うつ病がわからなくなった
うつ病がわからなくなった!(最近の精神科医のココロの叫びです)
なぜわからなくなったのかというと、「新しい種類のうつ病」が増えたから。われわれ、というか現代ニッポンの精神科医たちにとって、教科書通りでないうつ病が増えているからです。
なぜ新しい種類のうつ病がわからないのかというと、たぶん、われわれ、というか現代ニッポンの精神科医の多くが古いタイプの人間だから(ということは、私は古いタイプだったのか……)。世間一般の動きに、われわれやマスメディアがついていけていないからだと思います。
前にも述べましたが、多くのうつ病に関する啓蒙書は、古いタイプのうつ病を標準的なイメージとして書かれています。内容的には、まさしく教科書通りのことが、シロウトさんにもわかりやすく書かれています。
なぜなら、それは、これらの数多あるうつ病の啓蒙古が、一般の精神科医(フツーの精神科医=古いタイプの人間)によって古かれているから。一般の精神科医の思い描くステレオタイプのうつ病、つまり「古いタイプのうつ病」のことについて書かれているものだからです。
しかし、現実には「新しい種類のうつ病」が増えています。古いタイプのうつ病と現代ニッポンで実際に見かける新しい種類のうつ病とのギャップが埋められていないから、冒頭の「うつ病がわからなくなった!」という叫びになるわけです。
このページでは、古いタイプのうつ病とはどういうものなのか、新しい種類のうつ病とはどういうものなのか、そして、それら2つのタイプのうつ病のギャップについて説明していきましょう。
一般精神科医か思い描くステレオタイプ=古いタイプのうつ病
まず、一般精神科医が思い描く「古いタイプのうつ病」の典型例をお示ししましょう。単極性(単極性というのは、双極性でない、つまり躁病や軽躁病のエピソードがないという意味です。)のメランコリー型のうつ病と呼ばれるタイプのうつ病です。かつては「内因性」うつ病と呼ばれていたこともありました(精神疾患を、原因別に「内因性」「外因性」「反応性」などと分けていた時代の名残の呼び名。内因性というのは、とくに理由がなく起こった精神疾患という意味。しかし、精神疾患の原因をこれらの3つに分けることが実際には難しいことから、この分け方がナンセンスであることがわかってきました。当然のことながら、DSM-Ⅳでは、この病名は採用していません。しかし、年配の精神科医のなかには、いまだにこの名称を使う人もいます)。数多あるうつ病の啓蒙書に書かれているタイプのうつ病で、まさに「教科書的な」うつ病です。
なお、これからお示しするAさんからDさんの4人は、いずれも実際の患者さんがモデルになっていますが、一部に修正を加えてあります。
では、さっそく教科書的な古いタイプのうつ病のAさんからみてみましょう。
Aさんは、東証一部上場企業のE株式会社に勤める、現在51歳の男性サラリーマン。地元の国立F大学経済学部を卒業後、E社に就職し、勤続28年。昨年4月、部下に対する面倒見のよさと非常に生真面目な性格を評価され、次長から部長に昇格した。10年前にマイホームを購入し、24年前に結婚した専業主婦の妻、OL1年目の長女、大学2年生の長男との4人暮らし。職場では、部下に対する面倒見はよい反面、仕事に対する姿勢は厳格で、決して手を抜かない性格である。また、自分の担当する部署については、すべての状況を把握していないと気がすまない性格である。仕事をきちんと仕上げるためには、残業や休日出勤もいとわず、管理職のため残業手当はつかないが、平日は夜遅くまで職場で仕事をしていることが多い。親の葬儀のときに忌引休暇を取った以外は、会社を休んだことがなく、有給休暇も取った覚えがない。「きちんとした仕事をしてくれる」ということで、社内の他の部署や取引先の評価も高い。仕事に対する厳しい姿勢から、部下には若干けむたがられているが、プライベートの時間をさいて部下の相談にのってあげたりもするので、部下からの人望そのものは厚い。反面、家には休日しかおらず、たまの休日も接待ゴルフに行くことが多いため、「うちは母子家庭だから……」などと妻に揶揄されているが、夫婦仲そのものは悪くない。
