目次
新型うつ病は治しにくい
オールドタイプのうつ病は教科書的治療で治しやすかった
「昔のうつ病は、治しやすかったな……」
まあ、えてして昔の思い出は美化されていることも多いのですが、美化されたぶんを差し引いても、こう思っている精神科医は多いはずです。たぶん、15年以上の精神科臨床経験をもつ精神科医の95%(なぜ100%ではなく95%なのかは、もうおわかりでしょう)は、こう思っているに違いありません。
あのころ(15年以上前)は、SSRIやSNRIといった新薬もなく、三環系抗うつ薬だけで治療していました(SSRIがニッボンで使えるようになったのは平成11年=1999年。20世紀のニッポンには、抗うつ薬といえば三環系抗うつ薬しかなかった)。にもかかわらず、うつ病の治癒率は、いまよりも高かったように思います。では、なぜクスリの種類が少なかった昔のほうが、クスリの種類が多いいまより、治療成績がよかったのでしょうか。
おそらく、一番の理由は、その当時のニッポンのうつ病患者さんの多くが、オールドタイプのうつ病(メランコリー型の特徴をもつうつ病)だったから。いまと違って、二ユータイプなうつ病の患者さんが、ほとんどいなかったからでしょう。メランコリー型の特徴をもつうつ病は、重症化することも多いのですが、三環系抗うつ薬が非常によく効くことでも知られています。
じつは、メランコリー型のうつ病には、三環系抗うつ薬が非常によく効くということは、いくつかの臨床試験で証明されてきました(医学の業界用語で、「エビデンス=証拠がある」と言います)。ですから、昔=20世紀のニッポンには、抗うつ薬といえば三環系抗うつ薬しかなかったのですが、うつ病がオールドタイプ(=メランコリー型)だけであれば、このクスリさえあれば、こと足りてしまうわけです。まあ、そんなわけで、昔のうつ病(オールドタイプのうつ病)は教科書的治療で治しやすかったのです。
軽症にみえるのに難しい新型うつ病の治療法
オールドタイプのうつ病は、重症度から言えば重症化する可能性が高かったものの、抗うつ薬がよく効くといった点で治療がしやすかった。ところが、新型うつ病は、重症度からいえば軽症例が多いのですが、いざ治療をするとなると難しい。場合によっては、誰も治療法がわからなかったりすることもあります。かつて「うつ病は心の風邪」というフレーズがありました。つまり、「オールドタイプのうつ病は、心の肺炎」というわけ。
では、新型うつ病は? さしずめ「ココロの花粉症」または「ココロのアトピー性皮膚炎」といったところでしょうか。命にかかわるほどの重い病気ではないが、なかなか洽らない病気といったニュアンスです。
ここからは、「ココロの花粉症(またはアトピー)」こと、新型うつ病の治療法について、種別に説明していきます(うまく説明できるかしら?)。
DSM-Ⅳにのっている新型うつ病の治療法
最初に、DSM-Ⅳにのっている種類のうつ病からです。
まずは、双極型。アンダー・ダイアグノーシスとなっていることが多いので、とりあえずは「ちゃんと診断すること」から始めます。とくに双極Ⅱ型障害は、アンダー・ダイアグノーシスになりやすいので注意が必要です。
ちゃんと診断ができたら、次は治療です。
双極型のうつ病は、以前は、抗うつ薬プラス気分安定薬の組み合わせで治療されていました。いまでも、そういう治療をしている精神科医は大勢います。この方法が正しいと信じられてきたのです。
ところが、2007(平成19)年に、「ザ・ニュー・イングランドこンヤーナル・オブ・メディシン(NEJM)」という、世界でもトップクラスの医学雑誌に、画期的な報告がされました。それは、双極型のうつ病の治療をする際には、抗うつ薬プラス気分安定薬の治療をしても、気分安定薬のみの治療(つまり、抗うつ薬はいっさい使わない)をしても、効果の面では(現在のうつ状態を治すためには)差がないというものでした。ということは、いままで双極型のうつ病の患者さんがのんでいた抗うつ薬は、すべてムダだったということです。この結果は、世界中の精神科医を驚かせました(たぶん)。いままで何十年にもわたってやってきた治療は、意味がなかったということですから。
