目次
抗うつ薬(抗鬱薬)の種類
治療の根幹には薬の存在が大きい
幻覚や妄想を示す病気を統合失調症と呼ぴますが、医学の常識に従って、この病気の原因をつきとめるための努力がなされてさました。他の分野でも行われるように、それは「病気と関連していると考えられる組織」=脳の、どこの部位かこれと関係し、そこにおける神経組織の異常か認められるかどうか、また、細胞の形や遺伝子の状況なども検討されてきています。一方で、フロイトに始まる精神分析的な考え方や、心理療法、精神療法といった面から、どのようなストレスがこの病気を引き起こすのか、親の育て方なのか、兄弟関係なのか、友人関係なのか、さまざまな形で検討がなされてきました。 このような検討でわかってきたことが、結局いくら探しても、「統合失調症の原因は見つかうない」という現在の結論です。しかしながら、原因はともかくとして統合失調症となっている方の脳の中の状態は、ある程度理解されるようになってきています。その説明の中心となってくるのが、「脳の中の神経回路=神経細胞のネットワーク」の一部をなす、神経伝達物質の制御異常かあるということです。このネットワークの異常か生じてしまった場合には、もはやその原因を見つけて解決するというよりも、このネットワークの障害を回復させることか治療になることかわかってさています。そのネットワーワの障害を治すのに用いられるのか、向精神薬と言われる心の薬です。 薬のみで心の病気が治るとは申しません。心の病気の治療|こは、温かい人の心や人間関係、支え、社会的資源など、さまざまな治療・支援が必要になります。これらの治療・支援は非常に大切ですが、その根幹となるものは、ネットワークの障害を治す「心の薬」による治療と考えられます。 胃の悪い方が胃薬を飲む、血圧の高い方が降圧薬を飲む、頭痛のある方は解熱鎮痛薬を用いる。このような身体的な治療ですら、「祖先の供養か足りない」「信心が足りない」「カウンセリングが有効」という方もいます。これらの方法に問題があることには疑問を挾む方はいないと思います。しかし、こと精神の病気に関しては、心の薬を使うことに対して、「心の病気だからカウンセリングをする」「○○治療をやってみる」、場合によっては「祈祷師さんに拝んでもらう」などといった不思議な考えか、いまだに語られています。 練り返しになりますが、カウシセリングをしたり、生活環境を整えたり、温かく包み込んであげることは患者さんの治療に促進的に働き、非常に大切なことです。しかし、心の薬による治療を行わないということは、バランスを崩した脳内の神経ネツトワークを放置するということです。それは愚者さんにとって、とても不幸なことと言わざるをえません。
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・薬物治療は、なるべく少ない種類の薬を用いて行う
このようなわけで、このページでは精神科の治療のうち、薬物療法を中心に解説しています。薬物療法は、神経のネットワークの混乱を整理するというのが仕事となります。そのために、その時々の症状に対して適した薬を用いて、この混乱を治めなければなりま廿ん。 薬物療法は、それぞれの薬の作用の特性を考えなから、できる限り少ない種類の薬を用いて行うぺきです。病気により引き起こされている1つ1つの症状に対して、それぞれ薬を用いるのではなく、それらの中心となる症状を目標として治療を行っていきます。「意欲の低下、不安感、食欲の低下、不眠症状……」、これらの症状「こ対して1つずつ薬を出していたのでは、いくら薬があっても足りません。1つの薬が1つの症状に効果かあったとしてち、違う症状には悪影響を及ぼしたり福作用が出現したりするかもしれません。このようなケースでは、意欲の低下や不安感が主な症状と考え、抗うつ薬を用いることによって他の症状にも良い影響を期待するというのが、とりあえず使われる戦略でしょうか。 混乱を治めるにあたって、あまりにたくさんの種類の薬が使われてしまうと、どの薬の作用が効果を表しているのか、どの薬のせいで副作用が表れているのか、症状にはいったいとの薬か効いているのか、全くわからなくなってしまいます。それても症状が治まっているうちは良いのですが、症状か再び悪くなってしまった場合、との薬が効いているのかがわからないのでは、その次の手が打てなくなってしまいます。 「心の薬」がまるですべての治療の基本になるような話をしてしまいましたが、抑うつを訴える方の治療においては、「薬を処方しない」という処方もあります。統合失調症のような、明らかに現実と異なった幻覚や妄想が生じるような病気と違い、気分や意欲といった、通常でも存在する感情の幅の変化に関しては、「健康な状態」と「薬物による治療か必要な状態」の間に明らかな境目はありません。元気かないからうつ病で、うつ病だから必ず抗うつ薬を使わなければいけないというものではありません。 対人関係の悩み、友だちに悪口を言われた、家族が亡くなったなど、私たちを悲しませるさまさまな出来事かあります。このような出来事にあたって悲しさを感じないのであれば、それはむしろ不思議なくらいです。嘆き悲しむことで心のわだかまりが溶け、むしろ心か軽くなることちあります。人に話すことで、カウンセリンクを受けることで、それだけで気持ちが軽くなることちあるのです。
薬の効果をよく吟味しなから治療を進めていく
気持ちが落ち込んでいる患者さんでも、抗うつ薬ではなく抗精神病薬と言われる統合失調症の薬が有効な方もいます。よくみられるのは、抗うつ薬を使っても十分に治り切らす、そのため抗精神病薬を追加したところ、すっきりと気分か良くなったというケースです。このようにいくつかの薬を併用することで治る方もいます。ただし、これも最初の段階で1種類の薬を用いて、その効果をさちんと吟味した上で出される結論です。最初から2種類の薬を用いた場合には、どちらが効いたのか、全くわからなくなり、おそらく脳の中でも複雑な相互作用を示していることでしよう。 薬は1つ1つ、しっかりと吟味しながら使っていくことが大切です。そのためには、医師のみが薬のことを理解しているのではなく、治療に関わっている医療スタッフ、看護師やケースワーカー、心理士、作業療法士といった人たち、そして何よりも患者さんとそのご家族が理解していることが大切だと考えます。今飲んでいる薬がどのような作用をして、どのような副作用があり得るのか、注意点は何なのか、症状にはどのような影響があるのかについて、医師とともに吟味し、適切に心の薬を使っていきましよう。 医師の処方を決めるのは、実は患者さんとご家族が話す、その言葉なのです。「ある病院に行ってよくならなかった」と言って来うれる患者さんもいますが、その方たちの中には、正しく自分の症状を伝えられず、薬に対する知識もないことから、主治医と意思の疎通か十分にできていなかったことかわかることかあります。「主治医が問題」と考える前に、みなさん方の薬に対する知識を再確認して、もう一度主治医と話しあってみませんか。 本編では、基本的な薬の作用の仕方や使い方をわかりやすく説明してあります。このブログの内容を参考に、みなさん方と主治医の先生との間か円滑になり、より良い治療が行われるように活用されることを期待しております。
うつ病のあらまし
うつ病というと、どのようなものを想像するでしょうか? うつ病とは、その名の通り「抑うつ」を主な症状とする病気と考えられます。 うつ病とは何かを考えるのに、精神科の診断基準として、近年はICD-10(国際疾病分類、改訂第10版;世界保健機関)やDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル、改訂第5版:アメリカ精神医学会)が用いられるようになってきています。 ICD-10は世界保健機関(WHO)から出されている診断基準ですから、日本で使われるのももっともなのですが、アメリカの診断基準であるDSM-5を用いていると聞くと、いくぶん疑問が感じられませんか?日本の精神医学は、アメリカ追従の主体性のないものになってしまったのか?そもそも日本の医学はドイツから来たのでは?などと考える方もいるかもしれません。残念なことに、ドイツ精神医学を輸入し、用いてきた日本の精神医学会でしたが、さまざまな学派に分かれ、診断の統一化がなされず、何らかの形で統一した診断基準が求められていました。このため、アメリカでDSM-|||(改訂第3版:1980年)が上梓された際に、日革でもこれか広くとり入れられたのです。 現在、日本では、DSMは主として大学病院を中心に用いられ、ICDは市中病院で主として保険請求などに広く用いられるようになっています。このように2つの診断基準は独立したものですが、相互に影響を受け、基本的には類似したものとなっていく傾向があるように感じられます。 DSMは2013年に、DSM-IVからDSM-5に改訂がなされました。この改訂では、多くの変更が加えられていよす。うつ病に関しては、それまで気分障害として「躁うつ病」と「うつ病」とか1つの枠にくくられていたものが、躁うつ病とうつ病を分けて考えるようになったことが大きな違いと感じられます。躁うつ病はDSM-5では「双極性障害および関連症候群」と呼ばれ、うつ病は「抑うつ症候群」と呼ばれるようになっこいますが、改訂のたびに名前が変わり混乱を招くことがありますので、このブログでは「躁うつ病」と「うつ病」という古典的な言い方を踏襲させでいただきます。
後述しますが、躁うつ病とうつ病とは、薬物療法を行うにあたっても、治療方針が全く異なってしまうため、同一の疾患として考えるには疑問を感じる面がありました。遺伝的にも異なっている可能性も指摘されでおり、今回の改訂は適切であると感じられます。
DSM-5の診断基準
●必須症状〜抑うつ気分と興味や関心の喪失
さて、そのDSM-5に、うつ病の診断基準が書かれていますが、診断基準には、
①抑うつ気分、②興味や関心の喪失、この2つが大切な必須の項目としてあげられており、このどちらかがなくてはうつ病とは言えないと書かれています
(表1)。
表1:国際的診断基準にみるうつ病の症状
①抑うつ気分
②興味や関心の喪失
この2つの症状を見落とさなければ、かなり多くのうつ病の方を医
療に結びつけられると考えられています。
その他の症状として、
③体重が減少し、④不眠や過眠、⑤焦燥感または活動性の低
下、⑥疲労感、⑦無価値感や罪悪感、⑧思考力や集中力、判
断力の低下、⑨死について考えたり試みたりする
があげられています。
アメリカ精神医学会IDSM-5より作成
「抑うつ気分」というのは気分か落ちていることを示すもので、通常、ゆうう