このようなAさんであったが、8ヵ月前の今年2月ごろから、夜中にちょくちょく目を覚ますようになった。また、仕事がなかなかはかどらなくなったと感じるようになり、残業時間がさらに長くなった。7ヵ月前、部下が発注ミスを起こして取引先とトラブルになった。トラブルそのものは数日で円満解決したが、上司である自分の責任であると、みずからを責めるようになり、「自分は部下の管理もちゃんとできないダメ上司だ」と考えるようになった。このころから、朝方、暗いうちから目が覚め、その後は眠れないという状態になった。また、食欲も落ち、ソバなどのあっさりしたものしか食べられなくなり、68キロあった体重も2ヵ月で60キロまで落ちた。それでも仕事は続けていたが、要領よく仕事ができず、残業時間はさらに増え、以前にも増して、みずからの無能さを責めるようになった。6ヵ月前より、ふとんに入っても悶々として眠りにつけなくなり、会社の産業医から睡眠薬をもらって服用したが、改善しなかった。家庭では、食事をほとんど受けつけなくなり、以前よりも怒りっぽくなった。5ヵ月前のある
夜、妻に「もう死んでしまいたい」ともらした。驚いた妻が病院への受診をうながしたが、「オレは絶対に病気じゃないから」とかたくなに拒否した。困った妻が、10年来のかかりつけの開業医のG医師に相談、G医師の説得により、しぶしぶながら私の外来を受診した。
5ヵ月前にはじめて診たとき、Aさんは、昔に比べて仕事がまったくできなくなってしまったこと、部下はちゃんと仕事をしているのに自分がダメ上司なために業績が上がらず申し訳なく思っていること、職場や取引先に取り返しのつかない失態をしでかしてしまい自分は部長失格であること、クビになって給料も出なくなるだろうから家族にも非常に迷惑をかけてしまうこと、もう自分は生きていく価値がないから死んでしまおうと思っていること、などを切々と話してくれた。「あなたはうつ病で、抗うつ薬をのむことと休養が必要である」と話しても、「自分は疲れているだけで病気ではない。だから、ビタミン剤や栄養剤ならともかく、抗うつ薬は必要ない。休養も必要ないし、休んだりしたら会社の仕事が滞り、部下が困ってしまう」と、とりつく島もない。それでも、時間をかけて、妻、娘、さらにはAさんの上司である担当役員のHさんにまで協力をお願いして説得してもらい、何とか1カ月は休んでくれることと、抗うつ薬をのんでもらうことを約束してもらった。
会社を休みはじめて最初のうちは、「仕事に行っていないと逆に落ちつかない」と言っていたが、半月ほどで言わなくなった。薬は1日も欠かさずのんでくれた。結局、さらに1ヵ月、よけいに休んだが、その後は職場復帰した。職場復帰は、比較的スムーズにできた。現在、Aさんは、完全にうつ病にかかる前の状態にまで回復している。「あのとき、先生にうつ病と言われて半信半疑だったが、休んで治療して本当によかった」
と言う。「いまでは、あのときはうつ病だったと思っている」「いまは、すっかり治っていると思う。でも、再発するかもしれない病気なんですよね」とも。なるべく残業はせず、定時に帰るように話しておいたのだが、ときおり私に隠れて、2時間ぐらいは残業しているようである。再発予防のための服薬は欠かさず、1カ月に1度の受診は続いている。
以上、古いタイプのうつ病のステレオタイプ、典型例でした。おそらくは、Aさんこそは古きよき時代の教科書通りのうつ病だということを、精神科医の95%が同意してくれると思います。
ところで、うつ病というのは、男性よりも女性に多い(統計的には約2倍、女性に多いとされています)。ということは、女性の古いタイプのうつ病もお示ししなければいけません。というわけで、女性の古いタイプのうつ病のBさんの例もみてみましょう。
Bさんは、現在53歳の女性。地元の県立高校を卒業後、地元企業J社に就職した。22歳で現在の央と見合い結婚後、3人の子どもをもうけた。夫は大卒後、都市銀行に勤めていたが、10年前に子会社に出向し、役員をしている。30歳の長女は2年前に結婚し、夫と2人の子どもたちとともに福岡に住んでいる。商社に勤める刄】歳の長男は、海外赴任中。21歳の次男は、大阪にあるK大学に通うために単身で下宿中である。そのため、2年前からは、夫と2人だけの生活である。夫婦仲はそれほど悪くはないが、夫婦間に必要以上の会話はない。経済的には困っていないが、昼間の時間をもてあましていたため、スーパーのレジ打ちのパートをしている。趣味はフラワーアレンジメントで週に1回、近所の教室に通っている。50歳で閉経している。
