うつ病

新型うつ病の治療方法

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新型うつ病の治療方法

このページでは、「新型うつ病」の治療法について書こうと思っているのですが、なにせ「教科書破り」な病気なもので、コレさえやれば一安心という治療法があり
ません。とは言うものの、やみくもにヘタな鉄砲を数撃っても、当たる確率は低いので、とりあえずは教科書的な治療をしてみるというのはどうでしょうか?

とりあえず教科書的な治療をしてみる

まずは、王道である教科書的な治療をしてみましょう。コレと決めた1種類の抗うつ薬を、十分量まで、十分期間、使ってみましょう。オールドタイプのうつ病の患者さん
には、この方法が最善です。新型うつ病の患者さんも、多くはこの方法でソコソコはよくなります。
うつ病治療に関する教科書としては、精神医学の専門知識があり、英語が読めるようであれば、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の「Practice
Guidelines(プラクティス・ガイドライン)」あたりがお動めです。アメリカ精神医学会のホームページから、無料でダウンロードできます。
なかなかよくならないといううつ病の患者さんをみていると、十分量の抗うつ薬をのんでいなかったり、十分な効果が出る前にクスリをやめていたり、替えていたりしていることが多いようです。また、これはニッポン特有の現象なのですが、2種類以上の抗うつ薬をちょこっとずつ使っているという例。専門的には「多剤併用」というのですが、一番やってはいけない方法です。
新型うつ病治療で、一つ注意しないといけないのは、双極型の場合。うつ病に対する教科書的な治療をしてもよくはなりません。一時的にはよくなることもありますが、長い目で見ると、病気が慢性化してしまうようです。双極型のなかでも、双極Ⅱ型障害の場合はアンダー・ダイアグノーシスであることが多いので、さらに注意が必要です。まず、どのタイプの新型うつ病なのかをみきわめることが大切です。
双極型のうつ病(双極性障害)の患者さんに対しては、炭酸リチウム(商品名・リーマス)などの気分安定薬を中心とした治療をしなければなりません。抗うつ薬は、可能なかぎり使わないほうがよいでしょう。また、教科書的な治療では効果がなく、双極スペクトラム障害が疑われる場合にも、気分安定薬を中心とした治療に切り替えたほうがよいかもしれません。

もともと、うつ病の治療成績は良くない

もともと、うつ病には抗うつ薬が効きにくいというデータがあります。2004年にアメリカで、2876人のうつ病患者さんを対象におこなったSTAR*D(スター・ディーと読みます)と呼ばれる研究です。この研究の結果によれば、アメリカでその当時もっともよく使われていたシタロプラムという抗うつ薬(SSRI)による14週間の治療をおこなっても、寛解(うつ病の症状がほとんど消えた状態)に至ったのは、32・9%。なんと、最初に使った抗うつ薬で、うつ病が完全によくなる確率は3分のI以下! つまり、3人に1人にしかクスリが効かなかったのです。
ところで、STAR*D研究のスゴいところは、ここから先。第1段階のシタロプラムでよくならなかった患者さんには、第2段階の治療(別の抗うつ薬に替えたり、別のクスリや認知療法を追加したりする)、第2段階の治療でもよくならなかった患者さんには第3段階の治療(さらに別の抗うつ薬に替えたり、炭酸リチウムやT3と併用したりする)、第3段階の治療でもよくならなかった患者さんには第4段階の治療(さらに別の抗うつ薬に替える)と4段構えの治療をおこない、寛解率を観察したのです。
その結果、第2段階の治療では、さらに17・6〜30・1%、第3段階の治療では、さらに19・3〜24・7%、第4段階の治療では、さらに6・9〜13・7%の寛解率の上乗せがあったのですが、第4段階までやっても、患者さんの33%は寛解していませんでした。つまり、うつ病の薬物療法というのは、とことんやっても3分の1の患者さんには効果がないということなのです。意外な結果でしょう。
「うつ病は治る」というのは、幻想だったのです。これまで、われわれ精神科医もマスメディアもウソをついていました。ゴメンナサイ、反省。やはり、うつ病は「心の風邪」などではなかったのです。
しかし、言い訳を一つだけさせてもらうと、クスリが3分の2の患者さんにしか効かないというのは、じつはうつ病にかぎったことではないのです。高血圧の治療でも、脂質異常症(高コレステロール血症)の治療でも、だいたい同じような結果なのです。あなたのまわりでも、「いろいろとクスリをのんでいるのに、なかなか血圧が下がらない」とか「いくらクスリを替えても、コレステロールが全然下がらない」と言っているヒト、けっこう多くありませんか(あるいは、あなた自身がそうかもしれませんが)。
さらに、最近の別の研究では、軽症のうつ病ほどクスリが効かないというデータも出ています。むしろ、重症の患者さんのほうが、抗うつ薬がビシッと効く。そういえば、新型うつ病は、重症度的には軽症や中等症の患者さんが多い。なるほど、クスリが効きにくいわけです。
だったら、なおさら徹底的に、STAR*D研究ではないですが、効かなければ第4段階までは試してみたいですね。

