた患者さんにも福音をもたらしました。
うつ病が何か得体が知れないものであるかのように思われていた時代には、「うつ病」という病名を語ったり書いたりすることがはぱかられました。私は、ある企業のメンタルヘルスにかかわっているのですが、10年前、会社を休むためにうつ病の社員が持ってきた診断書には、うつ病という病名ではなく、「うつ状態」「神経症」「自律神経失調症」「適応障害」などの病名(?)が書かれているのが常でした(あきらかにうつ病なのですが……)。やはり「うつ病」という病名には抵抗があった。カミングアウトできなかったのです。
15年ほど前、元フジテレビのアナウンサーの逸見政孝さんが、ご自身の胃ガンをテレビで発表したとき、ちょっとしたニュースになりました。当時の私は、「病名がうつ病だったら、こんなことはできないだろうな」と思っていたのですが、いまや、芸能人、アナウンサー、作家、マンガ家、ありとあらゆる有名人が、自分がうつ病である、またはうつ病であったことをメディアで発表しています。
有名人でなくとも、職場で、学校で、同僚に対して、友人に対して、自分がうつ病であることをカミングアウトしています。ブログなどでも、自分がうつ病であることが、隠さずに書かれています。もちろん診断書にも、きちんと「うつ病」と書かれている。社員の方も、自分から「うつ病で治療中です」と言ってくれます。
このことによって、こちらも対応がしやすくなりました。以前は、「この人、主治医から、うつ病という病名を、ちゃんと敦えてもらっているのかな?」などと考え、おそるおそる話をしていたのが、いまでは、今後の治療や社会復帰計画についてまで、フランクに話せるようになりました。
以上をまとめると、マスメディアやインターネットは、うつ病のアンダー・ダイアグノーシスをなくし(完全になくしたわけではありませんが)、うつ病という病気に市民権を与えた(地域によっては、いまだにタブー視されているところもありますが)という点において、多大なる貢献をしたことになります。
しかし、ものごとには表があれば裏がある、光があれば陰がある。ということで、次は、マスメディアやインターネットの功罪の「罪」のほうです。

「罪」=それじゃボクもうつ病ってことで……

新聞、雑誌、書籍、テレビ、ラジオなどのマスメディアからの情報は、たしかにうつ病のアンダー・ダイアグノーシスの掘り起こしに一定の効果はあったのですが、一部の雑誌などでは、うつ病をおもしろおかしく扱っていたり、専門的には「?」な内容が書かれていたり、といったことがけっこうありました。
また、DSM‐Ⅳの大うつ病エピソードの基準Aのみを取り上げて、一人歩きさせてしまったということも「罪」と言えるかもしれません。前にも書きましたが、もともとDSM-Ⅳの診断基準というのは基準が甘すぎるので、よほど慎重に診断しないと、うつ病以外のものまで拾ってしまうという問題点がありました。その
病気ではないのに、その病気と診断されている(あるいは誤診されている)ことを「オーバー・ダイアグノーシス」(over‐diagnosis'アンダー・ダイアグノーシスの反対語ですね)と言いますが、オーバー・ダイアグノーシスを増やしてしまった。本当はうつ病という診断は下せないはずの人たちに対してまで、うつ病という診断をしてしまったのです(自己診断も含めて)。
また、マスメディア(とくに雑誌)がよく取り上げていたのが、BDI、CES‐D、SDSなどのスクリーニング・テスト。さらには、マスメディアが専門家に頼んで作成したとおぼしきスクリーニング・テストにも問題があります。
ちなみにスクリーニング・テストというのは、病気と正常とを分けるためのものではありません(このあたりが、シロウトさんもマスメディアに従事する人たちも、けっこう勘違いしているところです)。スクリーニング・テストは、本来「グレーゾーンの人たちは病院にかかってくださいね」というようなもので、スクリーニング・テストで異常と出たからといって病気であるとはかぎらない(スクリーニング・テストでは異常だが、病気でないものを偽陽性と言います)。逆に正常と出ても、病気である可能性がある(スクリーニング・テストでは正常だが、病気であるものを偽陰性と言います)。つまり、スクリーニング・テストで異常と出たら、病気かもしれないが病気でないかもしれない。スクリーニング・テストで正常と出たら、病気でないかもしれないが病気かもしれない。しかし、これではやっても意味がないので、それ以上の値なら病気の可能性があるというカット・オフ値というものを意図的に設けます。このときに重要なことは、本当に病気の人を見逃さないということです。だから、カット・オフ値は、普通、低い値に設定されます。ということは、うつ病のスクリーニング・テストで異常と出た人たちのなかには、うつ病でない人もけっこう含まれているということです。
つまり、スクリーニング・テストの結果だけではうつ病かどうかわからないのに、すべてをうつ病であるがごとくにしてしまった。ここでも、オーバー・ダイアグノーシスとなります。 オーバー・ダイアグノーシスにさらに拍車をかけたのが、インターネットです。インターネットを経由して得られる情報はまさに「玉石混淆」ですが、専門家の目から見ると、「玉」よりも明らかに「石」のほうが多いというのが正直なところです。新聞などと違って、チェック機能が働いていない。あやしげなホームページも、けっこうあります。ブログなどでも、「この人、本当にうつ病なの?」という内容もチラホラ見かけます。まあ「こうなることは、最初からわかっていたことでしょ」と言われればそれまでなのですが、実際には、インターネットの情報を見て来院しましたという患者さんはけっこう多いのです。
以上がそろって、うつ病のオーバー・ダイアグノーシス。この項のタイトルにもあるように「それじゃボクもうつ病ってことで……」という、うつ病モドキ(私の先輩の防衛医科大学校教授の野村総一郎先生曰く「なんちゃってうつ病」)の人が増えたわけです。
まとめると、アメリカ流操作的診断基準、マスメディア、インターネットは、うつ病のアンダー・ダイアグノーシスを少なくしたものの、オーバー・ダイアグノーシスを増やしたということが言えます。つまり、うつ病の患者さんも、うつ病モドキの患者さんも増やしたということです。
このあたりが、前ページでも書いた「うつ病は増えている」、正確には「うつ病の患者さんが増えている」という理由の一つ。でも、いま、現代ニッポンで問題になっているのは、「増えた」ということよりも、むしろ増えたうつ病が「ニュータイプになっている」ことと「治りにくくなっている」ということなのです。このあたりの問題は、のちほど書きます。
 

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