このようなBさんであったが、1年前の昨年11月ごろから、頭痛、めまい、動悸、不眠などに悩まされるようになった。最初は、いわゆる「更年期障害」であろうと気にもとめなかったが、だんだんと症状がひどくなっていくので、10カ月前の今年1月に近所の産婦人科のLクリニックを受診した。そこでの診断は、やはり更年期障害。漢方薬と精神安定剤を処方されて服用したが、ほとんど効果を認めず、1カ月程度で漢方薬のほうはやめてしまった。精神安定剤のほうは、眠れないので服用しつづけていた。9ヵ月前ころから、家事をすることやパートに行くことがおっくうになっていたが、冬場で寒いせいだと考え、何とか続けてはいた。趣味のフラワーアレンジメントもやる気がしなくなり、こちらのほうは、今年の2月からやっていない。ここ1カ月間は、精神安定剤をのんでもほとんど眠れず、食事も食べたくないという状態が続き、頭痛や動悸もひどくなったので夫に話したところ、「更年期ってやつじやないのか」と、あまり取り合ってもらえなかった。このころになると、夫の食事も何をつくってよいのかわからず、スーパーで買った出来合いの惣菜を食卓に並べるようになった。体調不良を理由にパートも休みがちになった。7ヵ月前のある日、近所に住んでいる妹のMさんがBさんの家に遊びに来たとき、変わり果てた姉の姿に驚き、3日後に2人で私の外来を受診した。7ヵ月前にはじめて診たとき、Bさんは、頭がぼけちやったみたいで何も考えがまとまらないこと、まともな食事もつくれず夫にはすまないと思っていること、睡眠薬をのんでも眠れないことなどを切々と話してくれた。「あなたはうつ病で、抗うつ薬をのむことと休養が必要である」と話すと、Mさんの説得もあって、半信半疑ながらも治療に同意してくれた。それでも、夫に申し訳ないので、家事だけは休むことができないと言
治療を始めて最初のうちは、家事をしないと落ちつかないと言っていたが、1カ月後には「妹がいろいろ手伝ってくれるので、少しは休めているかもしれない」と言うようになった。抗うつ薬の服用により、あれほどBさんを悩ませていた頭痛、めまい、動悸、不眠などの症状は、1カ月後にはほぼ消失した。治療開始3ヵ月後の7月ごろには、妹のMさんの援助がなくとも、ほぼ以前通りに家事をおこなうことができるようになった。現在、Bさんは、完全にうつ病にかかる前の状態にまで回復している。「パートはともかく、フラワーアレンジメントのほうは再開しようと思っている」と言う。再発予防のための服薬は欠かさず、1カ月に1度の受診は続いている。
以上、女性版古いタイプのうつ病のステレオタイプ、典型例でした。こちらも、おそらくは、古きよき時代の教科書通りのうつ病の女性バージョンだということを、精神科医の95%は同意してくれると思います。
フツーの精神科医が思い描くうつ病の患者さん像というものが、何となくわかっていただけたでしょうか。治療前は一見、重症にみえるが、治療にさえのってくれれば、あとはそれほど問題なく治っていく、というイメージです。
最近よくみかける新しい種類のうつ病
次は「ニユータイプなうつ病」です。本当は、こちらも典型例をお示ししたかったのですが、じつは、ニユータイブなうつ病には「これだっ!」というようなステレオタイプがありません。教科書通りはI種類でも、教科書破りはいろいろあるというわけです。そこで、わりとよくみかけるタイプの「ニユータイプなうつ病」の患者さんにご登場いただきましょう。まずは新しい種類のうつ病患者のCさんをみてみましょう。