抗うつ薬や気分安定薬をしっかりのんでみる

しかし、アレコレやってみる前に、最初に選んだクスリの量が十分かどうかを確認する必要があります。まず、第1段階からしっかりやりましょう。残念ながら、第1段階からして、十分量のクスリが出されていないことが多いというのが、現代ニッポンの精神科医療の現実。このあとの「一度クスリを整理してみる」でも説明しますが、クスリの種類は多いのに、肝心の抗うつ薬の量が少なかったりするというのは、けっこうよくみられるパターンです。
また、双極型のうつ病の治療に使う気分安定薬の量が、抗うつ薬にさらに輪をかけて少なすぎるというのも、現代ニッポンの精神科医療の現実。炭酸リチウムをはじめとした気分安定薬は、同じ量をのんでいるのに、患者さんによって血中濃度が違うということがあります。炭酸リチウムの血中濃度を一度も測っていないなどというのは論外ですが、効果が出ないと思っていたら、じつは有効血中濃度に達していなかっただけ。そんなことがよくあります。ちなみに、炭酸リチウムの血中濃度がO・8mEq/L未満で、なおかつ効果が出ていないならば、血中濃度がO・8mEq/Lを超えるまで炭酸リチウムの服用量を増やして、8週間は様子をみてみましょう。それでダメなら、あきらめて次の段階に進みましょう。
最後に、炭酸リチウムの血中濃度を測るときのウンチクを一つ。血中濃度は、最後に炭酸リチウムをのんでから19‐時間以上たってから測りましょう。朝のクスリを8時にのんで、病院で午前10時に採血すれば、とんでもなく高い数値になっているはず(そのデータをみてクスリを減らすのは言語道断!)。前の日の夜にクスリをのんだら、検査する日の朝はクスリをのまないで採血するのが正解です。

いろいろな薬物療法を根気よくおこなう

さて、抗うつ薬や気分安定薬をしっかりのんでみたけれども、イマイチ効かなかったという場合にはどうしましょう。
抗うつ薬で治療していて効かなかった場合には、「もしかして双極型では?」と、いま一度疑ってみてもよいかもしれません。双極型の疑いがあるときには、クスリを気分安定薬に替えるとよいでしょう。
では、どう考えても双極型とは思えないのに、抗うつ薬が効かないというときは?そんなときは、別の抗うつ薬に替えてみるというのも一法です。さきほど紹介したST
AR*D研究の結果によれば、最初の抗うつ薬(シタロプラム)で寛解しなかった患者さんでも、次の抗うつ薬に替えると、17・9〜24・8%が寛解しています。20%程度の寛解率の上乗せがある。つまり10人に2人ぐらいは、効果があるようです。もう一つ、抗うつ薬に別のクスリを加えるという方法もあります。これは、「オギュ
メンテーション(augmentation)」とか「増強療法」などと呼ばれている方法です。こちらも、20%程度の寛解率の上乗せがあるようです。オギュメンテーションに使うクスリはいろいろありますが、確実に効いたという証拠があるクスリ(専門用語では「エビデンス・レベルの高い治療」と言います)は、炭酸リチウム、T3、非定型抗精神病薬、ミルタザピンぐらいです。ほかにもいくつかのクスリが知られていますが、いずれも偶然に効いた可能性もあるクスリ(専門用語では「エビデンス・レベルの低い治療」と言います)ですので、最初から試すのはお勧めできません。まあ、前述の王道のクスリをぜんぶ試してもダメだったというときには、使ってみる価値はあるかもしれませんが・・・。

炭酸リチウムやT3

炭酸リチウム(商品名・リーマス)は、昔からオギュメンテーションに使われていたクスリの代表。以前は、抗うつ薬が効かない患者さんの半分に、炭酸リチウムのオギュメンテーションが効くと言われていたのですが、これはどうやらアンダー・ダイアグノーシスの双極型が混じっていただけのよう。実際には、伯V20%の寛解率の上乗せがあるだけのようです。前にも説明したように、血中濃度が重要なクスリです。O・8mEq/L未満で、なおかつ効果が出ていないならば、血中濃度がO・8mEq/Lを超えるまで炭酸リチウムの服用量を増やして、8週間は様子をみてみましょう。
T3(商品名・チロナミン)は甲状腺ホルモンのI種なのですが、これも昔からオギュメンテーションに使われていたクスリ。以前は、三環系抗うつ薬が効かなかった患者さんにしか効果がないと言われていましたが、研究の結果、最近ではSSRIなどの新しい抗うつ薬が効かなかった患者さんのオギュメンテーションにも使えるという証拠がそろいました。同じ甲状腺ホルモンでも、T4(商品名・チラーヂン)は、オギュメンテーションのクスリとして効果的であるという証拠に乏しいクスリ(エビデンス・レベルの低い治療)ですので、間違えないようにしましょう(けっこう、精神科医でも間違ってT4を使っていることが多いので……)。

非定型抗精神病薬

オギュメンテーションのクスリとして、最近、注目を浴びているのが非定型抗精神病薬。エビデンス・レベルが高い非定型抗精神病薬としては、オランザピン(商品名・ジプレキサ)、リスペリドン(商品名・リスパダール)、アリピプラゾール(商品名・エビリファイ)、クエチアピン(商品名・セロクエル)が知られています。もともとは統合失調症という別の病気の治療薬として使われていましたが、少量を使うと、オギュメンテーションのクスリとして効果的なこともあるようです。ただし、使いすぎると、ボーツとしたりして逆効果のようです。
とくにオギュメンテーションのクスリとして注目されているのが、アリピプラゾール。3〜6呵程度のごく少量のアリピプラゾールを加えると、寛解に至ることがありま
す。ただし、効かないからといって服用量を増やすと、逆にうつ病が悪くなることもあるようなので、サジ加減が必要です。