さらに追い打ちをかけるように、双極型のうつ病の患者さんに抗うつ薬を使うと、「躁転」といって、躁病や軽躁病になるリスクが高いこと、躁病や軽躁病を何度も繰り返すと、気分安定薬がだんだん効きにくくなるといった報告も出てきました。
さらにさらに追い打ちをかけるように、抗うつ薬は、双極型のうつ病の患者さんを、ラピッド・サイクラー(rapid cyclero大うつ病エピソード、躁病エピソード、軽躁病エピソード、混合性エピソードが、1年間に4回以上起こることを言う。日本語では「急速交代」と言うこともある)という状態にしてしまいやすいことも、知られるようになりました。ラピッド・サイクラーに効果的なクスリは、ほとんど知られていません。つまり、ラピッド・サイクラーになってしまうと、もう治せない。
双極型のうつ病の患者さんに、よかれと思って抗うつ薬を使いつづけると、こういう結果になる可能性があるということがわかってきたわけです。
わかりやすく書くと、
①双極型のうつ病をフツーのうつ病だと思って抗うつ薬を使う
↓
②じつは躁転していたのに、気づかずに抗うつ薬を使いつづける(この時点で抗うつ薬を中止して、気分安定薬に変えていれば治りやすい)
↓
③その後も何度か噪転するが気づかない(このころになると、気分安定薬の効きも悪くなる)
↓
④ラピッド・サイクラーになる(ここまでくると、かなり難治)
というパターンになります。
①で双極型で
あることに気づくのは神業に近いので、せめて②で気づいてもらえると、その後の見通し(予後)もだいぶよくなるのですが……。実際には、③や④までいってしまうことが多いようです。双極型のうつ病はクスリが効きにくいことが多く、治療に難渋することが多い(フツーのうつ病に比べて治すのが難しい)というのが実際のところです。しようがないので、2つとか3つの気分安定薬を、合わせ技で使ったりしています。
次に、非定型。こちらは、もともとが「MAOI(モノアミン酸化酵素阻害薬)という種類の抗うつ薬しか効かないといわれていた(信じられていた)うつ病」ですから、MAOIが使えないニッポンでは難治なのは当たり前のような気がします。
しかし、最近の研究データによれば、SSRIや三環系抗うつ薬などのフツーの抗うつ薬でも、非定型のうつ病には、けっこう効果があるようです。まあ、フツーのうつ病に比べて治すのが難しいことは確かなのですが、抗うつ薬がまったく効かないというわけではないので、ニッポンでも使えるクスリを駆使して、日夜がんばっています。
もう一つ、非定型のうつ病でわれわれ精神科医を悩ませるのが、双極性障害のうつ病相(大うつ病エピソード)が非定型になっているという場合。つまり、双極型と非定型の合併例。コレが最近、とくに若者(といっても20歳代から40歳ぐらいまでですが)のうつ病に多いのです。もともとフツーのうつ病に比べて治療が難しい2つのタイプのうつ病が合併しているわけですから、さらに治しにくいわけです。
DSM-Ⅳにのっていない新型うつ病の治療法
次は、DSM-Ⅳにのっていない種類のうつ病の場合です。DSM-Ⅳにのっていない種類のうつ病は、おおむねDSM-Ⅳにのっている種類のうつ病(双極型、非定型)に、さらに輪をかけて治りにくいことが知られています。ある意味、「うつ病は心の風邪」などという幻想をこなごなにした張本人と言えるでしょう。
この種のうつ病は、一部の例外を除けば、一見、症状が軽そうにみえる。つまりうつ病としては軽症であるかのようにみえます。とくに、会社や学校を休んだり、家事などをしなかったりして、しっかり休養がとれているときには、フツーの人たちとまったく変わらないようにみえることもあります。オールドタイプのうつ病のほうが、よほど重症にみえます(実際に重症であることが多いのですが)。しかし、軽症であることが治りやすいことと結びつかないのが、新型うつ病。むしろ、より重症のオールドタイプのうつ病のほうが、きちんと治療すれば治りやすいのです。新型うつ病の患者さんを部下や家族にもつフツーの人々(シロウトさん)から、「なんで軽症なのに治らないんだ!」とよく言われるのですが、そういうものなのです。軽い花粉症でも、なかなか治らないのといっしょです(これは、たとえがチト違うか?)。
