目次
実社会の中の新型うつ病
本人と企業の損失
これまで、現代ニッポンには「新型うつ病」が蔓延していると書いてきましたが、企業においても例外ではありません。ここでは、「企業」と一言でまとめてしまっていますが、学校(教職員)、病院(医療従事者)、お役所、警察、消防、自衛隊、その他もろもろの公共団体においても同様です。「職場」という言い方をしたほうがよいかもしれません。
企業では、うつ病の社員がいるというのは、それだけで間接コストがかかります。むろん、以前から企業内にはけっこうたくさんのうつ病の患者さんがいて、間接コストはかかっていました。「そんなことはない。うちの会社には、昔はうつ病の患者なんていなかった」という、そこのあなた! 知らなかっただけです。本人と直属の上司と人事部と産業医だけが知っていて、他の社員にはもらさなかっただけです。
ところが最近は、知らなかったではすまなくなってきました。原因の一つは、治りにくい新型うつ病が増えたことにあります。
昔は、休養期間も短くてすみ、職場復帰もスムーズにできるオールドタイプのうつ病が多かったので、周囲には知られずにすむ確率が高かったのです。「そういえば、ヒンショー(品質保証課)の○○さん、しばらく休んでいたみたいだったけど、また出てきているのね」「なんか病気だったみたいだけど、すっかり元気になってよかったわね」
「そうだね」ってな具合で……。休んでいる期間が短く、職場復帰後は、またバリバリ働いてくれるので、企業が負担するコストも比較的安くすみました。
ところが、最近の新型うつ病の場合は、そうはいかない。まず、いったん休みはじめると、ズルズル続いてしまうことが多いので、所属しているセクションのみならず、他部署のウワサ好きの人にもわかってしまう。また、職場復帰もスムーズにできず、出てきたかと思うと、また休んでしまったりするので、さらに目立ってしまうというわけ。会社のほうも、その間は原則として社員に給料を払っていたり、代わりの人間を雇ったりしなければならないので、コストがかかる。最近は、非営利団体においても同様のようです。
企業内で精神科医として働いていて、気づいたことが一つ。昔のオールドタイプのうつ病の社員は、休ませるのがたいへんだった。本当に休養が必要なのに、いくら説得しても休んでくれない。上司まで呼んで、しぶしぶ納得してもらう。やっとこさ診断書を書く段になって、「やっぱり休まないとダメですか」と言ってきて、説得のやり直し。こちらは、休ませるのにたいへんなエネルギーを費やしていました。ところが、現代の新型うつ病の社員は、自分から休ませ
てくれと言ってくる。あるいは、受診する前からすでに休んでいて、診断書をくれと言う。「いや〜、楽になったな〜」と思っていたら、じつは職場に戻すときがたいへんだった、というオチがついていました。
うつ病患者さんの社会復帰への道・一般論
ここで、うつ病の患者さんが、いかにしてうつ病から回復し、職場へ復帰していくのかの一般論(教科書的な社会復帰への道)をみておきましょう。
まず、うつ病であることがわかった時点で、よほどの軽症でないかぎりは、自宅療養というかたちで休養を取ってもらいます。同時に、抗うつ薬による治療(薬物療法)を開始します。多くの場合、休養と薬物療法により、さまざまなうつ病の症状(たとえば、DSM‐Ⅳの診断基準Aにあるような症状や、漠然とした不安感など)は、1〜2ヵ月でほとんどなくなります。つまり、症状からみれば、うつ病はほぼ治った状態になります。これを、私は「病気の寛解」と呼んでいます。
ところが、この状態ではまだ、すぐに職場復帰というわけにはいきません。病気はなんとか治ったというレベルで、まだガス欠状態、充電不足の状態です。無理をして出社すると、すぐに疲れてしまい、しばらくして出勤できなくなることは目にみえています。場合によっては、うつ病の症状が出てしまうこと(再燃)もあります。