ミルタザピン

ミルタザピン(商品名・リフレックス、レメロン)は、平成21(2009)年9月に発売となった抗うつ薬。ニッポンでは新薬ですが、欧米では15年ぐらい前からフツーに使われている抗うつ薬です。
2種類の抗うつ薬を組み合わせて、—種類のときよりも効果的であったという証拠をもつ組み合わせは、これまで3つしか知られていません。そのうち、ニッポンでできる組み合わせは、他の抗うつ薬十ミルタザピンの組み合わせのみ!(ミルタザピンの発売前までに、ニッポンの精神科医の多くがやっていた2種類以上の抗うつ薬の組み合わせというのは、じつは科学的には何の根拠もないものだったんですね)ちなみに、ミルタザピンはれっきとした抗うつ薬ですから、単独で使ってもうつ病に効きます。単独でも、オギュメンテーションのクスリとしても使えるクスリなのです。
その他、ワラにもすがりたいヒト向け
いわゆる「エビデンス・レベルの高い治療薬」は、以上のクスリだけ。あとは、効いたという報告はあるものの、偶然に効いた可能性もあるクスリ。ワラにもすがりたいヒト向けです。ドパミン作動薬、ステロイド・ホルモン、漢方薬の六味丸やハ味地黄丸などが知られています。
ドパミン作動薬は、本来はパーキンソン病という病気の治療薬。これが、難治のうつ病のオギュメンテーションに使われることがあります。ドパミン作動薬のオギュメンテーションの研究は、じつはニッポンが一番進んでいます(北海道大学が世界でもトップレベル)。ステロイド・ホルモンは、オギュメンテーションのクスリとして効果的という報告もあるのですが、長期に使うと、逆にうつ病を悪くするとも言われています。漢方薬の六昧丸やハ昧地黄丸は、じつは私の報告ですが、一部の寛解していないうつ病患者さんには、効果的なようです。

一度クスリを整理してみる

前にも書きましたが、2種類以上の抗うつ薬をちょこっとずつ使っているという例が、ニッポンでは非常に多いんです。「多剤併用」では、「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」といった感じで、ひどいときには抗うつ薬が3種類も4種類も出ていることがある。数がたくさん出ていれば、少なくともどれか一つは当たるだろう……と思うのはシロウトの浅はかさ(ということは、多剤併用をしているニッポンの精神科医は、シロウト並みのレベルということか?)。前にも書いたように、2種類の抗うつ薬を組み合わせて、—種類のときよりも効果的であったという証拠をもつ組み合わせは3つだけ(そのうち、ニッポンでできる組み合わせは、他の抗うつ薬十ミルタザピンの組み合わせのみ)。
3種類以上の抗うつ薬の多剤併用がよいというデータは、一つもありません。それどころか、2種類の抗うつ薬を使えば有害作用(副作用)は2剤分、3種類の抗うつ薬を使えば有害作用は3剤分、4種類の抗うつ薬を使えば……というわけで、メリットは何もなし。デメリットばかり出てきます。さらに、SSRIという種類の抗うつ薬は、ほかの抗うつ薬といっしょにのむと、ほかの抗うつ薬の分解を遅らせてしまうので、肝臓や心臓に負担をかけてしまいます。
というわけで、抗うつ薬の多剤併用は、一番やってはいけない方法。早めに整理しましょう。抗うつ薬の多剤併用をするくらいならば、オギュメンテーション(抗うつ薬の効果を増強する薬剤を併用する治療法)のほうが、理にかなっています。
オギュメンテーションで思い出しましたが、同時に何種類ものオギュメンテーションのクスリが出されているというのも、ニッポンの精神科の臨床現場でよくみられるシーンです。これも、どのクスリがどれだけ効いているのかわからないので、やめるべきでしょう。ベストは、—種類の抗うつ薬(または気分安定薬)十—種類のオギュメンテーションのクスリです。徹底的に治療するというのは、やみくもにクスリの種類だけを増やすことではありません。
それから、これもニッポン特有の現象ですが、ベンゾジアゼピンの使いすぎの問題。ベンゾジアゼピンというのは、精神安定剤や睡眠薬(睡眠導入剤とも言います)などのことです。ニッポンの精神科医は、なぜかベンゾジアゼピンが大好き。ベンゾジアゼピンの代表格のトリアゾラム(商品名・ハルシオンなど)は、ニッポンだけで世界の6割以上も消費していると言われています。一昔前、どんな料理にでも化学調味料をかけるというヒトがいましたが、ニッポンの精神料医のなかには、いまだにどんな患者さんにもベンゾジアゼピンを処方するという人がけっこういます。ベンゾジアゼピンという種類のクスリは、「眠れない」とか「不安でしょうがない」とか言えば、けっこうカンタンに処方してもらえます。治療前のうつ病の患者さんは、眠れなかったり不安が強かったりすることが多いので、このクスリが重宝することもあります。たしかに、うつ病の治療開始後4週間以内であれば、ベンゾジアゼピンの併用は有効であるというデータがあります。しかし、使ってもいいのはここまで。それ以降
は、抗うつ薬のみで治療するのと、効果の面においては差がありません。
むしろ、ベンゾジアゼピンという種類のクスリは、—ヵ月以上続けて使うと依存症になる可能性が高い。つまり、やめられなくなる可能性が高くなることが知られていま
す。さらに、これは確定したデータではないのですが、長期のベンゾジアゼピンの服用は、逆にうつ病の治りを悪くしたり、一度治ったうつ病を再発させたりするリスクを上げるとされています。だから、いくら眠れない、不安だからといって、1カ月以上続けてベンゾジアゼピンをのむというのは愚の骨頂。早めに整理しましょう。
難治のうつ病の患者さんの処方薬をみると、ベンゾジアゼピンが何種類も、何ヵ月にもわたって(場合によっては、何年にもわたって)出されていることがあります。こういう患者さんは、必ず「コレをのまないと眠れなくなるんだ」とか「コレがないと不安だ」と言うのですが、何のことはない、クスリの依存症になっているだけ。禁断症状(専門的には「離脱症状」とか「ベンゾジアゼピン離脱症候群」と言います)で眠れなくなっていたり、不安になっていたりするだけです。禁断症状が出ている最初の1〜2週間の間はけっこうつらいのですが、その後は何とかなることが多いので、心配無用です。禁断症状をなるべく出にくくするためには、ベンゾジアゼピンを、たとえば2週間おきに、4分の1ずつ減らしていくとよいようです。健闘を祈ります。こうして、抗うつ薬やオギュメンテーションのクスリを整理したり、ベンゾジアゼピ
ンを中止したりすることによって、逆にうつ病がよくなることもあります。まさに「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。最後に、十分量の抗うつ薬を服用し、なおかつムダなクスリを整理することによって、うつ病がよくなったXさんの例をあげておきます。Xさんは、46歳の専業主婦。会社員の央と高校生の子どもがいる。2年前、家族内のトラブルをきっかけに、うつ病を発病。自宅近くのメンタルクリニックを受診して、少量の抗うつ薬と2種類のベンゾジアゼピンを処方された。しかし、副作用が強かったらしく、抗うつ薬は最低量からまったく増量されていなかった。当然のことながら、うつ病はよくならなかったが、不眠やイライラを訴えるたびに、ベンゾジアゼピンの種類と量が増やされた。ある日、Xさんは知人の医師から「こういうクスリの出され方はオカシイ」「調子が悪いのは、クスリののみすぎではないか」と指摘され、この医師の紹介で、私の外来を訪れた。
私がはじめて×さんを診たときには、いわゆるうつ病の不完全寛解(つまり、うつ病が治っていない状態)であった。抗うつ薬は1日10昭のパロキセチン(商品名・パキシル)のみで、5種類のベンゾジアゼピン(精神安定剤や睡眠薬)と胃薬などが処方されていた。×さんによると、「抗うつ薬は副作用が強いので増やしたくない」と言ったら、ベンゾジアゼピンや胃薬などがどんどん増やされたとのことであった。これだけのクスリをのんでいるのに、家事はできず、つねにイライラし、不眠も訴えていた。
そこで私は、うつ病の治療には十分量の抗うつ薬をのむことが必要であることと、ベンゾジアゼピンの長期投与はやめるべきであることを×さんに説明し、抗うつ薬の増量
とベンゾジアゼピンの減量を開始した。抗うつ薬のパロキセチンは1ヵ月ほどかけて、十分量である1日40昭まで増やした。ベンゾジアゼピンは、鎮静作用が強く依存のリスクが低いクスリ(抗精神病薬や抗てんかん薬)などの力も借りて、3ヵ月ほどかけて、なんとかゼロまでもっていった(胃薬もやめた)。
ベンゾジアゼピンの減量中は禁断症状もひどかったようで、私の外来を受診するたびにグチのオンパレードだったが、なんとか根気よくクスリを整理して、3ヵ月後には1日40mgのパロキセチンのみになった。抗うつ薬のパロキセチンを増やした際の副作用もそれなりに強かったが、こちらもがんばってのんでもらったところ、1カ月程度で気にならなくなった。
クスリの整理が終わったころには、うつ病は家庭内寛解のレベルまで改善し、家事なども問題なくできるようになった。もちろん、イライラや不眠も解消された。