つである、寂しい、悲しい、気落ちしている、などの言葉で表現されることが多いものです。また、「興味や関心の喪失」は、それまでの趣味や、好ましく思っていた事柄などに対する興味がなくなり、関心がわかない、その活動による喜びも感じないといった状況になることを言います。 それ以外にも、③体重が減少し、④不眠や過眠、⑥焦燥感(しょうそうかん)または活動性の低下、⑥疲労感、⑦無価値感や罪悪感、⑧思考力や集中力、判断力の低下、⑨死について考えたり試みたりする、といったものが診断項目としてあげられており、必須の①と②に加えで、③〜⑨のうち少なくとも3つ、計5つ以上が2週間の間に継続しで存在することが診断基準とされでいます。 ①と②の重要な項目がなけれぱ、この診断基準ではうつ病とは言えないのですが、この2つの症状がその他の症状に隠れていることもあります。体の痛みや、苦痛などの身体的な症状を訴え、その一方で表情はそれほど厳しそうでなく、「それ以外のことはだいじょうぶですよ」「この痛みさえ治れば何も問題ありません」などと患者さんが言うこともあります。 こういった場合にも、本当にうつ病の方だとゆっくりと時間をかけて話を聞いてみたり、または池原を行っていくと、途中で抑うつ気分などが確認されたりします。患者さんによっては時に笑顔を見せたりして、ちょっと見ただけでは、うつ病ではないのではないかと思ってしまうような方もいますので注意が必要なのです。 一応で、抑うつ気分や興味または喜びの喪失といった症状のある病気には、うつ病以外にも、統合失調症、神経症、場合によっては認知症などがあります。 症状が精神科での診断のよりどころですが、経験のある精神科医ならともかく、経験が浅い精神科医、他の科の医師、一般の方にとっては、この症状だけで病気を理解するのはなかなか難しく、診断の一致する割合も低くなってしまいます。
●抗うつ薬に対する反応の良し悪し
近年の傾向として興味深いことは、抗うつ薬への反応性の悪いうつ病を「非定型うつ病」と呼ぶようになったことです。このことを逆手にとって、単純に考えれば、抗うつ薬への反応が良いうつ病がいわゆる「定型うつ病」ということになります。つまり、「適切に抗うつ薬を用いることによって症状の改善が認められるのがうつ病である」と言ってもよいかもしれません。 ここで、「適切に用いる」と書いたのには意味があります。同じうつ病でも、Aという抗うつ薬は全く効果がなくても、Bという抗うつ薬は効果があるという方がいます。また、抗うつ薬を用いることで、躁状態になってしまったり、幻覚や妄想が生じてしまったりするような方もいます。 前者では、Bという抗うつ薬を使うことが適切な使用であり、後者では、抗うつ薬を使うことすら不適切であるということになります。Aという抗うつ薬は効きませんでしたが、Bという抗うつ薬が効果があったため、最初の方はうつ病なのでしょう。後の方は、うつ病ではないということになるのです。このように、抗うつ薬の反応性をみていくことが、うつ病の方の治療を考える上で非常に大切です。 世界的に有名なイギリスの「モーズレイ処方ガイドライン」には、最初の抗うつ薬に反応する患者さんは50%と示されています。適切な治療に至るには、残りの患者さんたちは、最初の抗うつ薬以降の薬の調整が必要となり、そのための治療戦略が求められていきます。
精神療法など、その他の治療
●軽症のうつ病に有効な心理的な介入
薬物療法の話をしてきましたが、それでは心理的な治療は必要ないのかという疑問がわいてくるかもしれません。 うつ病の中でも、軽症のうつ病の方に関しては、薬物より心理的な介入か有効である場合かあります。実際、さまさまなガイドラインを詞べてみると、いずれのガイドラインでも軽症のうつ病においては、心理学的な関わりをもつことが推奨されています。抗うつ薬を用いても、その効果は偽薬(効果のある成分が入っていないニセモノの薬。プラセボとも言う)とほとんど変わりないということまでも報告されています。 軽症のうつ病とは何かということも、ここでは問題になります。DSM-5では、重症度は「基準を満たす症状の数、症状の重症度と機能障害の程度に基づく」と記載されています。前述した診断基準(表1)を見直してみてください。5つの項目が当てはまればうつ病と記載されていましたが、(a)この5つギリギリでうつ病と診断される人たちや、(b)症状か社会的または職業的機能における障害をもたらすが、その程度が軽度である場合を軽症と言います。 具体的には、気分が落ち込んでやる気がなく、仕事に行くのも憂鬱であるが、なんとか職場に行ってその日一日を過ごすことができる、やる気がなくて家事をやるのは億劫だが、完璧ではないとしても家事をこなし、生活をしていくことかできる、といったように症状があって辛いのですが、なんとか対応しでいるといった患者さんです。 参考までに重症というのは、うつ病の症状によって、仕事に行けない、家事ができないというように社会的および職業的な、そして家庭での生活が十分に送れなくなった状況を考えていただければよいでしょう。
●うつ病になりやすい性格
うつ病の患者さんは真面目な方が多く、周囲の期待に過剰に応えようとするために、現任の自分の状態を受け入れることができず状態を悪くしていることかあります。このような患者さんに対しでは、「現在の状況では今のような症状であってもやむを得ない、無理をしなくこもよい」、また「決して怠けているわけではないこと「まわかっている。今までよくがんばってきた」「病気だから、がんばらなくてもよい」などの声かけが大切になってきます。これまでかんばっできたことを認め、そして現在の本人の状況を受け入れていく治療法です。 この分野では、以前より笠原嘉による小精神療法が広く受け入れられていますが、アドラー派の心理学者であるルドルフ・ドライカースによる「不完全である勇気」という言葉か受け入れやすいかもしれません。一生懸命がんばってきた自分を認め、人は完璧にはなれないことを理解し、不完全であっても今の自分を受け入れるという考え方が大切なのです。 うつ病になりやすい性格傾向というものか報告されこおり、実際、そのうつ病になりやすい性格をもっている方が、その性格ゆえにうつ病になってしまうことがあります。こういった人にも、治療の中心は抗うつ薬ではありますが、ご自分の"うつ病のなりやすさ"を理解して、それまでと生き方を変えていくといった指導をすることによって、それまでと違って、人生を生きやすく、そしでうつになりにくくすることが可能となります。 このような性格傾向には、古典的には、ドイツの精神医学者ヴォルフガング・プランケンブルクの提唱した「メランコリー親和型」という性格傾向や、日本の下田光造が提唱した「執着気質」といった性格傾向があります。簡単に言えは、秩序を大切にして、仕事に没頭した生活をしていたり、物事に執着していたりして、融通が利かないような方がうつ病になりやすいということです。 最近では、うつ病になりやすい性格傾向を同定し、それに理論的に関わっていく認知行動順法(思考の偏りなどの認知のゆがみに働きかけて気持ちを楽にする心理原法)も行われるようになってきています。こういった池原は、抗うつ薬とともに用いることによって効果が得られます。また、場合によってはこういった治療が奏功すると、薬物を城壁したり中止したりすることも可能になるケースもあります。
大切な環境の調整
治療という名前はつきませんが、環境を整えるだけでも、うつ病の方の生活のしやすさには大きな変化があります。うつ病になり、抗うつ薬で治療を行い症状が改善しても、うつ病になったときの状況、例えば、職場で昇進をしたことはいいけれど、そのことによって仕事量が増え、責任も大きくなり、うつになってしまった方が、適切な治療により改善しても、元の環境に戻れば貝合が悪くなることが多いことは明らかです。 このようなときは、復帰にあたって職場と十分に相談をして病気について理解してもらい、負担が減るように職場の環境を整えることが必要です。そのことにより、本人が、本来の力を発揮して仕事をしていくことができるのであれば、職場にとってもブラスであるはずなのです。しかし残念なから、日本の職場の中では、杓子定規に、復職は元の職場に戻ることに決まっている、などといった無理解で乱暴な規則がまかり通り、せっかく改善した患者さんの社会復帰が防げられていることが多々見受けられます。
このブログでは薬の話を中心としていますので、この件に深く関わることはいたしませんが、環境の調整が、特にその回復後の社会復帰にあたっでは非常に重要であることは覚えておいてください。
新しい抗うつ薬の使い方と治療ガイドライン
新しい抗うつ薬と、それ以前の抗うつ薬
新しい(?)抗うつ薬とは何でしょうか。 通常はSSRIと言われる、選択的にセロトニン再取り込み阻害作用をもっている薬と、それ以降に開発された薬を「新しい」と呼んでいます。商品名では、日本ではルボックスまたはデプロメールと呼ばれる、一般名(薬の成分の名前)フルポキサミンが走りになります。海外では、あの有名なブロザック(一般名:フルオキセチン)という薬が爆発的に売れました。 その後、セロトニンのみではなくノルアドレナリン系にも効果があるSNRIという薬、そしてさらにNaSSA(ナッサ)と呼ばれる、ノルアドレナリン系受容体に作用する抗うつ薬も生まれてきました。これらはみな、目的とするセロトニンなどの神経伝達物質に対して選択的で、他の神経伝達物質には影響を与えず、それによる副作用が生じることが少ないことが特徴とされています。図1に、神経伝達物質と抗うつ薬の関係について示しました。
新しいに[?」をつけたのは、確かにこれらの薬の副作用は、SSRI以前の三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬などより少なくなっていますが、作用機序としては、以前の抗うつ薬と大きく変わるものではありません。専門家の中では、むしろ効果としてはそれ以前の薬よりも弱くなっているという認識もあります。 副作用に関しての心配がより少ないわけですから、うつ病で困っている患者さんに対しては、まずこれらの新しい抗うつ薬を使うことが推奨されています。しかし、それでは十分な効果が得られない場合には、それ以前の薬を用いることも必要となります。 新しい抗うつ薬としで、2015年11月現在、SSRIが4種類、SNRIが2種類、NaSSAが1種類あり、12月からは、SNRIのベンラファキシン(商品名:イフ工クサー)も発売されました(表2)。
さらにそれ以前の抗うつ薬が複数ありますので、これらの薬をどのように便うかといったガイドラインがいくつか作られています。日本精神神経学会で作成されたもの、日本のうつ病学会で作成されたもの、世界生物学的精神医学会で作成されたもの、モーズレイで作られたものなどです。これらは、かなり詳細に記載されており、また、うつ病の重症度により変化を加えであるので、なかなか複雑になっています(次頁、図2)。
しかしながら、新しい抗うつ薬を用いたならば副作用が少なく安全性は高いのですが、有効性の面では、現在使用されているすべての抗うつ薬の中で、三環系抗うつ薬に勝るものはないことが認識されています。このため基本的には、ますSSRIまたはSNRIを単剤で用いて、それを十分な量、十分な期間用いても効果かない場合は、他のSSRIまたはSNRIに変更してみて、さらにそれでも効果のないときは、その他の治療法に移っていくことになっています。 実は、まずは単剤を使うことと、効果がないときには他の薬剤に置き換えるという、この抗うつ薬の使い方は、それ以前の三環系や四環系抗うつ薬などの時代でも、臨床精神神経薬理学の中では提唱されていたことです。大きな変化は、第一選択薬が三環系抗うつ薬からSSRIなどに変わったということです。
SSRI以降の薬の常識
●SSRIで一変した抗うつ薬治療?