「病気の寛解」のレベルでは、家庭内で、たとえば家事などをするのもたいへんでしょう。ところが、さらにもう少しの間、休養と薬物療法を続けていると、家庭内で、自分の身のまわりのことぐらいはしても疲れなくなります。少し充電された状態とでも言いましょうか。このレベルを、私は「家庭内寛解」と呼んでいます。無職の方、リタイア後の方、家事手伝いの方であれば、この家庭内寛解のレベルでも、十分に社会復帰ができたと言ってもよいでしょう。
しかし、「家庭内寛解」のレベルでは、まだ職場復帰はしんどいと思われます。そこで、さらに休養と薬物療法を続けます。さらに充電された状態とでも言いましょうか、そうすると、今度は、出社だけならばなんとかできるというレベルにたどりつきます。
社内でバリバリ仕事をしたり残業をしたりすると疲れてしまうのですが、いわゆる9時〜5時であれば出動できるようになります。昔の植木等の映画ではないのですが、タイムレコーダーをガチヤンと押して、どうにか格好がつく状態です。このレベルを、私は「会社内寛解」と呼んでいます。ここまでくれば、ほぼ社会復帰完了と言っていいでしょう。
復帰したといっても、いわゆる「病み上がり」の状態ですから、最初はリハビリです。それでなくとも長期の休養で、休みボケをしており、うつ病をかかえていなくても、カンを取り戻すには時間がかかります。午前中だけの勤務を2週間から1カ月ぐらいやって、大丈夫そうであったら、次は9時〜5時。残業はなし。場合によっては、3時ごろまで仕事をするというステップをはさんでもいいかもしれません。
なお、うつ病の患者さんというのは、午前中のほうが調子の悪いことが多いので、復帰の際に半日勤務をさせるときには、午後からではなく、午前中のみというかたちにします。午前中に来られれば、午後もなんとかなるものです。
大きな組織ですと、資料整理、社内の厚生関係の仕事、組合関係の仕事といったリハビリ部門を用意しているところもあり、復帰の際にこれらの部署に回すこともあります。ちなみに、私はこれを「社内予備役」と呼んでいます。
まあ、こんなかたちで社会復帰をするのが、教科書的なパターンです。
オールドタイプのうつ病患者さんの場合、いつのまにか完全復帰
15年ぐらい前にうつ病になった社員のみなさんは、だいたい前述の一般論のように、教科書通りに職場に復帰していきました。オールドタイプのうつ病の患者さんは、自分がうつ病であるという認識に乏しいことが多いので、治療のレールに乗せるまでは苦労しましたが、いったんレールに乗ってくれれば、あとは楽チン。無理してアセって途中下車することはあっても、よほどのことがないかぎり脱線することはなく、職場復帰の終点まで行ってくれました。
また、この当時のニッポンの大企業には、「社内予備役」のような、うつ病になった社員が職場復帰する環境がそろっていました。「社内予備役」というのは私の造語ですが、リストラが淀ぞる前のニッポンの大企業は、けっこう余剰人員をかかえていました。いまや死語ですが、「窓際族」という言葉を覚えていますか? 出世街道をはずれた中年以降のサラリーマンが、会社に行ってもとくにこれといった仕事もないため、社内で新聞を読んだり、読んだ新聞の記事を資料と称して切り抜いたり、コーヒーを飲んだり、若いOLとおしゃべりしたりして、とりあえず5時までは時間をつぶし、そのうえ会社からは給料がちゃんと出ている。いまから考えると夢のような人たちがいました。ニッポンの大企業に、古きよき時代の年功序列・終身雇用制度が機能していたころのお話です(ちなみに、手元の広辞苑によると、予備役の本来の意味は、「現役を終わった軍人が、その後一定期間服する常備兵役。必要に応じて召集される」とあり、本来はリタイアした軍人を指します)。
話を元に戻しますと、昔のうつ病の患者さんが職場復帰する際には、このニッポンの大企業の「社内予備役」のシステムが役に立ちました。うつ病の患者さんが休んでいる間やリハビリ中には、社内予備役の人たちが患者さんの仕事をシェアしてくれました。むしろ、ここぞとばかりに、はりきって代わりを務めてくれました(究極のワーク・シェアリングですね)。また、職場復帰する際に、患者さんが一時的に社内予備役になって、からだを慣らすということもできました。