DSM-Ⅳにのっていない種類のうつ病の治療法は、あまりよくわかっていません。少なくとも、オールドタイプのうつ病よりも、抗うつ薬の効きがかなり悪いことだけはわかっています。そこが、この種のうつ病が治りにくい最大の理由です。
新型うつ病のなかでも、DSM-Ⅳにのっている種類のうつ病(双極型、非定型)の場合には、きちんとした治療をすれば、それなりによくなることも多いのですが、こちらのほうは、クスリをきちんと使ってもよくならないことが往々にしてあります。それなら、抗うつ薬以外の治療で……といきたいところですが、そちらもあまり効果がないことが多いようです。「教科書破り」の新型うつ病と言うだけのことはあって、教科書通りの治療は通用しないようです。
もともと、笠原・木村の?E型を提唱した笠原・木村両先生も、みずからの論文に「Ⅲ型(葛藤反応型)に対しては、抗うつ薬はほぼ無効」と書いています。ディスチミア親和型うつ病を提唱した橡昧先生の論文にも、クスリ(薬物)への反応のところに「多くは部分的効果(病み終えない)」と書いてあります。提唱者が「クスリは効かない」とサジを投げている(?)のですから、もう「お手上げ」。もはや、どうしようもありません(ミもフタもない言い方ですが)。
ただし経験上では、すべての新型うつ病の患者さんに、まったくクスリが効かないというわけではありません。けっこうクスリが効く新型うつ病の患者さんもいます。ディスチミア親和型うつ病を提唱した樽味先生も、環境の変化によって、コロッとよくなっちやうこともあると害いてくれています。いつかはよくなるという希望をもって、さりとて過度の期待はせずに、治療を続けていくのがよいでしょう(あまりフオローになっていないか……)。
双極スペクトラム障害に関しては、提唱しているアキスカル氏みずからが、「双極性障害と考えて治療したほうがよいのではないか」と言っています。双極スペクトラム障害には、ちょっとでもハイな状態があったうつ病のすべてが含まれます。「もしかして双極スペクトラム障害ではないか?」と思ったら、前述の双極型の治療に切り替えてみる(つまり、炭酸リチウムなどの気分安定薬を中心とした治療にしてみる)というのも、一つの方法かもしれません。ただし、実際に双極スペクトラム障害と思われる患者さんを治療してみると、一筋縄ではいかないことも多いのですが
パーソナリティ障害などを併存した新型うつ病の治療法
まず、あきらかなパーソナリティ障害を併存したうつ病。このうつ病では、かたよりすぎているパーソナリティが、病気を治りにくくしている原因であることは間違いありません。だったら、パーソナリティ障害を治せば一件落着! と口で言うのはカンタンですが、そんなにカンタンにすむ問題だったら、だれも苦労しません。
そもそも、パーソナリティというのは、先天的(遺伝的)な「気質」と後天的(環境的)な「性格」が合わさったもの。40歳の人であったら、性格は40年かけてつくられたもの、気質は先祖代々、それこそ何千年、何万年かけてできたもの、ちょっとやそっとのことで変えられるようなシロモノではありません。ということは、パーソナリティ障害を治す(「直す」と言ったほうがいいかもしれません)のは至難のワザ。せめて、微調整するのが関の山……といったところです。 次に、問題になりそうなパーソナリティ傾向があるという場合。つまり、自己愛傾向の強い人、境界性パーソナリティ傾向の強い人、依存傾向の強い人など。これらのパーソナリティ傾向も、間違いなくうつ病を治りにくくしていると思われます。しかし、パーソナリティ傾向というのも、やはりその人の人生のなかで培われてきたもの(40歳の人であったら、40年かけてつくられたもの)なので、ちょっとやそっとのことで変えるのは難しいでしょう。
それでも、あきらかなパーソナリティ障害と比べれば、いくらか治しやすい(直しやすい)とは思います。パーソナリティ傾向を完全に治す(直す)とまではいかなくとも、考え方や行動を微調整または一部を調整する。これだけでも、新型うつ病といえども、かなりよくなる可能性はあります。ただし、微調整といっても、これまでの自分のやり方(生き方)が否定されるわけですから、やっている本人にとっては、かなり苦しいことだと思います。小泉純一郎元首相のフレーズではないですが、「痛みをともなう構造改革」が必要になるかもしれません。