電気けいれん療法は困った時の切り札

電気けいれん療法(ECT: electroconvulsive therapy)という治療法があります。「電気」とか「けいれん」と聞いて、それだけで引いてしまったあなた、まあ、無理もないでしょう。でも安心してください。いまのECTは、昔と違って、麻酔をかけて筋弛緩薬も打ってからやるので、実際にはけいれんは起きませんし、とても安全です。ECTは、クスリによる治療(薬物療法)よりも安全性が高いので、「高齢者や妊婦さんにはクスリよりもECTのほうがよい」と言っている研究者もいるぐらいです。効果の面では、この世の中に存在するどの抗うつ薬よりも、抗うつ作用が強いことが知られています。とくに、自殺願望の強いうつ病患者さんには効果的です。双極型のうつ病に対しては、ECTを第一選択のレパートリーの二つに加えている国(アメリカなど)もあります。むろん、新型うつ病にも効果的なはずです。
それでは、なぜ、すべてのうつ病の患者さんにECTをしないのかって? 理由は2つあります。
—つ目の理由は、入院が必要になることが多いから。ECTは、週に2〜3回の割合で、合計6〜12回(これを「Iクール」と言います)おこなうのが普通です。そうすると、終わるまでに、だいたい1カ月程度かかるわけです。ECTをするためには、麻酔をかけたり筋弛緩薬を打ったりする必要があるので、外来では難しい。やはり、入院での治療ということになります(最近では、外来でECTをやる医療機関もありますが)。
2つ目の理由は、効果が持続しないから。ECTは、たしかにうつ病に対して効果があるのですが、その神通力は2ヵ月程度でなくなってしまいます(その後は、うつ病の症状が再燃します)。そこで、通常は、そうなる前に抗うつ薬や気分安定薬を開始して、うつ病の再燃を防ぐのですが、クスリヘの切り替えに失敗するリスクというのもあります。
そういうわけで、ECTはうつ病治療の主流にはならないのですが、困ったときの切り札にはなります。根気よく薬物療法をやった。クスリも整理した。診断も、どうやら間違いなさそうだ。でも、よくならない。そんなときには、ECTを試してみてはいかがでしょうか?