さらに、オールドタイプのうつ病になる社員は、もともとメランコリー親和型性格の人、つまり「いい人」が多かったので、職場の人たちも協力的。
「彼のためなら」と一肌も二肌も脱いでくれる上司・同僚・部下がいて、フォローしてくれるので、病み上がりでも大丈夫。本人も、もともと向上心が強いので、さほど時間をかけずして、いつのまにやら完全復帰というパターンが多かったのです。
新型うつ病患者さんは、社会復帰へ失敗を重ねやすい
続いては、現代の「新型うつ病」患者さんの社会復帰の話。こちらは、自分から休ませてくれと言ってきたり、すでに休んでいるので診断書を書いてくれと言ってきたりすることが多いので、治療のレールに乗せるまではかなり楽チンです。ここが、オールドタイプのうつ病と違うところ。さらに、いったん休ませると、けっこうカンタンに「病気の寛解」↓「家庭内寛解」までに至ります。早い人になると、家庭内寛解まで1〜2週間なんてこともあります。
ところが、新型うつ病がたいへんなのはここから。なかなか「会社内寛解」までいってくれません。というよりも、午前中半日の勤務でもギブアップなんてことがよくあります。じつは職場に戻すときにたいへんなのが、新型うつ病なのです。
しかも現代ニッポンでは、1990年代後半から進んだリストラにより、「社内予備役」のポジションがなくなってしまいました。家庭内寛解の次は、いきなり人手不足(またはギリギリの人員)の現場に投入されるといったことも、日常茶飯事に起こっています。
さらに、新型うつ病になる社員は、もともと「自己チュー」だったり、他罰的だったり、「KY」だったりといった「鼻つまみもの」が多いので、職場の人たちも非協力的。「なんで、あんな自分勝手なヤツのために、こっちが苦労しなきやならないんだ」と、上司・同僚・部下が陰性感情(マイナスの感情)をいだいていることが多いので、職場に戻っても浮いた存在。本人も、もともとヘタレだったりするので、さほど時間をかけずして、また会社に来なくなっていたというパターンが多いのです。
その結果、何度も職場復帰に失敗して、あれよあれよという間に、半年、1年、2年……と過ぎてしまいます。そうなってしまうと、さらに休みボケがひどくなり、復帰が
難しくなっていきます。さらに、疾病利得がからんでくると、もうお手上げ。「復帰できることのほうがキセキー」という感じになってきます。われわれ精神科医も、「あのとき、診断書を書いてあげなかったほうが、なんとかやっていけたのではないか」などと、いらぬ罪悪感をいだいたりすることもあります。
新型うつ病の患者さんのもう一つの特徴は、昔で言えば「反応性」または「不適応」といったタイプのうつ病が多いということ。つまり、仕事や会社そのものがストレス要因になっていて、それに反応して、うつ病になっているというパターンです。
ストレス要因には、むろん仕事が忙しいというのもありますが、最近は人間関係が原因となっているものがかなり多い。人間関係というと、上司や取引先などが真っ先に思い浮かびますが、意外と多いのが部下との関係。いままで下っ端だったのが、リーダー格を任されて、部下をどうまとめてよいかわからずにうつ病になった、なんてこともあります。
このタイプは、言ってみれば「苦手意識」がもとでうつ病になっているので、「患者さん(社員)が苦手意識をもっているもの」から遠ざけてあげると、出動できるようになったりします。
職場や特定の上司に苦手意識をもっているのであれば、職場を替えてあげる(一昔前なら、社長や大株主のご子息でもなければ、単なる甘えかワガママと言われて、切り捨てられていたでしょうが)。リーダー格を任されたことに苦手意識をもっているようであれば、もとの下っ端に降格する(じつは、この方法はオールドタイプのうつ病の患者さんに対しては、絶対にやってはいけないこと。ところが、新型うつ病の若者は、ニコニコしながら降格されて、さらにうつ病までよくなっちゃうからフシギです)。会社そのものに苦手意識ができちゃっている場合には……辞めてもらうしかないですね(それでも、会社を変えたらよくなったという患者さんが多いのも事実です)。
オールドタイプでも復帰が難しくなつてきた21世紀型企業