先に述べたように、SSRIの開発は、作用の仕方は一緒であっても、より副作用を少なくするというところに主眼が置かれていました。SSRIの最初のSはSelective(選択的)という意味で、図1に示したように選択的に神経伝達物質のセロトニンに働く薬です。そして、他の神経伝達物質に影響を及ばさない、または影響が少ないことから、安全で使いやすい薬と認識されたようです。海外では、特にアメリカでフルオキセチン(商品名:ブロザック)という薬が広く用いられ、たくさんの人がそれによって救われたと言います。アメリカでは「ハッピードラッグ」とすら呼ぱれていたようです。 日本のSSRIの導入はアメリカよりも10年は遅れていたので、それまでの間インターネットなどを通じて、個人輸入をして用いる方もいました。それまで、精神科の治療と結びつきづらかった症例が、この薬が開発されたことで治療に結びつきやすくなりました。 ここでは少し、うつ病の治療について理解を深めるために、うつ病治療薬の開発の歴史について簡単に見回してみましょう。
●うつ病治療薬の開発の歴史
うつ病と思われる病気についての記載は、すでにヒポクうテスの時代(紀元前400年頃)に始まります。下剤を使った治療がされ、その後、楊梅病者は隔離収容されたりしていました。うつ病と躁うつ病をあわせて躁うつ病として記載したのがドイツの精神科医エミール・クレペリンで、それは1899年のことでした。この時期には主に鎮静薬が用いられ、よたその後、ショック療法として電気ショック療法を始めとした治療がされていました。 スイスの製薬会社であるチパガイギーによってイミプラミンという薬が合成され、最終的にこれか抗うつ薬として用いられるようになりました。当初は抗精神病薬として、その後は冬眠麻酔(手術時、冷却によって体温を低下させ代謝を減少させる麻酔法)の薬物として検討されていましたが、1959年から内因性(原因不明、体質や気質などが関与)のうつ病に試み始められ、最初の数名の治療で、抗うつ薬としての効果が明らかになったと言います。 その後しばらくは、イミプラミンを中心とした三環系抗うつ薬が主としてうつ病の治療に用いられました。日本ではトフラニールという商品名で、当時の藤沢薬品(現アステラス製薬)から発売されています。このころは、うつには効くが、なぜ効くのかは十分理解されていませんでした。その後の検討で、電気けいれん療法と同程度の効果か認められ、一方で、錯乱や幻視、焦燥感の高まり、軽躁的な興奮などが副作用として認められています。うつ病以外でも、パニック障害や空間恐怖、慢性疼痛、夜尿症などにも用いられてきました。 その後、三環系抗うつ薬はセロトニンの弓取り込み阻害作用をもち、またノルアドレナリンに対しても同様の効果をもつことも明らかになってきました。三環系抗うつ薬は、ノルアドレナリン系やセロトニン系の刺激による副作用以外にも、アセチルコリン系の副作用、ヒスタミン系の副作用などもあわせもつことが知られていました。 このため同様の薬理作用をもち、副作用の少ない薬物の開発が進められ、その後、新しい形の四環系抗うつ薬が開発されてきています。これらの薬を第二世代抗うつ薬と言います。新しい三環系であるアモキサピン(1980年、商品名:アモキサン)以降に発売された薬が該当します。 そして、第二世代抗うつ薬に続き、さらに抗うつ薬の効果が選択性をもち、他の神経系への影響が少ない薬ということで、SSRI、SNRIなどの薬が開発されてきています。 うつ病治療薬の開発の歴史は、たまたま偶然、うつ病の患者さんに効果のある薬が見つかり、その薬の作用を見極めていく中で、作用機序に関する仮説が立てられ、それに応じた薬が開発されできたのです。 SSRIに関しては、日本では当初、フルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)か主に使われていましたが、SSRIが日本石広く使われるようになったのは、その後のバロキセチン(商品名:パキシル)が使われるように
なってからだと思います。バキシルが安全であるという考え方が広まったため、今まで抗うつ薬などは用いなかった内科や外科の先生方もこの薬を多く使うようになったことが大きかったと思われます。 このように、広く用いられるようになったSSRIではありますが、精神科の臨床の現場では、それまで用いられていた三環系抗うつ薬と比較しても、作用機序には変わりなく、副作用の出現のみが抑えられていることから、効果に関しての期待はそれほど大きくないながらも副作用が出ないがために使っていこう、という冷めた見方もありました。
●幅広い使用法と、落とし穴
SSRIは、その安全性から、さまざまな症例で用いることができるという信念が生まれ、それによって幅広い用い方がされるようになっていきました。うつ病のみではなく、不安障害、強迫性障害などのそれまでは神経症と呼ばれていた病気、さらには、人前で赤面したり、吃音(どもり)になるといった、社交不安障害という考え方まで生まれ、これらにもSSRIが用いられていきました。 このように広く用いられる中で、SSRIを用いたために起こされた高い攻撃性や衝動性といったものが問題になるようになりました。人に厳しい言葉を発してしまう、物にあたってしまうなどといった症状ですが、報告の中には、殺人や自殺といった人の生命にも影響を及ぼす事態につながる副作用もあります。 これは世界中で大きな問題となり、それによる訴訟が起きたり、SSRIの一部の薬が一時的に販売停止になるなどの措置がなされた国もあります。特に、若年者での目殺傾向が高まることか報告され、ある程度事実として認識されたために、若年者のSSRIの使用に関しては、日本でも制限されています。日本のSSRIの添付文意では、以下のような記載があります。「抗うつ薬の投与により、24歳以下の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告があるため、本剤の投与にあたっては、リスクとデメリットを考慮すること」。若年者に限らす、自殺の衝動性が高まることはよく知られているので、抗うつ薬を用いた場合には、その後の状態を十分に観察する必要があります。
確かに、このような危険性があることは否定できませんが、うつ病による自殺企図や自殺念慮は非常に多く、これらの治療として巧知なのも抗うつ薬であり、うつ病を治療することが自殺を防いでいるという事実にも目を向けなくてはいけません。薬の危険性は認識しつつ、必要な薬はしっかり使うことが大切だと考えます。
注意すべき多剤併用とは
最初の薬の効き目が悪いとき
●3〜4週間で薬の変更を検討
「薬が効かない」とは、どういうことを言うのでしょうか。私たちは、普通、良
くなったとか治ったとか言います。これは薬理学的な言葉でいえば、「反応」と
「寛解(かんかい)」という言葉で表されます。要するに、「反応」は薬が効いて多少なりとも改善が感じられるかどうか、一応、「寛解」は社会生活に支障がなく、症状がある程度認められなくなったと感じられるかどうか、という違いになります。
医者が使うよくわからない言葉
一反応と寛解ー
●薬の効果を言うときに、これらの言葉を使います。
・反応:良くなった。要するに薬が効いで多少なりとも改善が感じられる。
・寛解:治った。社会生活に支障がなく、症状かある程度認められなくなったと感じられる。
●いずれにしても「薬を使っているならば治っていない」という考え方はしません。精神の病気は性格(その人の生き方)と環境の複雑な相互作用から起こっています。生き方を根底から変えることは難しく、「薬がなくなって完治」というよりは、「薬を上手に使って生活しやすくする」と考えたほうがよいでしょう。薬の再発予防効果を考えると、前者の考え方は危険でもあります。
抗うつ薬を使っていて、別の薬に変更するかどうかは、ます多少なりとも良くなったかどうか(反応があるかどうか)を考えます。抗うつ薬の効果は、服用した初日に現れるものではありません。効果は徐々に示されできて、ある程度時間が経ってから最終的な「治った状態」となります。このため、程度の差はあっても、多少なりとも効果が現れている場合は、その薬の量を検討しつつ、ある程度の期間、効果を見極めることが必要になります。 この最初の「良くなったかどうか」を感じるには、これまで2〜4週間程度かかり、この期間は薬を用いていないと効果は判定できないと考えられていました。最終的には8〜12週間用いないと効果の判定ができないというのか通説でした。しかし最近の研究では、最も高い改善率が認められるのは、薬を始めてから1〜2週間ということが明らかになりました。このため3〜4週間しても効果が認められないときには、薬の変更を検討する必要があると考えられます。 反対に多少なりとも効果が認められた場合には、安易に薬を変更せず、その薬の量を検討しつつ、最低でも半年程度効果を見極める必要があります。薬の効果があったかどうかは、その薬自体の問題もありますが、環境的な要素や心理的要素、この中には、効果のない薬(偽薬=プラセボ)を飲んでいても、薬を飲んだという安心感から症状が改善される「プラセポ効果」もあります。このように効果判定の難しさもあり、判断は難しいものです。 うつ病の症状の改善は、最初はわずかで、思考さん自身は苦痛の感じは変わらなくても、周りの人から見たら「少し明るくなった」「口調が柔らかくなった」など些細な変化としてr認められることがあります。このような変化も把握していくことが大切で、これらを見落として、その薬は効果がないから次の薬などと処方を変えてしまうと、いつまでたっても治らない、医原性の難治性うつ病になってしまいます。
初期の治療では単剤使用が基本
三環系抗うつ薬からSSRIに発展してきた話をしてきましたが、SSRIが、診断基準に示されたいわゆるうつ病の患者さんに有効である率は半数程度です。また、もともと用いられて7いた三環系抗うつ薬では、セロトニンのみならず、ノルアドレナリン系やドパミン系にも影響する薬がありました。うつ病の治療に追加的に用いられている気分安定薬では、これらの神経伝達物質以外の作用機序も考えられています。現在に至っても、うつ病の「原因」はわかっておらず、対症療法的に抗うつ薬が使われでいるのです。 このような中で、薬に対して理解のある医師が、いくつかの作用機序をもつうつ病治療薬をあわせて使うならば、それは適切な治療であると思われます。一方で、同じ作用機序をもつSSRIを何種類も用いでみたり、薬物相互作用を考えに入れない処方がされたりした場合には、不適切な使用法と言えます。 特に、初期の治療においては、比較的安全性が高いと考えられる薬を、単剤で用いることが推奨されます。最初に用いられる薬としては、通常はSSRIかSNRIもしくはNaSSAになります。これらを症状とその程度、患者さんの身体的状況などに応じて用いていきます。
高齢者や衰弱した患者さんに対しては副作用が比較的少ないことを選択理由として、もしくは症状の軽い方に関しては、セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)というSSRIを使うことが多いようです。 一方で、症状の重い方に関しては、SSRIとしてはバロキセチンやエスシタロプラム(商品名:レクサプロ)、SNRIとしてデュロキセチン(商品名:サインパルタ)を用います。 これらの薬で有害事象が出たり、効果が十分に得られなかった場合には、これらの薬のいずれかに変更していきます。繰り返しますが、抗うつ薬は単剤で用いることが基本です。
複数の抗うつ薬を用いた例
処方例③ 作用の仕方が同じ薬を併用している例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
フルポキサミン(ルポックス) 25mg・3錠 1日3回毎食後
包ルトラリン(ジエイゾロフト) 25mg・3錠 1日3回毎食後
バロキセチン(パキシル) 20mg・1錠 1日1回夕食後
3剤ともSSRIですが、この処方のようにSSRIを重複して用いることは、通常ではありえません。しかし、精神科病院を来院される患者さんの中には、比較的多くの患者さんがこのような処方を受けていることかあります。これにはやむを得ない面もあります。 1剤目の薬を用いて、効果が不十分であるか副作用が認められた場合、2剤目を用いてみます。通常はこの際、新しい薬を加え、その効果を見極めながら前の薬を減量していく方法をとりますが、その過程で、ある一定の割合での併用が有効であることもあり、2剤が用いられることがあります。 この際には、やむを得ず2剤を用いることもあり、これが積重なるとだんだん処方が複雑化していきます。特に外来での診療では薬の置き換えが難しいこともあり、このような処方になることがあるようです。 基本は、できる限り単剤化を目指すべきです。薬剤の種類が多いとそれぞれのもつ副作用が重なりあい、また、相互作用も生じてしまうために好ましいと考えられないためです。繰り返しになりますが、この処方例③で示したような3剤を併用するということは、通常では考えにくい状況です。 それでは下記のような併用はどうでしょうか。