Cさんは、IT企業のN株式会社に勤める、現在35歳の男性サラリーマン。都内の私立P大学理工学部を卒業後、○社に就職したが、3年後に退職。その後、現在のN社に転職して9年目。N社に転職時、本当は開発の仕事をしたかったのだが、営業に回された。その後、上司との折り合いが悪く、休みがちになったことがあり、上司同士の話し合いで、念願の開発関連の部署に異動させてもらった。3年前の4月、部署の人員整理にともない、現在のメンテナンス関連の職場に配置転換になった。現在の職場では、人間関係でとくに大きな問題はなかったという。仕事はとてもよくできているが、「上司や部下が使えない連中で、そのぶん自分は不当に低い評価しか受けていない」と思っている。両親ともに健在で、親元から通勤している。合コンで知り合い、結婚を前提に4年近く付き合っている女性Rさんはいるが、お互いに結婚には踏み切れずにいる。プライベートは大切にしたい主義だが、おりからの不景気で人員が削減されてしまい、そのあおりを受けて、残ったCさんたちの仕事が増え、残業が続いて困っているという。しかし、有給休暇をフルに利用し、いちおうのリフレッシュはできているという。
このようなCさんであったが、一昨年の2月に上司のSさんに叱責されてから、会社に出勤できなくなった。朝、起きると身体が重く、頭も痛く、食欲もない。起き上がって出勤する気力が起こらず、結局は昼近くまでゴロゴロしている。昼過ぎに起きたあとは、コンビニ程度であれば外出はできる。昼近くまで寝ているせいか、夜は悶々としてなかなか眠れないという。上司が、毎日のように電子メールで様子を聞いてくるので、「明日は行けると思います」と打ち返しており、自分でも明日こそは出動しようと思うのだが、翌日の朝になると出勤することができない。インターネットでうつ病に関するホームページをみかけ、うつ病のチェック項目のほとんどがあてはまることから、自分はうつ病ではないかと思い、私の外来を受診した。
Cさんは、診察室に入るなり、自分はうつ病であると思うこと、会社を休んでいるので診断書を書いてほしいこと、こうなったのはすべて会社や上司のせいであること、自分はつらい思いをしているのに職場の人たちも親も理解してくれないこと、などを矢継ぎ早に話してくれた。DSM-Ⅳのうつ病の診断基準をいちおうは満たしており、抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の処方をおこなった。また、本人の希望もあり、3ヵ月間の自宅療養が必要である旨の診断書を書いた。
その後は会社を休み、うつ病の治療に専念していた。職場復帰を考えて、規則正しい生活だけは守るように指導した。1カ月後には、通常の生活であれば支障なくできるまでに回復し、Rさんと映画を観に行ったり食事に行ったりすることもできるようになった。しかし、診断書の期限が切れるころになって、気力がわかなくなったり、頭痛がしたりという症状が再燃し、職場復帰に対する不安から眠れなくなった。そこで、さらに診断書を書き、結局、6ヵ月間休んだ。
診断書の期限を延長してまもなく、心配した上司のSさんが私の外来を訪れた。このときのSさんの話によれば、「Cクンはプライドだけは高く、自分ではとても仕事がよくできると思っているが、上司の私に言わせれば、まったくダメ。ちょっときつく言うと、ふてくされる。今回も、ちょっと注意したら来なくなっちやった。いわゆる『自己チュー」(自己中心的)で協調性もなく、まわりからは「KY」と呼ばれている。有給休暇を取るのはいいのだが、みんなが忙しいときに取るので、職場では浮いてしまう。まあ、本人はうまくやっているつもりなんでしょうが……」とのことであった。また、「このあいだ会ったときは元気そうで、ギャグまでとばしていましたが、本当に病気なんですか?」とも。
これ以上休むと休職扱いとなり、給料がまったく出なくなるとSさんから言われたCさんは、出社するようになった。会社のほうもCさんに配慮し、最初の1カ月間は午前中の半日勤務としてくれた。そこまではうまくいっていたのだが、その後、フルタイムで出勤するようになってから、ふたたび朝になると起きられず、出勤できない日が増えてきた。「完全に治してから来い」とSさんに言われたCさんは、前回と同様に自宅療養をおこなった。今回も前回と同様に、会社を休んだ後はまもなく回復するものの、出社が近づくとうつ病の症状が増悪(ぞうあく)し、結局、6ヵ月間休んだ。その後、ふたたび職場復帰を試みたが、前回と同様にうまくいかず、さらに6ヵ月間休んだ。