このページの前半で、古きよき時代(15年ぐらい前)のオールドタイプのうつ病患者さんの社会復帰は、教科書通りにできたと書きました。しかし、最近では、オールドタイプのうつ病患者さんの社会復帰といえども、なかなかうまくいかないことが多くなってきました。オールドタイプのうつ病患者さんの職場復帰は、20世紀の企業ではソフト・ランディング(軟着陸)だったのが、21世紀の企業ではハード・クラッシュ(墜落)の可能性が大。ニューータイプなうつ病と同様に、オールドタイプのうつ病の患者さんも、復職は一苦労。受難の時代を迎えたようです。
その一番の理由が、現代ニッポンの企業から、社内予備役がいなくなってしまったこと。前にも書きましたが、1990年代後半から進んだリストラ・人員整理により、ニッポンの企業から社内予備役のポジションがなくなってしまいました。それどころか、リストラを進めすぎて、職場から人がいなくなり、いままで10人でやっていた仕事を、5人でやらなければいけなくなった。そうなると、職場のみんなに余裕がない状態になる。そんなところに職場復帰しなければならない。とても「病み上がりなのでリハビリを」などとは言い出せないわけです。
昔は、社内予備役のシステムがあったおかげで、家庭内寛解から会社内寛解に上がるステップは階段式で、一段一段が低く、上りやすかったのですが、現代ニッポンでは、家庭内寛解→会社内寛解のステップの一段がとてつもなく高くなり、ここでつまずいてしまい、復帰できない可能性が出てきたのです。つまり、復職へのハードルが上がったのです。
昔も、人手が少ない職場というのはけっこうあった(中小企業などでは、とくにそうでした)のですが、ニッポン人特有の「和」の精神で、まわりの人たちからのフォローを受けて、なんとか社会復帰していきました。しかし、現代ニッポンではそうもいかないようです。リストラの結果なのか、派遣などの非正規社員を増やした結果なのか、ニッポン人のメンタリティが変化してしまったためなのかはよくわかりませんが、職場内がギスギスしてしまっており、さらにうつ病患者さんの復職を難しくしてしまっているようです。
うつ病を増やすのは、残業時間の多さと裁量権のなさ
企業内で精神科医として働いていて気づいたのですが、同じ企業内でも部署によって、うつ病になる社員の数に差があります。最初は、上役のパーソナリティの問題や、専門性(研究職か営業職かなど)の問題であろうと思っていたのですが、それだけではないようです。
第一のキーワードであると思われるのが、残業時間の多さ。週休2日、1日8時間勤務の企業で、月間の残業時間(時間外労働)が40時間を超える職場では、うつ病(オールドタイプのうつ病も、新型うつ病も)になる社員が増えてきます。さらに、月間の残業時間が、常に100時間を超えている職場では、同じ部署のなかで複数人の社員がうつ病になっていることが多いようです。人員を補充しないと、残された人たちの残業時間がさらに増えて、さらにうつ病の患者さんが増えるという悪循環を招きます。
厚生労働省も、月間の時間外労働が45時間以上を過重労働とし、とくに100時間を超える場合には、産業医による面接指導が義務づけられています(80時間以上では努力義務)。これは、脳卒中や心筋梗塞などを予防する(100時間を超える時間外労働をしている人は、これらの病気にかかりやすいことが知られているので)ための決まりですが、うつ病にもあてはまるようです。
しかし、残業時間のみが問題ではないようです。残業がほとんどない部署でも、複数人のうつ病の社員が出ることがありますし、みんなが残業しているような職場でも、フシギとうつ病にならないこともあります。企業ではないのですが、大学の研究室のようなところは、夜通し実験をしたり論文を書いていたりしているので、残業時間に換算すれば月間で200時間を超える人ばかりなのですが、ほとんどうつ病にはならない。病院の医師というのも、昔から過重労働の世界で、当直をはさんで36時間連続勤務なんていうのがザラ(私も研修医のころは、最大で月に17回、病院に泊まったという記録?