認知行動療法(CBT)と対人関係療法(IPT)は薬物療法と並行して

クスリやECT以外で、うつ病に対して確実に効いたという証拠がある治療法(エビデンス・レベルの高い治療。185ページを参照)は、認知行動療法(CBT一
cognitive‐behavioral therapy)と対人関係療法(IPT:interpersonal therapy)0どちらも、精神療法とか非生物学的治療と呼ばれる治療法の一つです。CBTもIPT
もjっつ病に対するエビデンスーレベルの高い治療ではあるのですが、よっぼどの軽症例でもないかぎり、これら単独で治療するのは難しいでしょう。通常は、クスリによる治療(薬物療法)と並行してやります。
うつ病になりやすいヒトは、ものごとを何でもネガティブに考えてしまうことが多いとされています。CBTは、すべてのものごとに対して、これまでよりも、より柔軟に考えたり、態度や行動をとれたりできるように訓練していく治療法。そうすることによって、カンタンにはうつ病になりにくい人間をつくっていくことを目標にした精神療法の一つです。
同様に、うつ病が治りにくいヒトは、周囲の人たちとの対人関係がストレッサー(ストレスの原因になる要素)となっていることが多いとされています。IPTは、「現
在」の「対人関係」に焦点を当てて、患者さんにとって重要な他者との対人関係上の問題点を探り出し、解決法を見出していく治療法。そうすることによって、少なくとも対人関係によって、うつ病が悪化するのを防ぐことを目標にした精神療法の一つです。CBTもIPTも、くわしく説明しているとそれだけでI冊の本になってしまいますので、内容に関するこれ以上の説明はこの本ではパス。専門書を読んでください。
最近、CBTとIPTが注目されているのは、うつ病を反復する(繰り返す)患者さんに対する予防効果があるらしいということが知られるようになったから。たとえば、クスリでいったんはよくなるのに、職場に戻るとすぐにうつ病が再発してしまう患者さんを、職場に戻ってもおいそれとは再発しない人にするために、CBTやIPTを施行します。新型うつ病の患者さんでは、家庭内寛解まではするものの、いざ職場復帰という段階で、うつ病が再発してしまうことが多いので、CBTやIPTが有効かもしれません。
CBTは、ある程度インテリジェンスの高い患者さんでないと、成功するのが難しいようです。IPTは、対人関係上のつまずきが再発の原因になっている場合には、有効なようです。対人関係が下手な新型うつ病には、もってこいの治療法かもし
れません。最近は、CBTもIPTも、たとえば週—回1時間のセッションが合計で10回といった感じのセットになっているものが多いようです。
CBTやIPTの問題点は、手間暇がかかること。費用の面でいうと、やればやるほど赤字(保険診療の場合)になるので、精神科医としては、正直に言うとあまりやりたくない。だから、ニッポンではCBTをちゃんとやっている医療機関が少ない(IPTに至っては、ほとんどやっていません)。しかたがないので保険外診療でやっているところもあります。興味のある方は、インターネットの検索エンジンを駆使して、CBTやIPTをやっている医療機関を探してみてください(便利な世の中になりましたね)。
とにかく、社会復帰にあたって何度も失敗(再発)している方には、一度試してみてもいい治療法かもしれません。

うつ病を治びにくくしている要因と正面から向き合う

クスリやECT、CBTやIPTなどは、医療者側が提供すること(もっとも、CBTとIPTは、ある程度、患者さん自身の努力も必要ですが)。これから説明することは、ほぼ100%患者さん自身が解決すべきもの。というか、患者さん本人にしかできないことです。
それは、病気を治りにくくしているさまざまな要因と正面から向き合って、その要因を解決しましょうということです。具体的には、「疾病利得」「他罰的なパーソナリティ傾向」「アルコールの問題」など(共依存など、患者さん以外の要因もからむ問題は、次項で説明します)。これらに対して正面から向き合い、一つ一つ解決していくわけです。
「正面から向き合う」というのは、けっこうエネルギーがいります。できれば、やりたくない。避けて通りたい。でも、これらの問題に正面から向き合うことを避けていると、いつまでたってもうつ病からすっきり回復しない。つまり、なかなか社会復帰できない。あるいは、いったんは社会復帰できても、すぐに元の木阿弥になってしまいます。だから、解決しなければならない。自分自身の手で。サミュエル・スマイルズの「自助論(西国立志編)」の序文のごとく、「天はみずから助くる者を助く」のです。

疾病利得

うつ病にかぎらず、病気であることによって、何らかの恩恵を受けられることを「疾病利得」と言います。うつ病が治りにくくなっている患者さんのなかには、何らかの疾病利得がある人が多いようです。
具体的に説明すると、たとえばこのようなもの。うつ病で仕事を体んでいても、保険金や傷病手当金がもらえるので、経済的には困らない。うつ病であることを理由に、
堂々と仕事を体めたり、家事をしなかったり、学校に行かなくてすんだりする。うつ病が悪化している間は、ご主人が早く帰宅し、家事もやってくれる。うつ病だということで、家族も会社のみんなも気をつかってやさしくしてくれる……などなど。疾病利得には、意識的な(自分でも気づいている)ものもあれば、無意識的な(自分
では気づいていない)ものもあります。いずれにせよ、何らかの疾病利得があるうちは、うつ病がなかなかよくなってくれない。疾病利得にひたっていられるというのは、けっこう楽な状態なので、ついつい抜け出せなくなるものなのですが、ぬるま湯につかっていては、いつまでたってもダメなまま。いまの「けっこう楽な環境」になじまないことが大切です。
「背水の陣」ということわざがあります。疾病利得というぬるま湯から出て、自分自身を追い込んでみたほうがよいこともあります。