処方例④ 作用の仕方が違う薬を併用している例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
フルボキサミン(ルボックス) 25mg・3錠 1日3回毎食後
スルピリド(ドグマチール) 50mg・2錠 1日2回朝夕食後
ミルタザピン(レメロン) 15mg・3錠 1日1回就寝前
処方例③と同じように3種類の薬が用いられていますが、それぞれの作用の
仕方が異なり、フルボキサミン(SSRI)はセロトニン系に、スルピリド(ベンスアミド系抗精神病薬、はドバミン系に、ミルタザビン(NaSSA)はノルアドレナリン系に作用しています。
このような処方は作用点を違えて作用させようとしているもので、最初からこのような処方を行っているのでしたら問題ですが、さまぎまな治療経緯を経て、このような薬の使い方になったのでしたら、許容できる、有用なものです。
●三環系、四環系抗うつ薬を使っているケース
抗うつ薬として最初に開発された、イミブラミン、アミトリプチリン(商品名:トリブタノール)といった第一世代の三環系の薬は、前述したように非常に効果が強く、副作用さえなければ最も有効な抗うつ薬と言えます。このことに異論を挾む人はいないと思います。 また、それに続いて開発された第二世代の抗うつ薬には、ドバミン系にも作用する三環系のアモキサピン(商品名:アモキサン)や、ノルアドレナリン系に主として作用する四環系のマプロチリン(商品名:ルジオミール)などユニークな特性をもった薬があり、患者さんによっては有用な薬と考えられます。場合によっては、多少副作用には目をつぶってでも、これらの薬で症状の改善を目指す必要がある患者さんもいます。
処方例⑤ 三環系抗うつ薬を2種類併用しでいる例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
イミプラミン(トフラニール) 25mg・6錠
1日3回毎食後
アミトリプチリン(トリプタノール) 25mg・3錠
1日3回毎食後
処方例⑤の患者さんは、10年以上にわたりSSRIやSNRIへの移行を試みてきた人ですが、どれほど慎重に関わってても、タイミングを計って行ってみても、薬を変更するとどうしても症状が出てしまう患者さんでした。せめて単剤化をと、それも繰り返し試みましたが、調子が不安定になってしまいます。 しかしながら、結局⑥の処方に戻ると、比較的速やかに落ち着き、その後の生活を問題なく送ることができました。このような患者さんもいることを考え、決して三環系抗うつ薬や四環系抗うつ薬を不要なものと考えではいけないと思います。 また、別の患者さんですが、三環系抗うつ薬を用いて比較的安定していたためSSRIに切りかえたところ、気分は落ちていないにもかかわらず、自分でも「なぜ切りたくなるのかわからない」と言いなから、自傷行為が始まってしまった方がいます。その後SSRIを中止することでそれらの症状はなくなりましたが、SSRIが必ずしも安全ではなく、また三環系抗うつ薬が必ずしも副作用が多いわけではないことを、この症例は教えてくれます。副作用と症状の改善などを見比べながら、薬は患者さん一人ひとりに対しで選んでいくべきだと考えられます。
●避けたい安易な併用
このように理論的には抗うつ薬の併用は可能で、適切な組みあわせがあるようにみられますが、抗うつ薬への反応は患皆さんによりまちまちで、安易な併用が大変なことを引き起こすこともあることは忘れないでいただきたいです。
ベンラファキシンというSNRIとNaSSAであるミルタザピンを併用すると、強力な抗うつ作用が得られ、この組みあわせをアメリカでは「カリフォルニア・ロケット」と呼ぶようです。日本ではベンラファキシンは発売されていなかったので、その代わりにSSRIやSNRIなどの新規抗うつ薬にミルタザピンを併用することが盛んに行われたことがあります。この治療を行うと、比較的速やかに抗うつ作用が得られる患者さんもいて、良い治療法とも考えられました。 ところがこの併用が安易に広く用いられるようになると、この併用により躁状態になって、緊急に入院治療が必要になる患者さんが散見されました。躁状態の患者さんは、入院しても易怒性(いどせい・怒りやすい)、攻撃性が出てしまって、家族の苦痛も大きく、さらに治療に難渋することもあります。うつ病の診断・治療の経験が豊富で、症状経過の観察が十分に行える、専門の医師による処方がすすめられます。 その後、STAR-Dなどの大規模研究の結果では、この併用は効果としてSSRI単剤と差がなかったとされ、最近では一時ほど安易には行われなくなったようですが、注意が必要な併用であることには変わりありません。
うつ病で使う他の薬
抗精神病薬の併用
うつ病の治療において最も大きな変革は、実はSSRIではなく、非定型抗精神病薬(統合失調症の治療薬)を併用していくといった考え方の導入かもしれません。 血中濃度のコントロールが複雑で、発疹が出るなど症状の観察に十分な注意が必要な気分安定薬を用いることに比べれば、比較的安全に使える抗精神病薬を追加することが、最近では広く認められ実践されています。 最近の10年間では特に、うつ病の患者さんに非定型抗精神病薬を使うことが推奨されるようになってきています。これは、うつ病においてはセロトニンやノルアドレナリンのみではなく、ドバミンという神経伝達物質も作用しており、このドパミン系を刺激することによって抑うつのさらなる改善を実現できる可能性があるからです。 具体的には、アリビプラゾール(商品名:エビリファイ)やクエチアピン(商品名:セロクエル)といった薬の少量投与が、抑うつ状態の改善に寄包することかわかってきています。また、オランザピン(商品名:ジブレキサ)もうつ状態の改善に有効であることがわかってきています。
処方例⑥ 抗うつ薬と抗精神病薬を併用している例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
デュロキセテン(サインバルタ) 30mg・2カブセル 1日2回朝夕食後
アリピブラゾール(エビリファイ )3mg・1錠 1日1回夕食後
実際、アリピプラゾール3mgを追加しただけで、それまで十分な抗うつ薬の効果が得られずにいた方が、改善の兆しを見せることかあります。アリピプラゾールそのものが、ドバミンの部分作動薬(パーシャルアゴニスト)であり、
ドバミン系を部分的に刺激する作用もあわせもつことか、その1つの理由と考えられます。 変革という言葉を使いましたが、抗精神病薬の使い方の歴史を考えてみると、実は少し違った側面も見えてきます。 メチルフエニデート(商品名:リタリン)という薬をご存知でしょうか。この薬剤の添付文書によれば、スイス、チバ社(現ノバルティスファーマ社)において1944年に合成された中枢神経興奮剤、メチルフェニデート塩酸塩の経口製剤で、1954年にドイツで初めて発売されました。日本では1958年に発売され、当初の効能・効果は「うつ病、抑うつ性神経症」でしたが、1979年の第一次再評価により「軽症うつ病、抑うつ神経症」に改められました。 その後、1998年の臨時の再評価にて「抗うつ薬で効果の不十分な下記疾患に対する抗うつ薬との併用:難治性うつ病、遷延性うつ病」に改められ、さらに2007年に企業の自主的な効能削除申請により、うつ病に関する効能は削除されました。なお、「ナルコレブシー」については1978年に追加効能を取得しています。本剤はこのように、以前は「うつ病」への適応が認められていた薬で、比較的広くうつ病治療に用いられでいました。しかし、依存性の問題もあり、乱用の危険性も言われて、うつ病は適応から除外されています。このメチルフエニデートかドバミン系の薬でした。 その他にも、処方例④で使用しでいるスルピリドという抗精神病薬は、一般に150mgで胃の薬、300mgでうつ病に、600mgで統合失調症にという形で用いられたりしており、現任でも使用されています。また、レポメブロマジン(商品名:ヒルナミン、レポトミン)という抗精神病薬も、効能・効果として「統合失調症、躁病、うつ病における不安・緊張」とされており、抗うつ薬として用いられている面もありました。
処方例⑦ 抗うつ薬と抗精神病薬を併用していた例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
イミブラミン(トフラニール) 25mg・3錠 1日3回毎食後
レボメプロマジン(ヒルナミン) 5mg・2錠 1日1回就寝前
抗精神病薬をうつ病に用いることは以前から行われており、これを非定型抗精神病薬に変えることで副作用を廻らすという愚昧が大きいかもしれません。
精神科の病院に行って、自分ではうつ病と思っでいたのに、適応症が「統合失調症」となっている抗精神罰薬を出されて驚く方や、不審を抱く方が多いと聞いています。上記のような理由で、抗精神病薬をうつ病の方に使うことは、比較的よくみられるケースですのでご安心ください。
気分安定薬の併用
気分安定薬である炭酸リチウム(商品名:リーマス)は、うつ病の治療薬としでも、抗うつ案の効果が不十分であったときに以前から用いられ、有効性が確認されています。抗うつ薬と併用することで抗うつ薬の効果を増強することが知られており、「増強療法」という名前で広く使われました。この方法で、ある程度の患者さんに効果が得られることは前述のSTAR-Dでも示されています。 比較的確立された方法ではありますが、リチウム自体の安全使用範囲(血中濃度0.8mEq/L)と副作用(リチウム中毒)の出現範囲(1.0mEq/L以上)が近接していて副作用が出現しやすいため、血中濃度のモニタリングが必要という問題があります。副作用は手の震えで始まることが多いので、この薬を使っていて手の震えが出てきたら主治医に相談する必要があります。また、甲状腺機能を抑えることから、そのモニタリングや治療が必要になることもあります。
処方例⑧抗うつ薬とリチウムを併用している例
一般名〈商品名〉 1日量 飲み方
エスシタロブラム(レクサプロ) 10mg・2錠 1日1回夕食後
リチウム(リーマス) 200mg・2錠 1日2回朝夕食後
甲状腺ホルモン剤
抗うつ薬での最初の治療がうまくいかなかったときの方法として、古典的に用いられているのが甲状腺ホルモン剤です。以前は乾燥甲状腺末が用いられることが多かったのですが、最近はトリヨードサイロニン(商品名:チロナミン)やレボチロキシン(商品名:チラージンS)を25μg程度の少量用いて、抗うつ薬の効果の増強を目指します。これは比較的効果に定評のある方法です。 不思議なことに、海外ではトリヨードサイロニンの使用に関する報告が多いのですが、日本ではレボチロキシンを用いることが多いようです。
抗不安薬、睡眠薬など
うつ病に伴って不安や不眠をもっている方に対して、抗不安薬や睡眠薬を用いることがあります。基本的には、SSRIなどの抗うつ薬には不安をとる作用があり、また、抗うつ薬の中には眠気を誘う作用があるものもあることから、これらの薬を用いることで対処したいのですが、抗うつ薬では十分に不安かコントロールできない場合や、抗うつ薬が副作用によって十分な効果が得られない場合にこれらを用いるのは、やむを得ないところです。
処方例⑨ 抗うつ薬と抗不安薬を併用している例
一般名(商品名〉 1日量 飲み方
フルボキサミン(ルボックス) 25mg・3錠 1日3回毎食後
エチゾラム(デパス) 0.5mg・2錠 1日2回朝夕食後
うつ病の方の不安に抗不安薬を用いると、比較的速やかに不安をコントロー
ルできる場合もありますが、一方で、その効果ゆえに抗不安薬の用量が増えて
しまい、抗不安薬に依存したような状態になることがあります。このため、抗
不安薬の使用は最低限として、抗うつ薬によるうつ病治療を優先していきます。
不眠についても、同様のことが起こります。効果を期待して過剰使用にならな
いように注意することが必要です。ケースバイケースで適切に用いていきたい
ところです。
薬の減らし方