をもっています)。昔からそんな世界でしたが、フシギとうつ病にはならなかった(ただし最近は、うつ病になる医師が増えています)。それはなぜか?
ここで2つ目のキーワードとして出てくるのが、裁量権。同じような仕事をしていても、自分でコントロールできるのか、できないのかによって、うつ病になる確率が大きく違ってきます。
大学の研究室というのは、かなり自由裁量権が大きい世界。自分でやることを計画して、自分で成し遂げていく。むろん、締め切りがある仕事や、上から降ってくる仕事も多少はありますが、そういう仕事でも、いつやるか、などは自分の裁量のなかでできることが多いのです。
昔の医師も同様。よいか悪いかは別として、昔の医師というのは、患者さんやコメデイカル(看護師などの医療補助スタッフ)を前にして、自分の裁量でけっこうやりたいことができたのです(最近、医師の裁量権がだんだんと小さくなっていることと、うつ病になる医師が増えていることとは、関係があるのかもしれません)。
企業においても、たとえば上から決められたノルマがある営業職は、裁量権が小さいと思われます。次に小さいと考えられるのは、フツーの事務職。ベルトコンベアでの仕事(いまどきは、ほとんどないかもしれませんが)のような単調な仕事も、裁量権があるとは思えません。こういう人たちが過重労働になると、うつ病になりやすいようです。
反対に研究職などは、裁量権が比較的大きいと考えられるので、多少であれば残業をしても、うつ病にはなりにくいようです。しかし、企業は大学の研究室と違って、営利を追求しなければならないので、大学の研究職の人よりも、かなり裁量権が限定されているとは思いますが……。
どうやら、残業時間の多さと裁量権のなさがうつ病を増やしているようです。最後にもう一つあげるとすれば、達成感。多少の残業時間があっても、いくらか裁量権が制限されていても、仕事に対する達成感があれば、なんとかやっていける人も多いようです。ただし、コレはオマケみたいなもの。過重労働で、裁量権が小さい場合には、いくら達成感があっても、うつ病になる確率は高いようです。お役所の仕事というのは、新しいモノを生み出すという社会からの要請が少ないぶん、企業の仕事と比べて、達成感が低いような気がします(あくまで私の思い込みです。違っていたらゴメンナサイ)。最近、公務員にもうつ病の患者さんが増えているのは、このような理由があるからなのかもしれません。
私のまわりでも、達成感の低下がうつ病と関連しているのではないかと思われることがあります。昨今、いわゆる「モンスター・ペイシェント」や「クレーマー」などが増えてきており、社会問題になっています。それにともない、「最善を尽くしたのに感謝されるどころか、文句を言われちや割に合わない」と言う医師、つまり達成感を実感できない医師が増えています。さきほど、最近はうつ病になる医師が増えていると書きましたが、こんなところにも理由があるのかもしれません。
復職プログラムと今後の課題
まあ、こんなわけで、現代ニッポンの企業では、新型であろうがオールドタイプであろうが、うつ病の患者さんが復職するのがたいへんになってきています。
企業のほうも手をこまねいているわけではなく、人事部などが中心となって、産業医の協力のもと、場合によっては精神科医のコンサルタントまで雇って、うつ病からの復職プログラムをつくっています。いまや少数派になりましたが、厚生部などの社内予備役的な部署を残していて、とりあえずは、その部署に復帰、というかたちをとっているところもあります。