う〜ん。なかなか出口が見えてきませんね。
教科書的治療は新型うつ病には害になることすらある
なんだか古いている私も、暗濃たる気分になってしまいました。さらに暗い内容が続いて申し訳ないのですが、もう少し古かせてください。
このページの冒頭に、オールドタイプのうつ病は、抗うつ薬が効きやすかったと書きました。もう一つ、オールドタイプのうつ病の治療で大切なことに、「十分な休養を取らせる」というのがあります。抗うつ薬プラス十分な休養、これが教科古的なうつ病の治療法です。これまでわが国で出版されてきたうつ病に関するほとんどの啓蒙古には、抗うつ薬と十分な休養がゾっつ病治療の二大原則として古かれているはずです。
実際にオールドタイプのうつ病を治療する際には、この原則さえ守っていれば、8割方の患者さんで、治療がうまくいくようです。
ところが、新型うつ病の方は、抗うつ薬をのんで、しっかり休息も取っているのに、なかなか治らないし、社会復帰もできていない。つまり、教科書的なうつ病の治療をしても、よくなっていないわけです。
よくなっていないだけならば、まだよいのです(よくはないか?)が、ニュータイプなうつ病では、教科書的なうつ病の治療をしているのに、逆にうつ病が悪くなることも往々にしてあります。
たとえば、オールドタイプのうつ病のときは十分な休息を取るのが原則ですが、ニュータイプなうつ病では、休みを取れば取るほど、社会復帰がどんどん難しくなったりもします(すべての新型うつ病の患者さんにあてはまるわけではありませんが)。同様に、抗うつ薬を使えば使うほど、(べつに双極型というわけでもないのに)悪くなる一方の患者さんもいたりして、本当に精神科医泣かせだったりします。また、(オールドタイプの)うつ病の治療をするさいには、いくつかのタブーがあることが知られています。「(がんばれなどと)励ましてはいけない」「無理に気分転換(遠出の旅行など)をさせないほうがよい」「配置換えはしないほうがよい」などです。うつ病に関するほとんどの啓蒙書にも、そう書いてあるはずです。私が医師国家試験を受けた当時は、このような問題はなかったのですが、最近では「うつ病の患者さんがいたので、もっとがんばるようにと励ました」という出題があって、これにマルをつけてしまうと、大減点されてしまうそうです(本当の話です)。
話を戻しますと、オールドタイプのうつ病の患者さんに対しては、励ましたり、無理に気分転換をさせたり、配置換えをしたりすると、ほぼ間違いなくうつ病が悪化しました。励ますことによって、患者さんに自殺されてしまうこともあって、うつ病の患者さ
んを励ますことは、最大のタブーでした。
ところが、新型うつ病では、教科書的なタブーがあてはまらないどころか、むしろよい方向に向かったなんてことが、けっこうあったりします。むろん、ニュ
ータイプなうつ病の患者さんのすべてにあてはまるわけではないのですが、励ましたら、うつ病がみるみるよくなった、遠出の旅行をしたら治った、配置換えをしたら職場復帰ができた、といったことをよく経験します(近い将来には、ニッポンの医師国家試験の正解も、変えないといけないかもしれません)。
新型うつ病患者さんの一人であるcさんも、いままでの職場への復帰は何度も失敗しているのに、配置転換をしてもらったら、(文句を言いながらも)
一発で復帰できました。これまでの教科書的なやり方では、考えられないことです。しかし、新型うつ病の患者さんを実際に治療したり、企業で職場復帰の支援をしたりしていると、このようなことばかりが起こります。
以上、ニュータイプなうつ病は治しにくいということを、精神科医としての私のグチも交えて、書かせていただきました。
精神科医の泣き言のように聞こえるかもしれませんが、教科書通りに治療ができないというのは、けっこうたいへんなことです。われわれ精神科医や患者さんもたいへんなのですが、患者さんのまわりの人たち、たとえば家族、上司、産業医、人事担当の方、学校の学生担当の先生などなど、いろいろな人たちを巻き込んでしまいます。現代ニッポンには、まことに困った病気がはびこってしまったものです。