精神科の治療の中で、最も難しいのが薬の減らし方です。適切な治療によりせっかく良くなったとしで7も、薬の減らし方を間違えでしまうと、また元の具合の悪さに戻ってしまったり、副作用が出やすくなってしまったりなど、さまざまな問題が生じてしまいます。 ここでは再び、"抗うつ薬の効果があった(反応)"ということと、“うつ病が良くなった(寛解)"ことの湿いから考えたいと思います。 治療の最初の頃、少しでも改善が認められれば、抗うつ薬の効果が認められ始めたと考えられます。しかしこの時点では、まだ症状も残っているために薬を減らそうと考える人はいないと思います。うつ病による苦痛がなくなって、日常の生活に困難を感じなくなったときに、患者さんは良くなったと感じて薬をやめることを考えるでしょう。しかしちょっと待ってください。調子が良いと感じているときの周囲の状況を考えてみましょう。 家では調子が良いと言いますが、職場や学校ではどうでしょうか?うつ病になる前に気になっていた事柄は解決したのでしょうか?これらの問題が解決して、うつ病という脳の同気の回復だけではなく、心理的、社会的に回復して初めて治ったと言えます。家庭で十分治っていても、職場においては以前のように働くことができずに不全感を感じていたり、また職場での対人関係から不安が高まってしまったりすることもあります。これらを全て乗り越えてから、薬の減量は考えたほうかよいと思います。 初めてこの病気になった方は、この「治った状況」から半年以上は治療を続けていくことが現在では推奨されています。薬を急にやめてしまった潮合には、その後半年以内に半数近い患者さんが再発してしまうことび報告されでいます。 安定した状況か半年以上継続していたら、薬を減らすタイミングです。しかし、大きなイベントや環境の変化があるときには、それを乗り越えてから減量したほうがよいでしょう。減量は数力月ごとに、薬を3分の1ずつ減らしてい
くのが通常行われる方法です。例えば、1日3回薬を用いていたとすれば、それをそのまま処方はしますが、昼の薬を休むように指示します。昼の薬を中止して、もし不調を感じたら、処方してある昼用の薬を再開するためにです。
処方例⑩ 抗うつ薬を減量する場合の例処方例
抗うつ薬を減量する場合の例一般名(商品名) 1日量 飲み方
ミルナシブラン(トレドミン)25mg・3錠 1日3回毎食後
→1日2回朝夕食後として様子をみる。
→調子が悪くなったら1日3回に戻す。
繰り返し抑うつ症状が引き起こされている方では、薬に対する考え方が変わってきます。薬を休んでしまったために症状が起こったのか、それとも、薬を飲んでいでも再発してしまったのかによりますが、薬を減量、または休んだために症状が再燃してしまったとしたら、再発防止のための維持療法を検討したほうがよいと思います。これは、抗うつ薬には再発予防効果のあることが報告されでいるからです。抗うつ薬を継続投与していた場合には、再発率が半分になるという報告かあります。
処方例⑪ SSRIと睡眠薬を併用している例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
フルボキサミン(ルポックス) 25mg・3錠 1日3回毎食後
ゾルピデム(マイスリー) 5mg・2錠 1日1回就寝前
→眠れるようならば1錠にしてみる。
上記のような薬が処方されていれば、ます眠れるならば睡眠薬のゾルピデム(商品名:マイスリー)を減量できないか試していただきます。これか成功しでもしなくても、次の段階としては、フルポキサミン1日3回を同じように処方しますが、昼だけ休んで調子をみてもらいます。不調を感じ始めたら、無理せずに元の量を使っていただき、次回の外来受診でその不調について主治医に報告し、十分に検討してもらって薬をどうするか相談しましょう。
病気や薬に対する理解が大切
専門家といっても間違えることもあります。さきほど示したような、症状がわかりにくく、うつ病であることがはっきりしない愚者さんで、非常に心配な思いをさせられたことがあります。 その患者さんは体の痛みが主な訴えであり、抗うつ薬による薬物療法をきちんと行えば、同県にある気分の問題も身体的な訴えもなくなるため、社会生活でも大きな支障はないようでした。薬物療法が継続できれば問題ないと考え、患者さんのご自宅近くの精神科の先生に紹介しました。 そちらの先生は、抗うつ薬の必要性についてあまり重要とは考えなかったようで、紹介状にあった処方内容のうち、抗うつ薬だけは除いで処方していたようです。 紹介してから3ヵ月後にその患者さんが私のところに「助けてください」と言ってきました。希死念慮(死にたいと願う)まで口にされ、患者さん自身もどうして貝合か悪くなったのかわからないようです。詳しく聞くと抗うつ薬を中止したことがわかったので、早速それを再開してもらいました。その後2週間で症状は改善し、ご本人の苦しみはなくなったと言います。 たとえ専門家といっても、その時々の症状や薬の効果に対して誤った判断をしてしまうことがあります。このブログの目的でもありますが、患者さんご自身が、抗うつ薬の特性やうつ病について十分理解されて、主治医とともに治療法を組み立てていただければと思います。
治療中の落とし穴
抗うつ薬で治療していた応には大きな落とし穴かあります、薬を休んでみると、口渇や便秘、全身倦怠感などの副作用は比較的速やかに改善していきます。体が軽くなり、気分も晴れやかで「治った」気になります。ところが前述のように、その後徐々に再発する率が上がり、半年もすると半数の人が、あのつらい抑うつ状態に戻ってしまうと言われています。 抗うつ薬の副作用は薬物が体内にあることによる直接的なもので、休薬すると比較的速やかに改善がみられますが、作用としでの抗うつ作用は、効果として現れるには2週間を要し、中止した際の影響が出てくるのには、長い場合には半年かかることもあるのです。自分で判断せす、主治医と相談しなから薬を上手に減らして、やめられるか検討していってください。 また、「薬を飲んでいるならば治ったことにならない」などとは考えないでいただきたいと思います。薬を飲んでいても、症状がほとんど認められなくなり、社会生活が送れるようになっていることのほうが大切ではありませんか。血圧の薬を服用することを考えてください。症状がなくでも、将来の有害な作用などが出ないため医師の指示に従って血圧の薬を飲んでいるはずです。抗うつ薬には、うつ病相を抑える再発予防効果が認められています、予防として用いるのは血圧の薬の場合と同じと考えてよいでしょう。 精神の病気や薬に対する偏見は捨てましょう。あのつらいうつ病に戻らないためには、薬を続ける必要のある方もいることを受け入れていただきたいと思います。
なかなか良くならない場合
うつ病の治療の中で、なかなか良くならない場合があります。一般的に抗うつ薬の効果は、最初に使ってみた場合に、だいたい半数の方で認められます。このため、精神科医のみならず一般内科の先生方でも、抗うつ薬を使ってうつ病の患者さんを治療されている方はたくさんいると伺っています。 最初の抗うつ薬で効果が認められない場合、精神科の医師の出番になってくると思います。それまでの経験と、患者さんからの詳細な症状経過を確認した上で、いちばん適した抗うつ薬を検討していきます。抗うつ薬の作用の仕方にはいくつかの方法があり、また同じ作用の仕方をしでいるグループの薬でも、それぞれの抗うつ薬によって効果の出方や副作用の出方が異なっているからです。 これまでお話ししてきたように、最初の抗うつ薬で効果が認められない場合、もう1つの抗うつ薬を試してみることが多くなります。それでも効果が認められない場合は、非定型抗精神病薬の併用や気分安定案の使用、甲状腺ホルモン剤の使用などの併用療法も必要になってきます。このあたりからの治療は、精抑科専門医や精神薬理学の専門医の出番になってくるでしょう。 この段階からは、さらなる薬物の併用の検討や、逆に抗うつ薬の副作用を考えて薬の量を減らしてみる、といったさまざまな工夫がされていきます。さらに、実はうつ病ではないのではないかという視点も、常に頭に置いて治療方法を検討していきます。 ここで検討していく治療方法には、薬物療法は当然ですが、その重症度と緊急度によっては、修正型電気けいれん療法や磁気法、刺激療法などが選択される場合があります。特殊なケースでは、光刺激療法や断眠療なども適応になってくることもあります。あるいは心理的治療に戻っていく場合もあります。 ここでは現在でも広く用いられている修正型電気けいれん療法について、簡単に説明しておきます。
修正型電気けいれん療法
電気けいれん療法とは、脳を電気的に刺激する治療ですので、それに対する恐怖感や不安居をもたれる方も多いようです。しかし、これまでの経験の蓄積から、副作用の生じる率などを考えでみると、むしろ薬物療法よりも確率的には安全であることが示されています。 古典的な電気けいれん療法では、体にけいれんを起こしてしまい、そのために口の中を噛んでしまったり、体にケガをしてしまったりすることもありましたが、現在の修正型の電気けいれん療法では、手術のときと同様に麻酔科医師の管理のもとで、安全に行われるようになっています。患者さんは、点滴で麻酔を投与され眠ってしまいますので、起きたときには治療は終わっています。修正型電気けいれん療法だけでは、長期的に症状を維持することは難しいため、修正型電気けいれん療法を行いながら薬の調整や工夫を行って、その後の治療を準備していくことが多いようです。
*磁気刺激療法……正式には経頭蓋磁気刺激法といい、磁気を用いた中枢神経刺激法です。磁気をかけることで脳に電流を生じさせ、その電流が神経細胞を刺激するものです。作用の仕方の詳細はまだ十分にはわかっていませんが、電気けいれん療法同様にうつ病などに対して治療効果があることがわかっています。使用するエネルギーが電気けいれん療法より少ないことから、比較的安全な治療法として、今後の発展が期待されていますが、今のところ、修正型電気けいれん療法のほうが効果が安定して用いられることから、一部の医療機関でのみ用いられています。
*光刺激療法……季節により症状が変化するような一部のうつ病の方では、体内時計を修正することで治療効果が得られることがあります。本療法は体内時計を修正するために一定の時間、強い光を浴びるものです。通常は2500〜10000ルクスの高照度光を1時間程度用います。
*断眠療法……夜間の睡眠をとらないことで、うつ病を治療する方法です。比較的効果が得られることが多いのですが、効果の持続性が得られにくく、また、実施するには一人では困難です。医療保険の適応もないことから、日本で用いられることは稀です。
難治例の場合の注意点
うつ病の治療を受けていく上で特に大切なことは、医師と患者さんの信頼関係です。信頼関係を保つ中で症状が詳しく語られ、現在抱えている問題点が明らかになっていきます。一般に行われる抗うつ薬治療などに反応しないか、あるいは十分な効果が得られない難治例といわれる方には、うつ病以前に深い悩みを抱えていたり、実は、主治医に隠している過去の出来事や症状があったりしたために、診断が間違ったままで治療されていることがあります。 最初でお話ししましたが、抑うつ状態を呈するのは、うつ病の方だけではありません。ありとあらゆる精神疾患、脳疾患、神経疾患、そして全身の病気が関与していることがあります。それまでの経過、場合によっては、今のうつ病とは関係ないとも思われる情報も、診断的に大切な意味をもつことがあります。主治医と十分なコミュニケーションをもちましょう。 治療を受ける側としては、ある医師の診療を受けていこ、効果がないと違う医師に相談したいという気持ちか出る方もいるようです。しかし、ちょっとお待ちください。 うつ病の治療は、抗うつ薬を用いつつ、その効果をみながらの作業となります。それまでどの薬を、どのくらいの量、どのくらいの期間使って効果がなかったかということも、大切な情報です。その際にどのような副作用が観察されたかも大切です。これらは通常、紹介状として受け継がれますが、実際に自分で診察して、症状経過をみた主治医と、紹介状を見ただけでは情報量に格段の差があります。 最近の頃向として、エピデンス(科学的、統計的な根拠)という言葉が広く受け入れられ、信じられていますが、薬物への反応性や副作用の出方などは、研究結果として例えば千人に1名しか出ないとされる副作用でも、その方に出ていれば重大な問題です。研究などにより得られる、いわゆる確率的な知識と、それぞれの患者さんでの治療経過という経験では、後者のほうが、より重要な工ビデンスです。
そのような意味でも、ただ治療の効果が当初得られなかったからといって医師を転々とすることは、治療経過を分断し、エビデンスを散逸させ、治療を困難にしてしまいますので、ご用心ください。
双極性障害(躁うつ病)の治療薬
双極性障害(躁うつ病)のあらまし
躁うつ病とは
最近では「双極性の感情障害」と呼ばれるようになりましたか、以前は「躁うつ病」という言葉がよく用いられていました。いずれの言葉も、示しているものは2つの極、躁状態とうつ状態の両方をもっている方のことを言います。うつ病については、診断基準などを見ると、いずれの診断基準でも、躁うつ病のうつ状態と、うつ病のうつ状態とでは非常に類似した解説がなされています。