精神科の医療機関(精神科病院や個人のメンタルクリニック)でも、「リワーク・プログラム」などをやるところが増えてきています。ビルのフロアに「擬似職場」をつくって、そこに通わせるというような、かなり本格的なものまであります。さらに最近では、企業と医療機関がタイアップしているところもあります。私がコミットしている、ある旧財閥系・東証一部上場企業でも、人事部・産業医・私(精神科医)の三者で協議して、復職プログラムをつくっていますので紹介します。まず、うつ病の社員が職場復帰する際には、現在、治療してもらっている主治医から、復帰が可能である旨が盲かれた病状調査票を盲いてきてもらいます。そのうえで、産業医と私が、本当に出社が可能であるのかを、面接して確認します。なぜ、このようなことをするのかというと、フツーの精神科医というのは、企業の実情を知らない人が多いので、復帰可能であるという病状調査票を、安易に盲いてしまうことがあるからです。また、患者さんに懇願されて、しぶしぶ盲いてしまうこともあるようです。
産業医と私の面接により、本当に出社が可能であることが確認できたら、社内規定の復帰プログラムに乗せます。プログラムは2つのステップからなり、期間は最長で3ヵ月間です。3ヵ月の間にゴールまでたどりつけない場合には、会社内寛解のレベルに至っていないと考え、もう一度休養に入ってもらいます(場合によっては、主治医に治療法を変えてもらうこともあります)。
復帰プログラムの第1ステップは、午前中のみの半日出社です。定時の勤務時間が8時30分から5時15分までですので、8時30分までに会社に来てもらい、12時まで職場にいてもらいます。これを、1カ月続けてもらいます(—週間程度でしたら、いきおいで出社できてしまうことが多いので)。復帰する職場は、原則として、休む前にいた部署です。1カ月の間、1日も休まず(特別な理由がある場合を除く)に半日出社できたら、次のステップに進みます。1日以上の休みがあった場合には、さらにもう1カ月、午前中のみの半日出社にチャレンジしてもらいます。
復帰プログラムの第2ステップは、定時出退社です。8時30分までに会社に来てもらい、終業時刻の5時15分まで職場にいてもらいます。1カ月の間、勤務日の9割以上を出社できれば、このステップもクリアできたと考えます。ここでプログラムはゴールを迎えます。出社日が9割未満の場合には、さらにもう1カ月、定時出退社にチャレンジしてもらうことになります。
第2ステップをクリアできた時点で、「ならし出社」は終了となり、完全に復職したと認めます。以前は、3時までの出社というのをはさんでいた時期もあったのですが、諸般の事情で、現在はやっていません。企業の事情によっては、この3時までの出社というパターンをはさんでもよいかもしれません。
このプログラムを始めてから、復職率が多少は上がったようです。とくに、オールドタイプのうつ病の患者さんに関しては、復職率が上がりました。もっとも、同時に力を入れている、社内でのうつ病に関する管理職向けレクチャーや、健康保険組合主催の全社員向けレクチャーによって、社員のうつ病に対する理解が高まったことによる影響もあるのかもしれませんが……。
しかし、残念ながら、最近増えている新型うつ病の患者さんは、復職プログラムから脱落するケースが多いようです。第1ステップの半日出社の段階で、休みがちになる。あるいは、半日出社はなんとか来られるのですが、第2ステップの定時出退社になると、休みや遅刻が多くなって、9割出社をクリアできない。つまり、なかなか復職できない。精神科医に聞くと、他の企業でも同じような傾向があるようです。こういった新型うつ病になってしまった社員を、いかにして復職させていくかが、これからの課題であると考えられます。