他罰的なパーソナリティ傾向

なかなか治らないうつ病患者さんは、えてして他罰的(74ページを参照)なパーソナリティ傾向の持ち主であることが多いようです。別の言葉で言うと、自己愛傾向の強い人が多い。患者さんの主張や言動を聞くと、だいたいわかります。「会社が悪い!」「忙しすぎる職場が悪い!」「理解の足りない上司が悪い!」「いたわってくれない夫が悪い!」……自分は悪くない、みんなまわりがすべて悪いんだといった論調。
こんな性格じゃよくならないよ、というのはシロウトさんでも思いつきそうなこと。
他罰的なパーソナリティ傾向をもっていると、うつ病は治りにくい。新型うつ病の患者さんには、他罰的な人が多い。これは、おそらく間違いありません。
ということは、他罰的なパーソナリティ傾向を直せば、うつ病がもっとよくなるかもしれません。本当に会社(職場・上司)や家族だけが悪いのか。自分には、まったく落ち度がないのか。じつは、うつ病患者である自分は、みんなから助けてもらっているのではないのか。このようなことを常日頃から自省し、まわりの人々や環境に対して、感謝の念をもつように心がけることが大切です。
とは言うものの、一度しみついた性格を直すというのは、なみたいていなことではないのですが……。もっとも、あまり自罰的・自虐的になりすぎるのも、うつ病にとってはよくないようなので、バランスが難しいところです。

アルコールの問題

アルコール依存症を併存しているうつ病の患者さんは、うつ病もアルコール依存症も治りにくいというのは、第W章でも説明した通りです。
なかなか治らないうつ病患者さんをみていると、アルコール依存症の診断はつかないまでも、うつ病の症状や悩みを、お酒を飲むことによって紛らわそうとしている人が多いのは事実。眠れないので睡眠薬代わりにお酒を飲んでいるという患者さんもいます。いずれにせよ、アルコールはうつ病を治りにくくしているファクターの一つですので、思いきって禁酒をしましょう(……とは言うものの、実行するのはけっこうたいへんだったりするのですが)。

規則正しい生活と「空気を読む」練習を

そのほかにも、うつ病を治りにくくしている要因にはいろいろあると思うのですが、最後に注意点をもう2つだけ。—つ目は「規則正しい生活」を心がけること。2つ目は「空気を読む」練習をすること。
まずは、規則正しい生活の話。うつ病で長く休んでいると、どうしても生活がだらけてきます。べつにうつ病じゃなくても、長い休暇の間は生活が不規則になりがちですから……。さらに悪いことに、うつ病は午前中にとくに調子が悪くなる病気。朝、起きられなかったり、起きられてもフトンから出られなかったりします。そうすると、今度はだんだんと夜型の生活になっていき、昼間に寝て夜は起きているという、いわゆる「昼夜逆転」の状態になりがちです
こうなってしまうと、社会復帰が極端に難しくなってしまいます。そうならないためにも、休んでいる間も、規則正しい生活を心がけましょう。
次に、空気を読む練習の話。前にも書きましたが、新型うつ病の患者さんには「KY」、つまり空気が読めない人が多い。
じつは、私たちの研究グループは、うつ病の患者さんにおける「心の理論」について研究しています(ちゃんと研究活動もしているんです。意外だったでしょ)。「心の理論」というのは、ひらたく言えば、相手が考えていることをしっかりと読めているかどうか、つまり「ちゃんと空気が読めている」かどうかという能力についてのこと。うつ病の患者さんのなかには、心の理論能力が保たれている人(つまり、空気の読める人)もいれば、心の理論能力が欠損している人(つまりKYの人)もいます。これまでのわれわれの研究データから、心の理論能力が保たれている人は、うつ病がいったん治ったあとは、容易には再発しないのに対して、心の理論能力が欠損している人では、うつ病が治ったあとでも、1年以内に再発してしまう可能性がきわめて高いことがわかりました。どういうことかというと、空気の読める人であれば、うつ病がいったん治って職場復帰したあとは、うつ病が再発せずに、ずっとフツーにやっていける確率が高いのに対して、KYの人では、うつ病がいったん治って職場復帰したあとでも、すぐにうつ病が再発して、また休んでしまう確率が高いということ。
「空気が読める」というのは、うつ病からの社会復帰を果たすうえで、大切なことだったんですね。ちょっと前に、「空気なんか読むな」というファーストフードのCMがありましたが、KYでもやっていけるのは、たぶん北島康介とかイチローとか、一部の天才のみ。凡人のアナタは、ちゃんと空気を読む練習をしましょう。
もっとも、KYの人を「空気が読める」人にするというのは、かなり難しいことです。これをやれば空気が読めるようになるという確実な方法はありません。一部のKY
の人には、IPTが効果的なこともあるのですが……。