診断基準で示される、うつ病との大きな違いは、「躁状態がある」ということです。躁状態とは一言で言えば、気分が通常と異なって、極端にそして継続的に高ぶってしまい、怒りやすく、その一方で開放的になる、といった状況になることを言います。
表・1国際的診斯基準にみる躁の症状
①気分の高揚
②活動性や活力の向上
が、普段とは明らかに異なって、持続的に亢進している期間が1週間続くことが基本となります。
その他に
③自尊心が高まり、④短い睡眠時間で満足し、
⑤言葉が多く、しゃべり続ける、⑥考えがまとまらず、注意も散漫、⑦困った行動(多額の買い物、性的無分別など)に熱中してしまう
頭の整理のためにお話をしておきますと、統合失調症に関しては、思考の障害、つまり考えの障害であり、うつ病や躁うつ病に関しては、気分の障害ということが言われています。この気分の障害の中で、うつ状態のみが認められるものがうつ病であり、躁状態とうつ状態の両方が交替で認められるものか躁うつ病である、と言ってしまえばわかりやすいかもしれません。 このうつ病と躁うつ病を分けて考えることは、何よりも躁状態という本人よりも家族が非常に困る状況が生じてしまうこと、家族内(家系内)での発生率が悪く、また発症年齢が早いことから、遺伝的な要素の影響がある程度考えられることなどから、重要と考えられています。 さらに治療面でも、躁うつ病の方では、たとえうつ状態のときであっても抗うつ薬を用いでしまうと、躁状態を引き起こしてしまい、治療や家族の生活面での苦労が極端に大きくなってしまうという問題があります。このために、うつ病と躁うつ病を分けて頭の中で整理し、「まったく別の治療」が必要であると理解することが重要なのです。 躁状態になってしまった患者さんに会ってお話をしたことのある方は比較的少ないと思います。おそらく、会ったとしても、その勢いと話の速さ、怒りやすさなどを肌で感じてて、「この人には近づかないでおこう」「関わらないほうがいい」などと感じて、深く関わるようなことはないでしょう。 しかし、身内の方はそうはいきません。以前は穏やかで優しかったその人は、仲の良かったはずの自分に対して、強圧的に話をし、些細なことで怒り、その気持ちの収まることかありません。妙に元気で活発なため、一緒にいるだけで疲れてしまいます。一体どうしてしまったのだろうと思い、ご家族は狼狽して、どうしていいかわからなくなることが多いようです。 芸能人になると言って、突然そのための準備を始めてしまったり、大きな石像を買ってしまったり、大きな家を買ってしまう、庭を大改装して大金をかける、選挙に出ると言って大騒ぎをしたりします。墓地に行って墓石を全て引き倒してしまった人もいました。躁状態の方の引き起こす問題により、ご家族の心痛は非常に大きなものとなります。
躁うつ病の症状
躁状態の方は、診断基準の要約にも示しましたが、気分の高まりとともに、①自尊心が高くなり、人の言うことを聞かなくなってしまいます。②夜も眠らず、数時間眠っただけで十分休めたと感じ、昼も夜も動き回っています。③口数も多くなり、話を遮ろうとしでも止まることかありません。④そして、その話はどんどんどんどん広がっでいってしまい、まとまりがなく感じられ、⑥注意力も散漫となり、周りのことにいちいち気を遣ってしまいます。何よりも困るのが、⑥自分のやりたいことを抑えることができずに学校のPTAに参加、地域の自治会に参加、選挙にも参加、もしくは異性への近寄りなど、普段と異なってさまざまな活動に手を出してしまいます。 そしてその上で、⑦物をたくさん買ってしまったり、物事に多大な投資をしたりするといった、金銭的な問題を引き起こしてしまいます。 このようなことが、比較的急激に始まってしまうために、家族としてはどうしでいいかわからず、この多大な浪費を抑えるために説得をしたり、怒ってみたり、お金を取り上げてみたり……、いろいろなことを試みようとするのですが、これらの行動を制限しようとする試みは本人の怒りをかうだけで、解決につながらないことが多いようです。このために、躁状態となってしまった患者さんに、特に金銭や性的な問題が生じてしまった場合には、入院して治療することを選択せざるを得ないこともあります。 躁状態もその程度により、上記に示したような激しい問題が起こり、社会的、職業的な側面で大きな障害を引き起こしこしまうような、いわゆる「躁状態」と、そこまで大きな問題は引き起こさないが、普段のその人と比べて明らかに異なり気分が高ぶっている「軽躁状態」とに分けて考えることが多いようです。
躁うつ病の特徴と見分け方
●躁うつ病の特徴一躁転、混合状態、ラピッドサイクラー化
なぜ、躁うつ病とうつ病を間違えてはいけないのでしようか?
実はそこには、治療上の大きな問題が横だわっています。うつ病と判断された場合は、通常は抗うつ薬を使っていきます。抗うつ薬は、気分をもち上げ、不安を減らすなど、うつ状態の改善に有効なものといえます。しかしながら一応で、もし躁うつ病の患者さんのうつ状態に抗うつ薬を使ったならば、最初のうちは、うつが改善しているように見え、気分が楽になり、悪者さんに喜ばれるのですが、その次には躁状態になってしまい、ご本人は調子がいいのでこの薬を続けてほしいと希望しますが、ご家族は、躁状態により困惑することが多くなってしまいます。このような「躁転」ということが起こってしまい困るのが、いちばんの問題です。 この躁転が起こってしまう以外に、「混合状態」という不思議な状態になることがあります。「気分が落ち込んでいて不安でつらい」と言う一方で、活動性は悪く、食欲も旺盛といったような、一方では躁状態のような、他方ではうつ病のような状況となります。また時には、一状態に見える時間帯とうつ状態に見える時間帯とが頻回に入れ替わり、周囲の人を混乱させることがあります。このような混合状態は、自然の経過の中でも起こりますが、躁うつ病に抗うつ薬を使ってしまった場合に見られることもあります。 もう1つ困ったことがあります。抗うつ薬を使うことによって、比較的早くうつ状態が改善し患者さんは喜ぶのですが、短い間に再びうつ状態となってしまったり、その後また躁状態になったりを繰り返してしまう病相の頻発化、「ラピッドサイクラ?化」という状態になってしまうこともあります(定義としては、躁またはうつ状態が年に4回以上繰り返されることを言います)。 直接的にはこのように困ったことが起こってくるのですが、この躁状態、混合状態やラピッドサイクラーの状態は、ある程度躁うつ病に対する治療に精通した医師でないと見落としてしまうことかあります。そのために、一見するとわがままで聞き分けのない状態でもあることから、性格上の問題であると判断されてしまい、「性格なので治療は不可能」と言われてしまうこともあります。また、混合状態の場合は、気分はつらいにもかかわらず活動性が勝ってしまっているために、自殺企図などの問題が表面化することがあります。
以上のように、躁うつ病の方に抗うつ薬を使うというのはあまりすすめられたことではありません。さらに、一度使ってしまうと、患者さんは躁状態では気分が良く、爽快、体も軽く、動きやすいことから、躁状態が本来の自分の状態と考えてしまい、気分が悪いときや少しでも不調を感じたときは、抗うつ薬を求めてさまさまな病院を探してしまうといったことも起こってしまいます。薬と症状との関係、また周囲にかけてしまう迷惑や困惑について、しっかりと説明しながら薬を使っていくことが必要になります。
●躁うつ病とうつ病の見分け方一躁うつ病になりやすい人
それでは、どのようにすれば躁うつ病とうつ病を分けて考えることができるのでしょうか。躁うつ病のあらましのところで述べましたが、そのときのうつ状態のみを評価しても、「躁うつ病のうつ状態」と「うつ病のうつ状態」の区別はなかなかできません。何より国際的診断基準を見ると、最新のDSM-5(アメリカ精神医学会)ですら、うつ病のうつ状態と躁うつ病のうつ状態には全く同じ基準が示されています。 それでは全く同じかというと、確率論的には、うつ病では睡眠時間が減ってしまうことが多いのですが、躁うつ病ではそれとは逆に睡眠時間や食欲が増加する、気分か変わりやすいといった傾向があります。また、活動性が低くなるのは同様ですが、その程度か著しいなどの症状の違いがあげられています。確かに、ほとんどベッド上ですごしていたり、動作が緩慢で遅くなるといった「制止」と言われる症状が目立つ方や、うつ状態と考えられるのに食欲が旺盛だったり、不眠よりむしろ過眠傾向となるような方は、その後に躁症状が発現し、躁うつ病であったことがわかることがあります。 このようなヒントはありますが、やはりその時の症状のみで判断することは困難です。これを区別するには、病気になる以前の状態や、季節による症状の変化、病前の性格なども大きな参考になります。 肥満型の体質で、気分に波があるような人で、社交的で善良、親切、温厚な「循環気質」と言われるような人と、活発で生気にあふれた、高揚した気分をもち、自己中心的で外的強制などに反抗する「マニー親和型性格」をもっている人は、躁状態になりやすいと言われています。季節によって気分の変わる方も、躁うつ病の可能性を考えたほうがよいと言われています。薬に対する反応性も、抗うつ薬が効きすぎてしまい、容易に躁状態になってしまうような方は、当然躁うつ病である可能性が高いのですが、一方で抗うつ薬を用いても、なかなか症状が改善せず、難治性のうつ病と考えられるような方も、むしろ躁うつ病である可能性があります。このように、もともと波をもった性格、躁の反応が通常と異なっている方については特に注意が必要でしょう。 病院で薬をもらい、それが抗うつ薬で、その後急激に改善してきたとき、そしてその改善がむしろ元気すぎるぐらいになってきたときには、速やかに主治医に相談をして、治療の再検討をしてもらうことが大切です。また初めこの受診の際には、その方が具合が悪くなってからの状況だけではなく、若い頃どんな人だったのか、気分に波はなかったのかなどについてまとめておき、医師に伝えるとよいでしょう。
躁うつ病の治療一躁状態を中心に
リチウムによる治療
●リチウムの効果
1970年代の終わりに、リチウムという薬による躁病治療、躁うつ病相の予防効果についでの評価が定まってから、リチウムは躁うつ病の主な治療薬として広く用いられています。図1に躁うつ病の治療の流れを示します。 リチウムは気分安定薬の1つで、躁状態にそれまで用いられていた定型抗精神病薬と比較して、飲み心地がよく、躁状態に効果的である場合では、躁状態を落ち着かせ、そして継続して飲むことで予防効果もあるということで広く用いられてきました。
バルプロ酸による治療
一中等症以上に高い有効性
この薬は1882年に合成され、1960年代からてんかんの治療薬として用いられています。その後、1990年代から躁病の治療にも用いられるようになりました。 リチウムと同様、気分安定薬の1つで、効果も同等の抗躁作用があり、有害作用が少ないことから広く使われるようになってきている薬です。商品名としこは、デパケン、エピレナート、バレリンなどがあります。 躁病の患者さんには、リチウムの治療と比較してその効果が早く、数日で得られること、また、イライラ感をもった躁病の患者さんにより効果が得られることから、バルプロ酸は、中等症以上でイライラ感が強い症例には、リチウムより先に用いられることが多くなっています。
気分安定薬と抗精神病薬の併用
他の精神科の薬の使い方と同じように、躁うつ病の患者さんでも薬はできるだけ少ない種類で使っていくことが基本です。躁うつの波があるのが躁うつ病の症状の基本と考えられるので、気分の波を抑える気分安定薬が治療の基本となります。 前述のリチウムやバルプロ酸がその代表的なもので、躁うつ病の躁状態では、どちらか一方を用いて効果をみるのか基本的な薬の使い方となります。しかしながら、これらの気分安定薬だけでは症状のコントロールが十分にできないこともあり、このような際には気分安定案に加えて、非定型抗精神病薬を用いることがあります。 非定型抗精神病薬とは、それまでの定型抗精神病薬(第一世代抗精神病薬)と比較して、副作用が少なくより安全に使えると信じられている薬です。以前はこのような際にはハロペリドールやクロルブロマジンといった定型抗精神病薬が用いられていましたが、現任では非定型抗精神病薬がその役を担っています。 リスペリドン(商品名:リスバダール)やオランザピン(商品名:ジプレキサ)、クエチアピン(商品名:セロクエル)などが選択されますが、最近ではアリピプラゾール(商品名:エビリファイ)が抗躁作用をもつことが確認され、この薬では過鎮静が少ないことから、よく用いられるようになっています。
うつ状態に抗不安薬は使ってよいのか?