復職時に「いまの職場が悪いのではないか」と上司のSさんが心配して、以前、比較的問題なく勤務できていた開発関連の部署に配置転換したいと申し出てきた。私は「休む前にいた職場に返すのが原則なのですが……」と言った(いわゆる教科書通りの対応です。私のアタマは古いタイプだったわけです)が、Sさんの強い希望で、開発関連の部署に復職することになった。今回も、復帰にあたり何日か休んだりはしていたが、新しい上司のTさんのフオローもあり、フルタイムで勤務できるようになった。現在、有給休暇の範囲内で休みがちながらも、なんとか職場に通っている状態である。1ヵ月に1度の受診時には、職場がいかに忙しいか、みながいかにつまらなそうに仕事をしているか、などを話してくれる。
女性の新しい種類のうつ病患者
Dさんは、都内の私立U大学人間科学部1年に在学中(現在、休学中)の22歳の女子大生。両親、25歳の兄との4人暮らし。私立のV女子学園中等部・高等部を経て、推薦でV女子学園短期大学英文科に入学したが、自分では心理関係の仕事をしたいと考え、心理学科のあるU大学人間科学部を受験、無事に合格し、一昨年の4月に入学した。
しかし、入学後、授業の内容が心理学とは関係なさそうなものが多く、興味をもてなかったことや、親しい友人ができなかったことから、通学することがおっくうになり、休みがちになった。テニス・サークルにも入ったが、メンバーの中に溶け込めずに退会した。いわゆる「5月病」のような状態になり、ゴールデンウイーク以降はDさんをキャンパスで見かけることが少なくなった。それでも前期は、なんとか定期試験も受けることができた。しかし、夏休み後にはまったく登校しなくなった。このような状態のDさんをみて心配した母親に連れられ、一昨年の10月に私の外来を受診した。
最初はほとんど話そうとしなかったDさんであったが、入った大学が思っていたものと違ってがっかりしたこと、女子校育ちのためかクラスメートに溶け込めなかったこと、いまは学校に行かなければと思うのだが、からだが動かないこと、それでも心理学の勉強はしたいと思っていること、自分はつらい思いをしているのに親が理解してくれていないこと、などをだんだんと話してくれるようになった。留年しないでなんとか卒業だけはしたいと思っているのだが、朝は起きられず、昼ごろに起きてもからだが重く、学校に行く気力もわかず、結局は休んでしまうのだという。また、これからのことを考えると、ゆううつな気持ちが続き、四六時中イライラし、一日中眠くて、過食傾向にあるともいう。最近はやっていないが、リストカットをしていたとも。DSM‐yのうつ病の診断基準をいちおうは満たしており、抗うつ薬のSSR?の処方をおこなった。また学校には、3ヵ月間の自宅療養が必要である旨の診断書を書いた。
その後は学校を休み、うつ病の治療に専念していた。治療開始2ヵ月後には、抗うつ薬が効いてきたためか、以前ほどイライラせず、昼間も起きていられるようになったという。また、高校時代の友人と一緒に、東京ディズニーランドヘ行ったり、渋谷にショッピングに行ったりすることもできたという。年末年始には、ちょっと疲れたがグアム島にも行ってきた。そこで、そろそろ復学を考えてみたらどうかと勧めたが、「キリがいいので今年は留年して、4月から復学したい」と言う。しかし、復学予定の4月が近づくにつれて、ほとんど影をひそめていた過食がふたたび現れ、イライラもひどくなっ
た。抗うつ薬を増量したがほとんど効果はなく、結局、4月以降も休学を続けた。
4月になっても復学できないDさんを心配したご両親が、Dさんには内緒で私の外来を訪れた。このときの両親の話によれば、「Dは学校には行かないのに、友達と遊び歩いたり、買い物をしたりしている。このあいだは、アルバイトもしていたようだ。何かを頼んでも、「自分はうつ病だから』と言って何もしようとしない。ちょっとでも注意しようものなら、逆ギレしてモノを投げたり、わめきちらしたりして手がつけられない。「親のアンタの育て方が悪かったからこうなった。責任を取れ」などと言う。単なるワガママ娘だ。本当に病気なんですか?」とのことであった。