家族や上司・同僚にできること

新型うつ病は、かかっている本人もけっこうツラいのですが、患者さんと四六時中付き合わなければならない家族もたいへん。家族ほどではないにせよ、ニュータイプなうつ病の患者さんを部下に持ってしまった上司のみなさんにも同情いたします。そこでこの項では、新型うつ病の患者さんを家族や上司・同僚などにも
ってしまった場合に、どのように対応したらいいのかについて書きます。陰性感情をもたないように心がけるまず、患者さんに対して、またはうつ病そのものに対して、ネガティブな感情というか否定的な感情(陰性感情)をもたないようにすることが大切です。
しかし、とくに新型うつ病の患者さんは、もともと自己チューだったり、他罰的だったり、KYだったりといった「鼻つまみもの」が多いので、聖人君子でもないかぎりは、「陰性感情をもつな]と言われても、それは至難のワザ。身内であればともかく、単に職場がいっしょというだけの人々にとっては、新型うつ病の患者さんをみていると、ハラの立つことが多いとは思います。治療しているプロ(精神科医)ですら、新型うつ病の患者さんに対しては、しばしば陰性感情をもつことがあるぐらいですから、まあ、しようがない。
でも、そこはじっとガマンしていただいて、陰性感情をもたないように心がけてください。陰性感情をもったところで、人間関係が悪化することはあれ、何の解決にもなりません。ハラの立つことがあっても、「病気がそうさせているんだ」くらいに思っていただくと、患者さんもあなた自身も、少しは楽になることでしょう(難しいことですが)。
共依存しない
家族(とくに配偶者や母親に多い)などが、患者さんの世話を過剰にしたり、過剰におせっかいを焼いたりし、患者さんもそれに対して依存的になっている状態を「共依
存」と言います。お互いの存在が依存対象になってしまい、生きがいになってしまっているわけです。「共依存」というのは、もともとはアルコール依存症の患者さんとその家族の間に起こりやすい状況を指す言葉ですが、新型うつ病で治りにくい患者さんの家族関係をみていると、共依存状態になっていることが多いのです。
家族などと共依存を起こしていると、新型うつ病でなくとも、社会復帰がしにくいものです。共依存を起こしている当事者は、共依存を起こしていることを否定
することが多いのですが、たとえば以下のようなことがあてはまれば、患者さんと共依存を起こしている可能性が大です。
患者さんの通院日には、自分の用事を犠牲にしてでもついていく。妻のうつ病の看病のために会社を辞めた(または休暇を取っている)。患者さんの看病をするのが日課になっている。家族がうつ病になってから、自分の生活はがらっと変わった……などなど。思いあたるフシはありませんか?
キーパーソンになってあげる
キーパーソンというのは、病気を治すにあたって、重要な役割を果たす人のこと。家族の誰かであることが多いのですが、職場の上司や先輩だったりすることもあります。患者さんが、いろいろな面で頼りにしている人のことです。とりあえず、患者さんから相談をもちかけられたら、相談にのってあげてください。
そのときの注意点を一つ。それは「聞き役に徹すること」。相談をもちかけられると、ついつい何かためになるアドバイスをしなければと思ってしまうのですが、そこはじっとガマンしましょう。専門的には「カタルシス効果」というのですが、患者さんは話すことによって不安を解消したいだけであることが多いのです。話しているうちに、患者さん自身が勝手に答えを見つけ出してくれます(無意識的にはすでに答えがわかっているのに、それを確認したいがために相談をもちかけていることもあります)。そんなときに、専門家でもないあなたがアドバイスをしたところで、逆に混乱させてしまうのがオチです。
患者さんから相談をもちかけられると、あなたや社会一般の価値観を押しつけたり、みょうに親分肌になってアレコレ干渉しはじめたりする人がいます。また、自殺をはじめとした問題が起こることを不必要に怖がって、距離をおいてしまう人もいます。どちらも患者さんにとって、よい結果は生み出さないでしょう。近づきすぎず、離れすぎずの姿勢で対応しましょう。