躁うつ病のうつ状態を治療している中で、不安が高まっているために抗うつ薬に追加して抗不安薬を使うことがあります。うつ状態自体のもつ不安とともに、抗うつ薬を使うことによって不安が高まってしまう、また、抗うつ薬に関連した気分不快症が生じることもあります。このような場合では、不安や焦燥愚かあるからといって抗不安薬をすぐに用いるのではなく、まずは抗うつ薬を減らしたり気分安定薬を調整したりして、症状を安定させるよう試みることが大事だと考えます。 それでも、抗不安薬という薬は、文字どおり不安を軽減してくれる薬で、比較的即効性があり、うつ病に伴う不安を軽減してくれることから、特に躁うつ病のうつ状態において併用することがあります。
抗不安薬は、初期には不安を取ってくれますが、長期的に使用すると薬への慣れ(耐性)が生じ、効果が減ってしまうこと、気持ちの面で薬に頼ってしまうことから、その使用には慎重さが要求されます。不安が取れてきたら、少しずつ抗不安薬を減らしていきましょう。また、躁状態のときには、抗不安薬を用いることで気持ちの抑えが効かなくなり、躁状態による症状がより激しくなってしまうことがあるので注意が必要です。 いずれにせよ、抗不安薬は、必要最小限、必要最小の期間用いることが基本となります。
躁うつ病の生活上のアドバイス
本人も家族も病気と薬に対する知識をもつこと
躁うつ病の方は、気持ちのもち方というよりも、むしろその体質から躁状態とうつ状態の波が起こってしようために、治療の中心が薬物療法となります。このため、これまでお話ししてきたような、病気や薬に対する正しい知識を身につけることが大切になってきます。同じ患皆さんでも、その時々の状態によって薬を調整する必要があり、その際には薬に対する知識が大切です。患者さんご本人も薬について理解した上で、主治医と相談して治療を進めていくことが大切なのです。 薬に対する知識と同時に必要なのが、患者さん一人ひとりが躁状態になったり、うつ状態になったりするきっかけに対する理解です。職場でのストレスが負担となり、うつ状態が始まる方もいれば、つらいことがあって逆に躁状態になってしまう方もいます。アルコールの問題も重要で、飲酒がきっかけとなり、激しい躁状態を呈する患者さんもいて、こういった方は、十分そのことを理解していただき、お酒をやめてもらうことで、気分の波が治まるのです。 これまでも述べてきましたが、躁うつ病の方は、躁状態のときが気分が良く快適なので、その状態を求めるようになってしまいます。躁状態では周囲の人が困惑すること、躁状態の後にはうつ状態が来てしまうことなどを説明して、躁状態の治療が必要なことを十分に理解してもらうことも大切になってきます。周りの人にとっても、躁うつ病の症状が続いていると、その患者さんのどの状態が本当のその人なのか、わからなくなってしまうことがあります。ご家族にとっても、病気を理解して、本来の患者さんの状態を把握しておいて、症状が悪くなったときにはそれがわかることが重要です。また、そのような際に気分安定薬を中心とした薬物療法が有効であると、ご家族も理解しておくことが大切になります。
睡眠薬と抗不安薬(精神安定剤)
睡眠薬・抗不安薬が使われるケースとは
さまざまな病気で使われる可能性がある薬
睡眠薬と抗不安薬は、一般的には「精神安定剤」とか単に「安定剤」と呼ばれている薬です。向精神薬の中では、多くの方が使っていて、最も一般的と言えるかもしれません。 睡眠薬は当然なから、「夜眠れないとき」、さらには「眠れないことが気になってしょうがないとき」「実際に眠れないために日常生活や仕事などに影響が出ているとき」などに使われるものです。 これに対して抗不安薬は、やはりこれもその名前が表している通り、「不安感が強くて困るとき」「不安があまりに強くて、動悸やめまいなどの身体症状も出でいるとき」「不安が元となって、強迫や拒食など他の症状が生じているとき」「それらのために生活に障害が出ているとき」など、さまざまな不安症状に対してよく用いられる薬となります。 よく眠れないという症状のみならば、不眠症または睡眠障害という診断になるでしょう。また、とにかく不安感が強いという場合では、診断としては不安障害になります。関連して他の特別な症状があれば、パニック障害や社交不安障害といった診断がなされることもあります。
●他の病気で不眠や不安があるときにも
また、ページの別の項で説明しているうつ病、躁うつ病、統合失調症などの心の病気では、その主な症状の1つとして、何らかの不眠が生じてくる可能性がたいへん高いと言えます。同様にこれらの病気では、不安でしかたがない、理由もなくイライラするといった症状も多く見受けられます。このような場合でも、睡眠薬または抗不安薬が、併用されて処方されることがあります。 以上のように病気としての診断名はいろいろありますが、その一環として「眠れない」「不安感が強い」という症状に対して用いられる薬について、ここではお話しいたします。
ここで説明する薬は、その化学的構造からベンゾジアゼピン系と呼ばれる薬剤が中心となります。睡眠薬、抗不安薬と別々に分類されていますが、ともにベンゾジアゼピン系の薬剤が中心です。また、最近では構造はベンゾジアゼピン系と異なっていても、これに類似した作用をもつ別の薬や、ベンゾジアゼピン系とは違う方法で作用を示す薬剤も開発されています。
ベンゾジアゼピン依存に注意
●有効な薬だが、乱用や依存性がクローズアップされている
ベンゾジアゼピン系薬剤は、1960年頃より用いられることになった、不安を抑える作用や催眠作用をもつ薬です。 それまで主に用いられていたバルビツール酸系の薬と比較し、安全性や効果に優れ、広く用いられるようになりました。この薬は、脳内の抑制性神経系であるGABA(ギャバ)系に影響を与えます。
神経伝達物質であるGABAがGABA受容体と結合したときに、ベンゾジアゼピン受容体にベンゾジアゼピン系薬剤が作用していると、GABA本来の作用が強められるといったものです。このように、ベンゾジアゼピン系薬剤は薬そのものだけでは作用がなく、脳内の本来の神経伝達物質であるGABAが作用する際の増強作用をもつ薬剤であり、その結果として不安感を抑えたり、睡眠に導いたりするものなのです。 薬理学的実験でもベンゾジアゼピン系薬剤の単独使用では、GABAへの作用がない場合は神経への影響が出ないようですが、バルビツール酸系の薬は大量に用いた場合、それ単独でもGABA神経系に作用するようですから、そこに大きな違いがあります。臨床的にも、ベンゾジアゼピン系の薬は呼吸の抑制や循環の抑制といった危険な副作用が起こりにくいという特性があります。 このように安全性が高く効果も認められる薬剤ですが、残念なことに、同系の薬剤であるトリアゾラム(商品名:ハルシオン)で問題が生じました。アルコールとハルシオンの併用で酩酊感が得られることから「睡眠薬遊び」「パーティードラッグ」として乱用され、社会問題となったのです。ハルシオン常用者の起こした銃による殺人事件が、副作用の記憶、喪失によるものとして告訴が取り下げられた事例がある(1991年)ことから、アメリカやドイツでは販売停止になつでいるようです。 最近の調査でも、わか国ではエチゾラム(商品名:デパス)、フルニトラゼパム(商品名:サイレース、ロヒプノール)、トリアゾラム(商品名:ハルシオン)、ゾルピデム(商品名:マイスリー)などが乱用されやすいと報告されています。これらの薬は、効果が比較的強く、作用も早く、愚者さんの苦痛の改善に有用である一応で、適切に使用されないと乱用や依存性などの問題につなかっていきます。 詳しくは後述しますが、ゾピクロン(商品名:アモバン)やゾルピデムといった薬は、頭文字にZがつくことから「Z薬」とも呼ばれ、それまでのベンゾジアゼビン系薬剤と比較して、筋弛緩作用によるふらつきや健忘、耐性(薬への慣れ)が生じにくい特性か認められています。このため、現任のガイドラインではこれらの薬を第一選択薬として推奨していることが多いのです、 ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬は、バルビツール酸系の薬剤と比較しでも安全性が非常に両い薬です。この中でも催眠作用が強い薬剤は睡眠薬として、不安を抑える作用が強いものは抗不安薬として用いられます。言いかえれば、体内での半減期(薬の血中濃度が最大に達してから1/2に消失するまでの時間)が短いものは睡眠薬、長いものは抗不安薬と呼ばれます。適切な薬剤を選択し、適切な量で用い、副作用を最小限にして上手に使っていきましょう。
薬の「強さ・作用時間」に応じて使い分ける
抗不安薬の場合
●抗不安薬の現状
安定剤、抗不安薬、ベンゾジアゼピン系薬剤……、このようなさまざまな呼び方があります。さらに混乱を呼んでしまうのが、ベンゾジアゼピン系薬剤、非ベンゾジアゼピン系薬剤といった呼び名です。これらを少し整理したいと思います。 抗不安薬という言葉から連想されるものは、不安を抑えるといった意味でしょうか。そのような意味から考えると、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼビン系のみならす、セロトニン1A受容体刺激薬、抗うつ薬、場合によっては抗精神病薬なども不安を抑えますので、随分と広い話になってしまいます。 狭い意昧での抗不安薬は、脳内のGABA受容体の中にある、ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬剤(ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系ともにこの受容体に作用します)と、セロトニン1A受容体刺激薬を言います。ベンゾジアゼピンとは薬物の同格の構造を示す惣菜です。このため、ベンゾジアゼピン系薬剤が結合する部位を、ベンゾジアゼピン受容体と呼ぶようになったのですか、この受容体に結合する薬剤には、ベンゾジアゼピン構造をもっていないものもあります。これらの一部を最近、非ベンゾジアゼピン系という言葉で呼んでいます。 これらのベンゾジアゼピン受容体に作用する薬剤は、同じ受容体に作用することから類似の作用と副作用を示します。最近はベンゾジアゼピン受容体にω1(オメガワン)、ω2(オメガツー)という分類がされるようになりました。ω1受容体は不安を下げ、気持ちを落ち着け、眠りに誘うなどの作用をもっています。ω2受容体は筋弛緩作用や健忘を起こしますが、抗不安作用に関係すると言われています。 おそらく、この2つの受容体の作用のバランスにより薬の効果のプロフィール、副作用のプロフィールは異なっていると考えられますが、残念ながら、最近の薬を除いて、その詳細は解明されていません。しかしながら、ジアゼバム(商品名:セルシン)のように筋弛緩作用も強くもっているため肩こりなどにも効く薬から、比較的そのような作用が少ないクロチアだパム(商品名:リーゼ)、ロフラゼブ酸(商品名:メイラックス)などのような薬もありますから、これらを使い分けていく必要がありそうです。