Dさんは現在も休学中である。うつ病そのものはほとんど治っており、母親と会話するときにイライラするという以外には症状らしい症状もないのであるが、復学しようとすると不安が強くなり、うつ病の諸症状が再燃する。最初に会ったときは、心理学の勉強をすることに固執し、精神科医の私にもいろいろな質問を投げかけてきたDさんであったが、このごろでは心理学に対する興味はかなり薄くなったようである。最近は、デザイン関連の仕事に興味をもっているようで、今の大学はやめて、デザイナーになる専門学校に行きたいという。私は「まあ、まだ若いのだし、挑戦してみたら?」などと無責任なことを言っているが、親には「ここまで授業料を払ったのだから、大学ぐらいは出ておきなさい」と言われるので困っているという。
CさんやDさんのようなニユータイブなうつ病の患者さんも、精神科医の95%は「そういえば、うちにもけっこう来てるよ、こんなのが」と言ってくれると思います。大きな企業の人事担当の方なら、Cさんの話を読んで、「あっ、いるいる、うちにも」と思ったことでしょう。大学の学生担当の方であれば、Dさんのような学生さんを、何人か経験しているはずです。最近は、こういったタイプのうつ病の患者さんがとても多いのです。
古いタイプのうつ病と新しい種類のうつ病のギャップ
オールドタイブのうつ病のAさんやBさんと、新しい種類のうつ病のCさんやDさん。この2つのうつ病の違いは何でしょうか。いろいろありすぎて何から手をつけてよいのかわからないと思いますので、キーワードを3つだけあげましょう。それは、「年齢」「病前性格」「自罰的/他罰的」です。順番にみていきます。
まず、年齢です。AさんもBさんも、50歳代前半、いわゆる中年期、壮年期、あるいは更年期などと坪ばれる年代です。最近は、より低年齢でも発病することがありますが、だいたい「中年期以降」というのが古いタイプのうつ病の特徴です。それに対して、Cさんはずっと若い。いわゆる「団塊ジュニア世代」、大学を卒業したころには文字通り「新人類」と呼ばれた人たちです。さらに、Dさんにいたっては、まだ20歳代前半。そうです。ニユータイプなうつ病の最初の特徴は、「低年齢である」ということです(むろん、最近は、中年期以降に発病するうつ病でも、新しい種類っぽい場合もありますが)。
次に、病前性格です。病前性格とは、うつ病になる前の患者さんの性格傾向を言います。AさんもBさんも、真面目で几帳面、責任感が強く、他人に細やかに気を配る人です。かつては、このようなタイプこそがうつ病の病前性格と言われていました。下田光造は1941年に、「執着気質」がうつ病の病前性格であると提唱しました。「執着気質」とは、仕事熱心、凝り性、徹底的、正直、几帳面、強い正義感や義務感、責任感、ごまかしやずぼらができないなどの性格傾向を指します。また、ドイツのテレンバッハ(Hubertus Tellenbach)は1961年に、「メランコリー親和型性格」がうつ病の病前性格であると提唱しました。「メランコリー親和型性格」とは、几帳面で物事を柔軟に処理することが困難で、仕事熱心、正確、綿密、徹底的であり、対人関係では親切、献身的、共生的とも言えるほど密着しており、道徳性の面で良心的、強い正義感、義務感をもつという性格です。AさんもBさんも、執着気質やメランコリー親和型性格にだいたいあてはまります。つまり、「病前性格が執着気質やメランコリー親和型性格である」ことが多いというのが、古いタイプのうつ病の特徴です。
それに対して、CさんもDさんも、これらの病前性格にあてはまらない(一部に満たしている部分もありますが、大筋であてはまりません)。というわけで、新しい種類のうつ病の2番目の特徴は、「病前性格が執着気質やメランコリー親和型性格であるとはかぎらない」ということです。
最後は、自罰的/他罰的です。患者さんの周囲に起こった悪い出来事や結果を、すべて自分が悪かったからこうなってしまったのだと考えてしまうことを「自罰的」、すべて自分以外の人や物、環境などが悪かったからこうなってしまったのだと考えてしまうことを「他罰的」と言います。この定義にしたがうと、AさんとBさんは自罰的、CさんとDさんは他罰的と言えます。つまり、3番目の特徴として、古いタイプのうつ病は自罰的であることが多く、新しい種類のうつ病は他罰的であることが多いということがあげられます。このページの最後に、もう一つだけ。前にも書きましたが、新しい種類のうつ病は「多様」です。つまり古いタイプのうつ病と違って、新しい種類のうつ病のなかには、さらにいくつかのタイプがあります。