教科書に書いていないことをやってみる

これまでに書いてきたことをやってもうまくいかない場合には、思いきって発想の転換をしてみてもよいかもしれません。新型うつ病では、オールドタイプのうつ病にとってはタブーであるはずのことがらをあえておこなうことによって、むしろよい方向に向かうことが、けっこうあったりします。
つまり、あまり長く休ませないほうがよいことがある。励ましてもよいことがある。
気分転換をさせてもよいことがある。配置転換をしてあげると、よくなることがある。
これらはすべて、教科書には書いていないこと。というか、やってはいけないと書いてあること。これらをやってみる。
むろん、オールドタイプのうつ病の患者さんにとっては、休ませないこと、励ますこと、気分転換をさせること、配置転換はタブー。場合によっては、自殺されてしまうこともあるので要注意です。どのタイプのうつ病であるのかを、みきわめることが大切です。そのうえで、なかなか治らない新型うつ病の患者さんには、教科書に書い
ていないことをやってみましょう。新型うつ病のうち、逃避型や未熟型、ディスチミア親和型などで、家庭内寛解のレベルまで回復しており、希死念慮(自殺願望)がほとんどない患者さんでは、励ましや気分転換が有効なことがあります。また、職場や特定の上司に苦手意識をもっているのであれば、配置転換、つまり職場を替えて
あげるとよいことがあります。Cさんも、いままでの職場への復帰は何度も失敗しているのに、配置転換をしてもらったとたんに、一発で復職ができました。教科書に書いてあるジョーシキにとらわれすぎずに、柔軟に対処してみましょう。
ここで、いままでの勤め先を辞めて、別な職場に移ったら、うつ病がよくなったYさんの例を紹介しましょう。
Yさんは、この春に看護専門学校を卒業、看護師の国家試験に合格したばかりの、22歳の新人ナース。両親と妹が住む自宅から、最初の勤め先である総合病院に通っていた。就職して半年間は、夜勤もなく、仕事は普通にできていたが、10月になり、夜勤をするようになってから、仕事に集中できなくなり、次に何をしてよいのかがわからなくなったり、ひとりでに涙が出てしまったりするようになった。あきらかに仕事の能率が落ちてきており、そのことは先輩ナースからも指摘されていた。それでも、なんとかがんばって出動していたが、ある夜勤の日、先輩ナースから仕事が遅いことを指摘され、「看護師の資格を持ってるんだから、もっとしっかりしなきやダメじゃない」とハッパをかけられた。
すると、次の日から、出動前になると、吐き気や頭痛に襲われるようになった。無理に出勤しようとすると手足がブルブル震えるようになり、まったく出動できなくなってしまった。心配した看護師長からYさんの自宅に電話がかかり、事情を説明したところ、精神科への受診を勧められたため、私の外来を訪れた。
大うつ病エピソードの診断基準を満たしていたので、抗うつ薬による治療を開始。また職場には、自宅療養が必要である旨を書いた診断書を持たせて、しばらく仕事を休んでもらうことにした。仕事を休んでから2ヵ月ほどで、ほぼ寛解状態に達したため、復職することにした。本人の希望もあり、しばらくは夜勤を控える旨を書いた診断書を持たせて……。
無事に復帰できたかに思えたYさんであったが、3ヵ月ほどたって、夜勤を再開したころから、抗うつ薬をきちんとのんでいるにもかかわらず、以前のうつ病の症状があらわれはじめた。その後も症状は回復せず、また休むことになった。このときも、2ヵ月ほどの休養により寛解に至ったが、Yさんは、夜勤がある職場ではうつ病が再発すると考え、総合病院を退職することにした。
その後、自宅近くのクリニックで夜勤のない仕事をするようになり、1年ぐらいは問題なく過ごしていた。しかし、パート扱いで給料が安かったので、「夜勤はしない」という条件で、別の専門病院に再就職した。しばらくは問題がなかったが、人手不足から、ときおり夜勤を頼まれるようになると、ふたたびうつ病が再発し、結局、この専門病院も辞めた。夜勤という勤務形態に苦手意識ができてしまったようである。
専門病院を退職後、幸運にも健診センターのナース(夜勤なし)として採用され、現在に至っている。いまのところ、うつ病の再発はないようである。
また最近は、社会復帰への試みとして、「リワーク・プログラム」がさかんにおこなわれています。リワーク・プログラムに参加すれば、必ず職場復帰がうまくいくという保証はないのですが、職場復帰に何度も失敗している患者さんは、一度試してみてもいいかもしれません。リワーク・プログラムは、精神科病院やメンタルクリニックなどの
医療機関のほかにも、「高齢・障害者雇用支援機構」という独立行政法人などでもやっていますので、興味のある方はアクセスしてみてください。
そのほか、うつ病治療の啓蒙書を読んでいると、経頭蓋磁気刺激(TMS)、迷走神経刺激(VNS)、直流電気刺激、断眠、光療法、エクササイズなど、目移りしてしまうほど、いろいろと書かれていることがあります。しかし、これらの治療法は、薬物療法やECTなどと比べて、「エビデンス・レベルの低い治療」か、研究途上にある治療法です。過度の期待はNGです。これまでに説明した治療が無効だったときに、ワラにもすがる思いで、あるいはモルモットになった(なんて古めかしい言いまわし)つもりで、やってみてもよいかもしれません。ネットサーフィンをしていると気づくのですが、世の中にはエビデンス・レベルの低い……というよりは「エビデンスのまったくない治療法」が堂々と紹介されていたりします。さらに困ったことに、その内容を信じたマスメディアが、テレビや新聞で紹介したりすることがありますので、要注意です。驚くべきことに、全国ネットのテレビや全国紙などでも紹介されていたりします(実話です)。ネットのなかの出来事であれば、単に「うさんくさい」ですませばよいのですが、テレビや新聞の内容は、ニッポン国民のほとんどが信じてしまうので問題です。マスメディアにたずさわっているみなさんには、しっかりと勉強していただきたいと思う今日このごろです。
ちなみに、最近みかけたうつ病の「トンデモ治療法」の東西の横綱は、「咬み合わせを調整すれば治る」というものと「星状神経節ブロック」。どちらも(少なくとも私が調べた範囲内では)、医学的にはエビデンスのまったくない治療法です。だまされないようにしましょう。
本文の最後に、いかなる治療をしても効果がなく、結局、会社を辞めざるを得なくなったZさんの例をあげておきます。
Zさんは、35歳の東証一部上場企業に勤めるエンジニア。3年前に結婚して、2歳になる子どもがいる。2年前、会社の仕事が急に忙しくなり、月平均100時間以上の高残業(過重労働)の日々が続いた。そのころから、不眠や抑うつに悩まされるようになり、遅刻や欠勤の回数が増えていった。自宅近くのメンタルクリニックを受診すると、うつ病の診断で、抗うつ薬による治療を開始するとともに、休職に入る。
ずっと会社を休んでいたが、休職してから半年ほどたって、うつ病が寛解し、復職可能と書かれた診断書を持ってきた(私は、Zさんの治療にはタッチしておらず、復職のコンサルタント的な立場で診ていた)。会社規定の復帰プログラムに従って、午前中のみの半日出社を開始したが、出社できない日が多く、ふたたび休職となる。さらに半年後と1年後にも、同じように復職を試みたが、いずれも同じ結果となった。休んでいる間は寛解しているものの、いざ出社(半日であっても)を始めると、うつ
病の症状が出てしまい、元の木阿弥になってしまう。主治医(自宅近くのメンタルクリニックの医師)も、さまざまな治療薬を試してみてくれた。ECTをするために、別の病院に入院もした。当時、始まったばかりのリワーク・プログラムにも参加してみた。それでもうまくいかなかった。
「2年以上の休職が続いた場合は解雇」という勤務先の規定があったため、休職1年9ヵ月目に、最後のチャンスとばかりに復職を試みたが、このときもうまくいかなかった。Zさん本人も規定のことは知っていたので、みずから辞表を出す決意をし、退職した。
私はZさんの主治医ではないので、その後のZさんの消息は不明である。しかし、Zさんのように、どのような治療(薬物療法、ECT、リワーク・プログラムなど)をしても、どうしても「会社内寛解」にまで至らないうつ病の患者さんがいるということは、またZさんのような患者さんが増えているということは、まぎれもない事実なのである。
 
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