●半減期一薬を安全に使うために
一般的には、ベンゾジアだピン系受容体に作用する薬は、その薬物動態によっで分類され使用されます。ここで重要なのは、脂溶性と代謝ということになります。半減期という言葉で示される体内からの消失速度を示す数字もあります。 半減期は、確かにその薬が体内に取り込まれ、そして体外に排出されるまでの時間の指標とはなりますが、これは効果の持続時間とは異なった傾向を示すことがあります。 例えばジアゼバムとロラゼパム(商品名:ワイバックス)という2つの薬を例に取りましょう。半減期を調べてみると、ジアゼバムが26〜50時間、ロラゼバムが10〜20時間となっています。それではジアゼバムの方が長く効果を示すかというと、そうではありません。ジアゼパムは脂溶性が高く、そのために速やかに体の中の脂肪の中に溶け込んでしまい、効果が減っでいくと言われています。そのために実際臨床で使うと、効果はロラゼバムよりかなり短い印象があります。 一方で、ジアtでバムは脂溶性が高いために服用後の吸収が速く、効果発現までのスピードが速やかです。ロラゼパムは、吸収がそれよりもゆっくりであることがわかっています。ジアゼパムはこのように吸収が速いために、症状が強い場合には、注射として用いるより、経口摂取しても作用が速やかで効果的です。蛇足ですが、ジアゼバムの注射薬は脂溶性が高く油性の溶媒に溶かされているため、点滴の中に混ぜると、水に溶けずに析出してしまうこともあるくらいです。
処方例① 強い不安感を速やかに抑えたいときの処方例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
ジアゼバム(セルシン) 5mg・1錠 不安の強まったときに服用(1日1〜2回)
このような事情がありますので、ベンゾジアゼピン受容体に作用する抗不安薬を用いる場合には、半減期というものに惑わされることなく、適切な薬を用いていただけるように、薬を飲んだときの症状や効果の継続などについで、主治医と相談しながら薬を選んでもらってください。
ロラゼパムは、一方で代謝経路が単純で、肝臓の機能の低下によっても大きな影響を受けることが少ないと言われています。このため、肝臓の機能が悪い方や、機能が悪いと想定される高齢者の応には好ましい薬剤と言えるでしょう。
処方例②高齢の患者さんへの抗不安薬の処方例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
ロラゼパム(ワイバックス) 0.5mg・2錠 1日2回朝夕食後
薬の効果をみるためには、半減期はあまり参考にならないとお話ししましたが、一方で薬の蓄積や有害作用をみていくためには有効な指標となります。薬の体内での蓄積は通常、半減期の4〜5倍の時間がたったときに一定の割合になると考えられます。ベンゾジアゼピン系薬剤の蓄積効果や副作用を見極めて、用いる量を考えるには、半減期の4〜5倍の時間の経過をみた上で考えるのがよいでしょう。ジアゼバムでは50時間×5で250時間ですから、最大10日程度ということになります。つまり10日間服薬した時点で、どのような状態であるかがポイントです。ベンゾジアゼビン受容体に作用する薬剤は、効果が比較的すぐ得られるので見落としがちですが、この蓄積作用に気をつけることが、安全な薬剤の使用につながっていきます。
●治擦は医師と患者の共同作業
奇妙に思われるかもしれませんが、精神科の医師はそれぞれ使い慣れた抗不安薬をもっています。その抗不安薬を、どのような年齢で、どのような合併症をもち、どのような症状を呈する人に、どのくらいの量用いるかといったことを感覚としてもっています。その感覚に従って、まず薬を投与し、その上で量を変更したり、使う薬を変えたりしていきます。
ある医師の場合、比較的若くて合併症もなく、不安の症状が強い方には、以下のように処方します。
処方例③ 不安症状が強い場合の初回の処方例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
エチゾラム(デバス) 0,5mg・3錠 1日3回毎食後
その後、患者さんが「昼間の眠気が強く、多少ぐらつきがある」と訴えられ
てきたときには下記のように服用する量を加減したり、飲む時間をずらしてみ
たりします。
処方例④ 抗不安薬の用量を変更
一般名(商品名) 1日置 飲み方
エチゾラム(デバス) 0.5mg・2錠 1日2回朝夕食後
または1日2回夕食後、就寝前
これでも眠気が強く、ふらついてしまうと訴えられたときには、
処方例⑥ 別の抗不安薬に変更
一般名(商品名) 1日量 飲み方
クロチアゼバム(リーゼ) 5mg・2錠 1日2回朝夕食後
などとしてみます。 それぞれの患者さんが、その薬を使ったときに感じる有効性や副作用について詳しく、的確に伝えることにより、薬の治療も変わっていきます。ここでも治療は、医師と患者さんの共同作業になります。 それぞれの患者さんで、どの薬が、どのくらいの量用いられると効果が得られるのか、あるいは副作用が出てしまうのか。これが、それぞれの患者さんにとっての大切なエビデンス(根拠)となります。自分が服用している薬と、その量について気をつけておきましょう。 ある医師のところに受診して薬が効かないからと、違う医師を受診する患者さんをよく見かけます。このようなことをしてしまうと、それまでのエビデンス(ある薬が効かなかったことも大切なエビデンスです)をなくしてしまい、新たに治療を1から始めることになってしまいます。主治医との関係を大切にして、より良い治療を受けてください。
睡眠薬の場合
●半減期による使い分けと、注意すべき副作用
半減期と効果との関係について、上記で否定的(?)な話をしましたが、ベンゾジアゼピン系薬剤を睡眠薬として用いる場合には話が別です。半減期の短い薬は、速やかに効果をもたらし、あとに残ることがありませんので、入眠困難の方にはとても良い薬となります。一方で、途中で目が覚めてしまい、再入眠が困難な方にとつては、比較的半減期の長い薬が有効となります。
処方例⑧なかなか寝つけない患者さんへの睡眠薬の処方例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
ゾルピデム(マイスリー) 5mg・1綻 1日1回就寝前
処方例⑦ 途中で目が覚めてしまう患者さんへの睡眠薬の処方例
一般名(商品名) 1日量 飲み方
クアゼパム(ドラール) 15mg・1錠 1日1回就寝前
半減期は一方で副作用の目安にもなります。トリアゾラムの話を最初にしましたが、この薬は半減期が短く催眠作用が強いために、不眠症の方に非常に良い薬と考えられました。しかしながらその一応で、薬剤への耐性が生じやすく、また、それを飲めば眠れるという意味で心理的に依存しやすく、また、急な中止は離脱症状(不安や冷や汗、イライラしたり振戦(震え)が生じ、不眠・脱力もみられることがある)を生じたりしてしまい、身体的な依存も生じてしまいます。 この薬を飲むことで、服用した後の記憶がなくなってしまう、一過性前行性健忘という状況も生じることがあると知られてきています。この健忘症状は、例えば夜中に起き上がり食事を作って食べて、その後また眠ったとしても、この「食事を作って食べたこと」を覚えていなかったりします。記憶がないのに車を運転していたという話も聞きます。効果の強い薬は、必要最小限に、また副作用に気をつけながら使うことが必要です。 同様の健忘症状は、ゾピクロンやゾルピデムでも生じることがあります。これらの症状は決してすべての人に認められるわけではないのですが、副作用を起こしやすい方では繰り返し起こすために注意が必要です。 副作用の話ばかりしましたが、ゾピクロンやゾルピデム、場合によってはトリアゾラムも、これらの副作用に注意して用いれば効果の高い(速く効き、後に残らない)有用な薬でもあります。ゾルピデムではODフィルムという舌にのせるだけで溶けていく製剤もあり、用いやすくなっています。主治医の先生とよく相談して、薬を選んでください。
新型の睡眠薬の開発
ω1(オメガワン)選択性の薬剤
ω1とω2の話を前の項でお話ししましたが、ベンゾジアゼピン受容体に作用する睡眠薬の中で、新しくω1受容体に選択的に作用する薬剤が開発されています。それがゾピクロン、ゾルピデムという頭にZがつく薬剤(非ベンゾジアだピン系)と、日本では最近発売されたクアゼパム(商品名:ドラ?ル)です。(なお、表1にあるエスゾピクロン(商品名:ルネスタ)はゾピクロンの成分のうち、特に睡眠に有効な成分を抽出した薬です。) クアゼパムは、表1に示したように紛れもないベンゾジアゼビン系ですので、これらをまとめて非ベンゾジアゼピン系と呼ぶには抵抗があります。「ω1選択性薬剤」と言ったほうがよいでしょう。ω1に作用して催眠作用を示しますが、ω2への作用は弱いために、ふらつきなどの副作用が少なくなっています。その選択性から健忘も起こさないとのことですが、これは実際には起こしにくいのですが全く起こさないわけではなく、なかなか理論では割り切れないものもあります。 また、ω1選択性であることに加えて、ω1受容体への結合の仕方の特性から、ゾピクロン、ゾルピデムは薬への慣れが生じにくいことが知られています。いずれにせよ、ゾビクロン、ゾルビデムに関しては、ふらつきや健忘を起こしづらく、また慣れが生じにくいことから、ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬の中では比較的使いやすい薬と言えるでしょう。ただこの薬は、ともに半減期が短く、入眠困難の方には良いのですが、中途覚醒の方には適していない面もあります。
その他の新型の睡眠薬
●メラトニン系とオレキシン系
さらに新しく開発された睡眠薬として、メラトニン受容体作動薬と、オレキシン受容体拮抗薬があります。これらの説明をするには、人の睡眠機構の説明をしておかなければなりません。 人の体には、視交叉上核(しこうさじょうかく・略称SCN)と言われる体内時計があります。これは脳内の視床下部の一部で、目の奥の方に位置します。この時計は、通常の24時間リズムとは異なって約25時間のリズムをもっているため(人によっても異なるようですが)、頻繁に時計あわせをする必要があります。この時計あわせをしているのか、脳内の松果体に神経細胞をもつメラトニン神経系や、太陽光などの刺激です。 24時間に補正された時計(視交叉上核)は、覚醒中枢と睡眠中枢を制御しています。覚醒中枢ではヒスタミンなどを用いて覚醒刺激を大脳や睡眠中枢に伝えます。一方で睡眠中枢はGABA神経系を用いて覚醒中枢を抑制します。
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